無宗教者として聖書を読む

信仰もせず、毛嫌いもせず、ただ一冊の本として、いっしょに「聖書」を味わってみませんか?…

無宗教者として聖書を読む

信仰もせず、毛嫌いもせず、ただ一冊の本として、いっしょに「聖書」を味わってみませんか? http://sui6puti7.livedoor.blog/

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  • 聖書時代史:どのようにして聖書は書かれたのか

    信仰もせず、毛嫌いもせず、ただ一冊の本として、いっしょに「聖書」を味わってみませんか?

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無宗教者なのに、聖書を読むべきでしょうか

「聖書」はキリスト教の聖典とされています。しかし私たち無宗教者にとっては一冊の不思議な本にすぎません。「聖」でもなんでもありません。何千年も昔に生きていた名もなき人々が、一生懸命に書いた古ぼけた本です。もちろん一冊の娯楽作品として楽しむこともできますが、しかしこんなものよりももっと面白い小説や詩はたくさん世の中にあるでしょう。それでも、無宗教者として聖書を読むべきなのでしょうか。 もちろん、読むべきだと私は思っています。まずはじめに誰もが納得する理由をひとつあげましょう。聖

    • 出エジプト伝承:海の奇跡とシナイ山伝承(どのようにして聖書は書かれたのか #13)

      今回も、紀元前1300年頃から1200年頃までの話をします。 出エジプト伝承に含まれる2つの重要な要素、すなわち「奇跡物語」と「シナイ山伝承」の起源についてお話ししましょう。 『出エジプト記』によると、モーセは同胞イスラエル民族を奴隷労働から解放しようとするのですが、エジプトの王ファラオはこれを断固として許しません。すると、そんなファラオを脅すかのように神は様々な奇跡を起こします。たとえばナイル川を血で染めたり、太陽を隠したり、エジプトに疫病をもたらしたり、などなど。こう

      • 出エジプト伝承:逃亡奴隷たちの物語(どのようにして聖書は書かれたのか #12)

        今回も、紀元前1300年頃から1200年頃までの話をします。 たった数人から数十人程度の逃亡奴隷たちが語る「(フィクションを大いに含んだ)体験談」であった出エジプト伝承。やがてこの伝承は部族連合「原イスラエル」を構成する人々に広く受け容れられ、ついには「イスラエル民族全体がかつて体験したこと」として、民族アイデンティティの根幹をなすまでになります。いったい何が人々をこの伝承に引きつけたのでしょう。 ひとつの要因として、出エジプト伝承は当時の人々にとって相当なリアリティをも

        • 出エジプトは本当にあったの?(どのようにして聖書は書かれたのか #11)

          今回は、紀元前1300年頃から1200年頃までの話をします。 「原イスラエル」という部族連合の団結力を高めることになった2つの要因について話してきました。まず1つ目は、「族長伝承」の共有によって疑似的な血縁意識が生まれたこと、2つ目は、主神「エル」への信仰が共有されたこと、でしたね。今回からは、さらにその後の部族連合で共有されていった伝承や信仰についてお話しします。いずれもイスラエル民族のアイデンティティの核となっていくものです。 まずは「出エジプト伝承」についてです。こ

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        • 聖書時代史:どのようにして聖書は書かれたのか
          14本

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          エル信仰の共有:多神教と主神崇拝(どのようにして聖書は書かれたのか #10)

          今回も、紀元前1400年頃から1200年頃までの話をします。 前回は、「原イスラエル」という部族連合が形成されていく背景には「族長伝承」の共有があったという話をしました。この伝承によって彼らは、「自分たちは部族は違えど、もとをたどれば同じ血を分けた一族なのだ」という、擬似的な血縁意識に基づく民族アイデンティティを持つにいたったのでしたね。これに加えて、彼らはその信仰についても価値観を共有することで、宗教連合としての側面を強くしていきます。 ここで注意しておきたいのは、「原

          エル信仰の共有:多神教と主神崇拝(どのようにして聖書は書かれたのか #10)

          族長伝承の共有:疑似的な「血縁」意識(どのようにして聖書は書かれたのか #09)

          今回は、紀元前1400年頃から1200年頃までの話をします。 この時代にパレスチナの山地や丘陵地に登場した集団「原イスラエル」について、前回お話ししましたね。彼らはさまざまな出自を持つ部族たちから構成されていたのでしたね。彼らはいったいどのようにして「自分たちは同じ民族だ」という意識を持つようになったのでしょうか。鍵となるのは「伝承」と「信仰」の共有です。 まずは「伝承」の共有について、お話ししましょう。旧約聖書の『創世記』を読んでみますと、そこにはイスラエル民族の父祖と

          族長伝承の共有:疑似的な「血縁」意識(どのようにして聖書は書かれたのか #09)

          山地に住む「原イスラエル」の登場(どのようにして聖書は書かれたのか #08)

          今回は、紀元前1300年頃から1200年頃までの話をします。 紀元前1300年代の混乱したパレスチナの地で、行き場を失った牧羊民や農民、逃亡奴隷たちが、自衛と自給自足のために集まり、やがてその中から「イスラエル」と自称する集団が現れたのでしたね。彼らは「原イスラエル」と呼ばれることもあります。 さて、以前も説明したとおり、紀元前1200年代に入るとパレスチナはエジプトの支配下に入り、長く続いた混乱は一応のところ収束します。しかし、「原イスラエル」は共同体として存続していき

          山地に住む「原イスラエル」の登場(どのようにして聖書は書かれたのか #08)

          イスラエル民族の起源:部族連合(どのようにして聖書は書かれたのか #07)

          今回も、紀元前1400年頃から1300年頃までの話をします。 旧約聖書に書かれた「イスラエル民族の起源」にまつわる物語において、特に強調されているのは以下の2つです。すなわち、 ①イスラエル民族の全体が、血縁でつながっており、アブラハム・イサク・ヤコブという共通の祖先を持っている。 ②イスラエル民族の全体が、かつて、エジプトからの脱出、シナイ山での神との契約、パレスチナへの侵入という出来事を経験した。 しかしながら、歴史学・考古学の研究が進むにつれて、こうした物語はあくま

          イスラエル民族の起源:部族連合(どのようにして聖書は書かれたのか #07)

          旧約聖書の歴史はどこまで「真実」なの?(どのようにして聖書は書かれたのか #06)

          今回は、紀元前1400年頃から1200年頃までの話をします。 前回取り上げたメルエンプタハ碑文(紀元前1207年頃)。そこに刻まれた集団「イスラエル」とはいったいどこからやって来た、どんな人たちでだったのでしょうか。 旧約聖書、その中でも特に『創世記』『出エジプト記』『ヨシュア記』『士師記』にはイスラエル民族がどのような経緯でパレスチナへとやって来たかについての興味深い物語が記されています。しかし、これらの物語は歴史的事実ではありません。考古学や歴史学によって数多くの反証

          旧約聖書の歴史はどこまで「真実」なの?(どのようにして聖書は書かれたのか #06)

          カナンの混乱と「イスラエル」の登場(どのようにして聖書は書かれたのか #05)

          今回は、紀元前1600年頃から1200年頃までの話をします。 前回は、メソポタミアとエジプトで古代文明が誕生し、一方パレスチナではカナン人の都市国家群が登場していた、というところまでお話ししました。 紀元前1500年代、いよいよ小アジア(現在のトルコ)に新たな文明ヒッタイトがおこります。馬と戦車、鉄製武器という新たなテクノロジーを用いたこの文明は瞬く間に拡大し、バビロニア王国を滅ぼしメソポタミアを統一します。一方同じ頃、エジプトでも首都テーベで「新王国」が成立します。ヒッ

          カナンの混乱と「イスラエル」の登場(どのようにして聖書は書かれたのか #05)

          文明のはじまり(どのようにして聖書は書かれたのか #04)

          今回は、紀元前3000年頃から1600年頃までの話をします。 イスラエルという民族ははじめから一つのまとまりとして存在していたわけではありません。縄文人やら弥生人やら渡来人やらが混ざりあって、日本人という民族が徐々にまとまってきたのと同じように、長い歴史の中でだんだんとイスラエルという民族が形成されていったのです。これからしばらくは、その過程を追っていきます。しかしその前に、イスラエルを東と西から挟み込む二つの文明、すなわち世界最古の農耕定住文明であるメソポタミアとエジプト

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          聖書の舞台:乳と蜜の流れる地(どのようにして聖書は書かれたのか #03)

          さて、今度は、パレスチナを詳しく見てみましょう。広さは四国よりやや大きいくらい。イスラエル民族はここを「乳と蜜の流れる地」と呼びましたが、それは牧草(=羊・山羊などの乳)や果樹(=蜜)が豊富だということに由来します。この地域は地中海から湿った風が吹いて雨を降らせるため、周辺の砂漠地帯と比べて緑が多かったのです。とはいえ「砂漠地帯と比べて」そうなのであって、実際には非常に乾燥した気候で、やせた土地も多いところです。 まず地中海沿岸部には海岸平野が広がり、砂浜と肥沃な農地が広が

          聖書の舞台:乳と蜜の流れる地(どのようにして聖書は書かれたのか #03)

          聖書の舞台:パレスチナの周辺(どのようにして聖書は書かれたのか #02)

          外国の小説なんかを読んでいると知らない地名がたくさん出てきますね。そういう時は大抵「ふーんそういう町があるのね」と適当に読み飛ばすものですが、しかしそれで本当にその作品を味わったことになるでしょうか。たとえば、外国の方が漱石の「坊ちゃん」を読むと考えてみましょう。もしその方が、愛媛の松山というのが東京からどれくらい離れたところにあるのか、その町はどんな島にあって、どんな海に面して、どんな気候であるのかについてまったく見当もつかないままに読むとしたらどうでしょう。それで作品の魅

          聖書の舞台:パレスチナの周辺(どのようにして聖書は書かれたのか #02)

          そもそも聖書とは何か、宗教とは何か(どのようにして聖書は書かれたのか #01)

          これから、「聖書という書物は、いったいどのようにして書かれたのか」について、長い長い歴史物語をつづっていこうと思います。まずは、聖書というのはいったいどういうシロモノなのかという基本的なところからはじめましょう。 聖書は今では一冊の本になっていますが、これは一人の人間によって書かれたものではありません。何百年もの間、さまざまな立場の人々によって、さまざまな目的で書かれた文書が、ひとつにまとめられたものです。今回の連載で扱うだけでも74もの文書があります。このうち39文書が「

          そもそも聖書とは何か、宗教とは何か(どのようにして聖書は書かれたのか #01)

          無宗教者は、聖書をどのように読むべきでしょうか

          あくまでも無宗教者の立場から「聖書」という書物を1章ずつ読んでいこう、と思い立ってはじめたこの連載ですが、少し前から一つの壁にぶちあたっておりました。それは、この「聖書」という書物の「背景」について、自分には知らないことが多すぎるということでした。ここで「背景」といいますのは、つまり、この本は「どんな人によって書かれたのか」「どんな時代に書かれたのか」「どんな読者にむけて書かれたのか」「どんな文化の影響を受けているのか」といったことです。こうした背景をしっかりとおさえずにただ

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