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【小説】誠樹ナオ「消えた保護犬ずんだを探せ」文学フリマ特別号

「文芸誌Sugomori」は、11月20日開催の「第35回文学フリマ@東京」に出店しました。新刊vol.4は3に続き「団地」がテーマとなっています。noteでは一部無料で公開中!
こちらの小説はVol.3のふくださん・小野寺さん・柳田さんの小説とコラボしているので、どこが関係しているのか探して読んでみて下さると嬉しいです(もちろんこのままでもお楽しみいただけます♪)

レスキューされた元野良犬「ずんだ」が「当麻動物病院」の保護ルームからいなくなって、四日が過ぎた。
「蓮見(はすみ)、探すの今日も付き合ってくれるか」
「もちろん、いいよ」
いなくなったのに気づいて、私と当麻樹(とうまいつき)はずんだの目撃情報をずーっと集めていた。当麻は団地内にある動物病院の息子で、高校の同級生でもある。保護団体と連携して保護犬のケアやレスキューに力を入れていて、うちは二年前にアールという雑種を家族に迎えた。それから成り行きで当麻の保護活動に付き合わされる日々を送っている。

ずんだは団地のどこかで生まれて、母犬と住み着いていたらしい。野良の親子がゴミを荒らしているという連絡があって、動物病院の保護スタッフやボランティア総動員で張り込み、みんなで必死に保護した子だ。見た目では柴犬の血が入っているっぽい兄弟が三頭、寒さに震えて植え込みの影に隠れていたのを思い出す。母犬は見つからなかった。保護したばかりの時は痩せてあばらが浮き出て、さわればそこに骨があることがわかるほどだったのが、やっとしっかりご飯を食べてふくふくしてきたところだったのに。
「あずき・ずんだ・だいふく」という名前は当麻が付けた。いつものことだけど、当麻のネーミングセンスはどうかと思う。実は正式な飼い主さんが決まったら真っ先に「名前を変更できますよ」とオススメしているのは、当麻に内緒だ。

ここ数日で集めたずんだの目撃情報を地図に書き込みながら、その跡を追って当麻がうめいた。
「母犬を探しているのかもしれないな」
「お母さんって、もういないんだよね?」
当麻が無言で頷いた。野良の子犬を保護する場合、ご飯を探しに行ったりしている母犬がその場を離れている時に人間が接触すると、出て来られずに永遠のお別れになっちゃうことがある。当麻はそんなこんなをしっかり分かっているから、母犬が周囲にいないことを数日確認してから保護したはずだ。
「ずんちゃん、団地の外に出ちゃったなんてことは?」
「それはないんじゃないか。元々の棲家が団地内だから、ここをテリトリーとして認識してるはずだ」
「そっか……だったらまだ車に轢かれる心配とかはないかな」
「団地の中だって車は通るからな」
こんな時でも当麻は冷静でびっくりする。クラスメイトからは密かに『武士』って言われてるのを私は知ってる。よく見れば結構イケメンだし、一応医者の息子だしモテてもいいと思うんだけど、この性格と保護活動に夢中なせいで彼女がいるとか、いたとかいう話を聞いたことがない。
「とにかく、今日はこっちの棟に張り紙をさせてもらいながら、目撃証言を集めよう」
「分かった」
病院の事務室でカラーコピーした張り紙を持って、私たちは今日も団地の中へと繰り出した。


最初に出会ったのは、珠希さんという露出度の高い服装のお姉さんだった。
「へ〜君たち、犬探ししてるの?」
「見かけませんでしたか。まだ生後半年の……といっても推定ですけど。サイズはこれくらいの柴っぽい和犬です」
「わー、可愛いね」
珠希さんはすぐにチラシを受け取ってくれた。
「ごめん、見てないや。ねえ、君たちよかったら私の配信に出ない?」
「配信?」
「私、ユーチューバーなの」
言われてみれば、珠希さんは大きな角材を担いでいる。こんなに大きな角材何に使うんだろうと思っていたけれど、もしかして配信のネタ?材料?なのかな。
「消えた子犬の行方を探すイケメンとかわいこちゃん二人。うーん、同情票が集まって再生回数伸びそう〜」
「あの、配信はちょっと……」
遠慮がちな態度はあるけれど、当麻の声はキッパリとしていた。
「俺たち高校生なので」
「ええ、君たち……っていうか、君、高校生なの?」
私ではなく、珠希さんは当麻の方をハッキリ見て仰け反った。あー、よくあるよねこの反応。
「あ、なんでもない。そうだよねー。高校生じゃ無理だね。チラシは受け取っておくね」
珠希さんはあっさりと立ち去った。大きな角材を軽々と肩に担ぎ上げて。
「……なんだよ」
しばらく黙ったままだった当麻が、じろりと私をにらむ。
「やっぱり当麻ってジジむさ……いてっ」
「うるさい、次行くぞ」
「ちょっと、待ってよ〜」
私に強いデコピンを食らわせると、当麻はさっさと歩き出した。


次に出会ったのは、ミヤケさんという若い男性だった。
「え、子犬?見てないなあ」
彼も快くチラシを受け取ってくれたけれど──
「でもさあ、元々この団地に住んでたんでしょ?自由に暮らしてたんでしょ?」
「そう、ですけど」
「だったらさあ、人間の家で窮屈に暮らすより、その方がよかったんじゃないの?」
「え?」
「また自由に暮らしたくて、自分から出ていっちゃったんじゃない」
思いもかけない言葉に、一瞬、頭の中が真っ白になる。
「だってさあ、うちの団地ってファミリータイプでもそんなに広くないらしいし。なにせ古いもんね。俺の部屋なんか片付かなくってさあ。足の踏み場もないわけよ。ま、今井さんのおかげで今はちょっと綺麗だけど。あ、いけね」
ミヤケさんと言うお兄さんは、なぜかそこまで言って「しまった」という顔をする。
「あー、今の忘れて」
「え、あ、はい」
「今井さんのことは言っちゃいけなかった……っていうか、あー、えーと、なんでもないや。オーケー、オーケー。俺も見かけたらここに連絡すればいいのね。じゃ、急ぐから〜!」
ミヤケさんという人は、ぶんぶん手を振りながら呆気にとられる私たちを置いていってしまった。
「団地で自由に暮らしてた方が幸せ、か」
当麻がポツリと呟く。その声はちょっとだけ苦いものを含んでいて、白い息と一緒に空に消えていった。


大した収穫がない上に、がっかりする出来事の多いずんちゃん探しが数日続いた。これだけ出てきてくれないと、本当にずんちゃん本人が戻ってきたくないんだと思えてしまう。
「そろそろ本格的に寒くなる。ずっとこのまま外で暮らすのは厳しいぞ」
「そうだよね」
ため息しか出てこない。当麻がポストを見に行き、私はパソコンを立ち上げた。
「なんだか……妙に目撃情報が集まっているな」
「メールもいっぱい来てるし……ねえねえ、当麻。これ見て!」
戸惑いつつも情報を整理してパソコンの前に向かっているうちに、あることに気がつく。
「これ、珠希さんじゃない?」
団地の名前を何度も検索しているうちに、インターネットのホーム画面の広告が団地に関連した情報で埋め尽くされる。その中に関連する配信動画があった。

「消えた保護犬『ずんだ』を探せ……」
「あの人、結局配信したんだね」
再生回数を稼げると思ったんだろうか。正直、ずんちゃんをそんなことに利用されるのは面白くない……というか不愉快だ。
「でも本当に探してくれてるみたいだぞ」
「え?」
当麻に言われてみれば、団地内の知り合いを動員して、ずんちゃんを探す様子を撮影して配信してくれていた。
「しかも、ここ見ろよ」
動画の最後では、行方不明になった犬を探す時のポイントがまとめられている。

『ずんちゃんはビビりなので、見かけてもすぐに声をかけないでください。怯えて逃げ出して、車の前に飛び出したら危ないよね。そのまま見守って、保護団体の人にすぐに連絡してください。犬探しの際に、見つけた時の対応はワンちゃんの性格によってだいぶ違うので、飼い主さんや保護団体さんに確認して対応してくださいね』

「チラシにずんだの対応方法は載せているけど、犬の性格によって対応が違うなんて説明はしてなかったよね」
「調べてくれたんだな」
「ん?」
真摯な説明にしみじみしていると、動画の中には見覚えのある人の姿もある。
「これ、ミヤケさんじゃない?」
「チラシを、拡大してくれてる……?」
私たちが作ったチラシはA4のコピー用紙にカラー印刷しただけのものだけれど、ずいぶんと大きいのが画面越しでもわかる。
「……すごいね」
「見つかったらお礼に行かないといけないな」
「その前に頑張って探さなきゃ」
「よし!」
めずらしく当麻が勢いよく立ち上がる。

一本の電話がかかってきたのは、その時だった。

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