見出し画像

【全文無料】掌編小説『若葉』中馬さりの

Sugomori5月の特集として、季節の掌編小説をお届けします。
今月のテーマは『若葉』。書き手は中馬さりのさんです。

ダウンロード (1)

掌編小説『若葉』

「鬱陶しいなぁ」
 バスを待つ列の中。私の目の前にいる初老の男性が呟いた。
誰かに言ったわけじゃない。きっと、鬱陶しいのはこの暑さ。もしくは、顔にまとわりつくマスクだろう。
 5月半ばだなんて信じられない暑さのせいで、誰もがジャケットを面倒くさそうに抱えている。近くの木陰に隠れても、チラリチラリと入り込む直射日光が体をさす。

 きっと、私も同じような顔をしていたんだろう。
 GW明けのこの時期は、やる気がでなくて当たり前だと思っていた。毎年、部活をサボったり授業で居眠りをしたり、手を抜いていた気がする。
 私のやる気がなくなっていないのは、4月の入社式が遅れたからだろうか。それとも、知らず知らずのうちに社会人としての自覚が芽生えたんだろうか。

 バスが、目の前に到着した。電子音と共に扉が開くと、冷えた空気が足先から顔まで通り抜ける。
 そのまま上を見上げると、揺れる木の合間に若葉が見えた。毎日見るこの木も、自分も、気付かないうちに成長していたんだろう。
 定期券をかざし、いつもの座席に乗り込む。足取りは思ったより悪くなかった。

文芸誌Sugomori 中馬さりの

中馬さりのさんのsugomori寄稿作品

中馬さりのさんの個人noteもぜひ

ここから先は

0字
カフェラテ1杯分の値段で週に2回新作小説やエッセイなど読み物をお届け。通勤時間のお供に、ちょっとした休憩時間の暇つぶしにいかがですか?

「暮らし」をテーマにさまざまなジャンルで活躍する書き手たちによる小説をお届けします。 毎週月曜・木曜に新作を公開予定です。

期間限定 PayPay支払いすると抽選でお得に!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?