【読書メモ】顧客体験マーケティング 顧客の変化を読み解いて「売れる」を再現する
はじめに
KARTE CX Conference 2022に登壇していたエン・ジャパン執行役員/マーケターの田中奏真さんが講演中に紹介していた『顧客体験マーケティング』。
ユーザーの声を聞くということは、シンプルで基本的な取組みではあるものの、分業制が進んだ事業会社の中で私はやりきれていないと感じています。
今年は自ら直接ユーザー調査を行い価値ある顧客体験を作っていきたい想いがあり、この本を手に取りました。
本の中では顧客体験を軸とした戦略立案、ターゲット設定、施策の企画、クリエイティブやコンテンツ開発、効果測定まで触れられていますが、今回はその中でも特に自分が興味深いと思った点を纏めてみようと思います。
1.顧客体験マーケティングにおける企画力
顧客体験マーケティングにおける企画力とは、「ブランドが起こすべき変化を、顧客の変化から逆算する力」。
加えて企画とはデータを結果として捉え、データを生み出している原因やプロセスを逆算して、その因果関係に乗じて起こしたい変化を狙って起こす企て。つまり企画の本質は、予測。
顧客体験を捉えたデータを事前に準備しておいて、顧客が自身の体験について語るエピソードやその時に使われた表現、ロジック、矛盾、対立構造、優先順位などをつぶさに観察。
そこから「なぜ顧客はこの表現を使ったのか。一見矛盾している。もしかしたらこんな理想と不安を持っているのかもしれない」「こういう優先順位で選ばれるということは、ブランドのこの側面が価値になるかもしれない」というように、顧客の考え方やブランドが受け入れられる条件をあぶり出していく。
今度はそれを予測モデルとして、「顧客の課題にこんな背景があるなら、こういうシーンでの利用機会を提案すべきではないか」「こんな考え方をしている人なら、こういう文脈を描写すると便益が伝わりやすいのではないか」という具合に、ブランドが選ばれやすい体験を予測していく。
予測も企画も、顧客がブランドを選ぶメカニズムを利用して、ブランド側が起こしたい変化を再現することでビジネスに寄与する。数式で再現するか、施策で再現するかというだけの違い。
2.顧客体験をストーリーで捉える
ストーリーは「今まで気にもしなかった日常の当たり前が変化して、取り組みたい課題になった」という因果関係の型になっている。
マーケターが知りたいのはブランドが価値として受け入れられるための条件。
上記を知るには、「生活の中で生まれた顧客の課題感や視点の変化に対して、ブランドがどのような役割を果たせると認識されたときに価値になったのか」という、受け手側の理由付けをストーリーで理解するのが効果的。
ユーザーの声が生まれた文脈や理由を調べ、そのときの行動を見ていく。
3.アクセプターモデルとは?
「アクセプターモデル」 とはブランドが顧客に価値として受け入れられるプロセスを構造的に捉えたもの。
アクセプターモデルでは、顧客がブランドを価値として受け入れるまでのプロセスを、「現状体験」「課題感の発生」「受容価値」「生活変化」の4つのフェーズで捉えます。
アクセプターモデルに従って顧客の体験を観察すると、現状の体験から購買後の生活変化に至るまで、認識や行動の連続的な変化が1つの物語として浮かび上がってくることが分かる。
4.認知的斉合性(さいごうせい)とは?
認知的斉合性は心理学上の考え方。
もともと自分が持っている認識と矛盾する内容の情報や状況に直面したとき、人は心理的な不均衡を感じて頭の中でつじつまを合わせようとする。
このとき、生活者の認識に変化が起こる。新しい情報に対して矛盾が起こらないように、これまで自分が培ってきた認識や物事の見方を調整する。
生活者が不均衡を解消するには、提案された理想と現状の差分をゼロにするか、理想と現状のどちらかを否定するしかない。しかし理想と現状が異なっているのは事実なので、差分をゼロにはできない。ブランドから提案された理想を生活者が否定すれば、不均衡は消える。
5.Unique Selling Experienceの重要性
アクセプターモデルの生活変化フェーズにおいてUSEがポイントになる。
自分の生活に対して具体的な変化が連想できる方が、形容詞的なイメージの連想よりリアルで信憑性が高く、「このブランドしかない」という認識にたどり着きやすくなる。
競合と異なるかどうかだけではなく、いかに体験として優れているかを訴求することが求められる。そのためにユニークセリングエクスペリエンス( Unique Selling Experience)の確立がキーになる。
ユニークセリングエクスペリエンスとは「他のブランドから得られる体験と異なり、かつ優れている」という認識、もしくはその認識変化を起こす提案のこと。
顧客体験の観点から言うと、提案に独自性があるブランドが選ばれるのではなく、理想や規範といった「顧客の主観的な正解」に近いブランドが選ばれると言える。
そして生活変化の体験が自分の理想や規範に近いほど習慣化しやすく、その習慣の一部としてブランドが選ばれるようになる。
機能性やブランドイメージだけを磨いてもこの正解にはたどり着けない。ブランドが提案する体験を、顧客の理想や規範に対してどれだけチューニングできるかが勝負になってくる。
6.コミュニケーションのストーリー構成
マーケティングコミュニケーションの作り手の立場から、アクセプターモデルを考える場合、コミュニケーションのストーリー構成は、大きく2つの〝型〟に大別される。
1つが「課題解決型」のストーリー、もう1つが「イメージ形成型」のストーリー。
課題解決型のストーリーは、顧客の課題を解決する価値としてブランドを位置づけるロジックになっており、主に機能性商材のプロモーションに使われる。新しく開発した機能や成分、競合への優位性など、特定の課題に対してブランドが解決手段となることを認知させることに長けている。サブブランドの展開やキャンペーンの認知などに使われるのもこの型。
イメージ形成型は、主にコーポレートブランドやマスターブランドの好意形成や、中長期的な企業価値向上のためのブランディングに使われる。特定の課題解決における機能性を語るのではなく、ブランド資産としての人材や企業文化、研究開発や職人の技巧、メッセージ性の高いブランドストーリー、企業のビジョンなどを伝えることで、好意的なイメージを醸成したりブランドへの帰属意識を高めたりすることに長けている。
7.ナラティブ分析で顧客体験をデータ化する
ブランドを価値として成立させるためのアイデアは、「ブランドがすでに価値として成立している人」の体験から学ぶのが最も合理的。つまりブランドを買った顧客の体験を観察して、ブランドを価値として成立させるために「変えるべき現状の体験は何か」「持ってもらうべき課題感は何か」「提案すべき便益は何か」「理想として描くべき生活変化は何か」といった具体的な条件を見つけていくわけです。
顧客体験を観察・データ化する方法として、本書では「ナラティブ分析」というものを活用している。ナラティブとは顧客が語る一人称視点の物語のことで、「その人がそう感じる背景や事情」を理解したうえで一人ひとりに寄り添ったサービスを提供することが望まれる医療や看護、教育、福祉といった対人サービス分野で発展したアプローチ。
ナラティブ分析は、顧客の発言や体験エピソードから、顧客がどういう視点やルール、信念を持って生きているのかを読み解き、「顧客が考える物事の因果関係」や「本人にとっての正解」を明らかにしていく。
経験則に基づいた物事の捉え方や「考え方の癖」を最初にあぶり出して、そこから「こういう考え方で生きている人には、こういう課題をこう描写したら伝わりやすいのではないか」「こういう生活背景の中でこの課題感を持ったのなら、ブランドのこの便益をこう伝えるといいのではないか」という仮説を導き出していく。
顧客の声に直接答えるのではなく、顧客の声や顧客視点が生まれたバックグラウンドを理解して、顧客が構築したロジックに沿った体験を設計するアプローチ。
また、ナラティブによる顧客観察のメリットとして「ストーリーとして読める顧客データ」であるという点が挙げられます。顧客体験を1つの物語コンテンツとして読めるので、理解のために特別なスキルを必要としません。チームメンバーが顧客体験から学びを得て共有するための、社内コンテンツにも向いている。
8.カスタマーとの対話技術について
①ナラティブを聞き出すときのポイント
・顧客自身の視点で語られていること
・物事の捉え方や意味付けが語られていること
・ブランドが価値として受け入れられる過程の認識変化
・行動変化を引き出すこと
②ビリーフプローブ( belief probe)
ビリーフとは、顧客本人もしくは顧客が所属する準拠集団において信じられている主観的な因果関係についてのナラティブで、「XはYである」という表現型で示される。
インタビュアーは、顧客の発言に対する切り返しとして「つまり、XはYであるということですね」などのように、顧客のビリーフを一言で要約した形にしてプローブ(探査)を行う。
ビリーフに対しては以下のような切り口でプローブを行い、ビリーフの根拠や例外、ビリーフに基づいた行動や習慣などを逐次的に確認していく。
・理由を聞く(例: Xは Yだ。なぜなら Zだから。)
・例外を聞く(例: Xは Yだが、 Zだけは別だ。)
・前提条件を聞く(例: Xが Yになるためには、 Zが必要だ。)
・連鎖的に起こる次のロジックを聞く(例: Xが Yになると、 Zになる。)
・比喩や誇張を引き出す(例: Xは Yだ。あえて誇張した例を挙げれば、 Zということだ。)
③ブランドが価値として受け入れられる過程の認識変化・行動変化を引き出すこと
ブランドが価値として受け入れられるまでの具体的な認識変化や行動変化を引き出す。
アクセプターモデルをガイドとして、「現状体験」「課題感の発生」「受容価値」「生活変化」の各フェーズに紐付けて選択的にナラティブを集めると効率的。
④特定の行動や心理へと至った背景について語ってもらうこと
アクセプターモデルに沿って心理面・行動面を把握したわけですが、次はそれらの心理や行動が生まれた背景にある構造や原因を探っていく。
ナラティブ収集のポイントの中でここが一番重要。収集したナラティブから、「顧客が自分の体験をどういう視点で捉え、どんな意味付けをしているか」という心理モデルを作り、それに沿うようにブランドの提案を組み上げていく。
そのためにはまず顧客の視点や物事の捉え方を明らかにするナラティブが必要になる。そして、心理や行動が生まれた背景や原因を表すナラティブがこれに該当する。
⑤否定事例による相対化
背景についてのナラティブを聞き出すときには、「否定事例による相対化」というテクニックが有用。
顧客の背景を具体的に掘り下げるための呼び水として、あえて「否定の事例、逆の考え方や行動をしている人たち」をぶつけて質問する。
背景文脈が知りたいからといって、直接的に「あなたの考え方や価値基準はどこから来ているのか」と聞いてもほとんどの人が回答に詰まります。しかし否定事例を挙げて「違いは何ですか?」と問いかけることで自分自身の考え方や価値基準が相対化され、自分の考え方とは異なる人との違いを言語化するために、過去の経験や環境要因などに意識が向く。
9.顧客体験を軸にしたマーケティング施策開発
①顧客体験マーケティングの根本
「ブランドを価値として受け入れる理由や背景を持った人に、ブランドが価値として成立する条件を備えた顧客体験を提供することで、ブランドを選んでもらいやすくする」左記が顧客体験マーケティングの根っこの部分の考え方。
②価値成立条件とは
顧客体験を軸に施策を企画するには、購買につながる一連の変化と変化を起こすための施策要件がシームレスにつながった「ストーリー作り」が重要になる。
このストーリーのアウトラインになるのが、顧客のナラティブから導かれる価値成立条件。価値成立条件は、ブランドが価値として成立した人の認識変化を再現するには、何をどう伝えればいいかを具体的に規定する企画要件。
③ドミナントストーリーとオルタナティブストーリー
価値成立条件を考えるうえで重要なのが、顧客の「考え方の癖」を明らかにすること。
人は暮らしてきた環境や自身のこれまでの経験などから自分なりの視点や判断基準を培い、それに基づいて出来事に意味付けをして物事の価値判断を行う。
人にはそれぞれ「これはこういうものだ」「こういうときはこうしたほうがいい」といった世の中を理解すための経験則や経験知があり、それに従って生活している。これをドミナントストーリー(考え方を決定づける支配的な物語)と言う。
これらの経験則や経験知は当然ブランドを選択するときも使われるので、それに寄り添うように新たな顧客体験を作り上げれば顧客に受け入れてもらいやすくなる。
ドミナントストーリーを理解したうえで、同じ出来事を別の視点から異なる意味付けを行った解釈のことを、オルタナティブストーリー(語り直された、代わりとなる物語)と言う。
何かを価値として受け入れてもらうためのストーリーを狙って作るには、相手のドミナントストーリーを知ることがまず重要。
④価値成立の仮説作り
ターゲット顧客は、どんなものの見方をするのか。どういうルールで日々生活していて、何がどうなることを理想的と感じるのか。
生活上の出来事に対してどんな意味付けをして、物事の因果関係をどういう視点で捉えているか。問題が起こったときに何を原因とみなす傾向があり、どうしたらうまくいくと信じているのか。
そういったターゲットのものの見方や考え方をナラティブから引き出して、「こういう考え方をしているなら、こういう言い方の方が伝わりやすいのではないか」「こういう背景でこの課題感を持ったのなら、この生活シーンの中で便益を描写するといいのではないか」という価値成立の仮説を作っていく。
この変換にはやはり属人的な洞察力や創造力が求められる。マーケティングにおけるナラティブの有用性は実は昔から示唆されてきましたが、メインストリームに乗り切れていない背景には、この「 1人の顧客のドミナントストーリーからいかに多くの顧客に向けた施策としてのオルタナティブストーリーを導くか」という部分が定式化されていないという問題がある。
ここを定式化して、顧客のドミナントストーリーに沿うようにプロダクトやサービスの物語を組み立てる役割を担うのが、価値成立条件になる。
⑤ナラティブ分析の第一歩
ナラティブ分析の第一歩は、発言内容の矛盾や対立といった「ロジックの揺れ」や「感情の揺れ」にアンテナを張ること。例えば次のようなナラティブが挙げられる。
〈ナラティブでまず注視すべきポイント〉
・発言間の矛盾や対立・感情の強い吐露を感じる発言
・言葉に詰まった部分や曖昧な表現
・強調された表現や繰り返し表現・比喩表現、メタファー
・攻撃的な表現や自己防衛を感じる表現
・インタビュアーに同意を求めた箇所・他者に対して優位性(マウント)をとっているような表現
⑥違和感の背後にドミナントストーリーを読み取る
特定のドミナントストーリーに従って生活している顧客が、自分の物事の捉え方や価値基準に合致しない状況や刺激に出くわすと、一種の認知的不協和状態に陥る。
その不協和は、上記のような「読んでいて違和感のある表現や矛盾」となってナラティブ上に表出する。それらの表現や矛盾を足掛かりに、顧客のドミナントストーリーを逆算することもできる。
10.オルタナティブストーリーを作り込む
テレビCMでもイベントでもWEBコンテンツでも、顧客体験を軸に施策を考えるには、施策で提供する体験を定義する企画要件が必要になる。それを作成していくのが「オルタナティブストーリー」。
現状の顧客体験におけるドミナントストーリーを、価値成立条件から作成した代替案で置き換え、ブランドを価値として受け入れてもらうことが狙い。
オルタナティブストーリーを作る過程で、ブランドが提供する体験施策にターゲットが接触したときに起こすべき変化を細やかに定義していく。
細やかに定義、というのが1つ大事なポイント。というのもオルタナティブストーリーは「データ以上、企画未満の領域」を埋めるツールとして、体験観察データをクリエイティブやコンテンツに変換する役割も担うため。
なので、「こんな感情を惹起する」や「こんな驚きをもってもらう」といった〝点〟のアイデアでは不十分で、購買に至らしめる変化のロジックを細部まで作り込む必要がある。
起こすべき変化と施策要件が購買までシームレスにつながった一連の物語があってはじめて、体験観察データをクリエイティブやコンテンツに変換することができるようになる。
この、「ターゲットに起こすべき変化と、その変化を起こすためにブランドが語るべき内容や描くべき表現を対応させるロジック」がオルタナティブストーリーだと言える。
11.最後に
本の内容を積極的に実践し、自社サービスのマーケティング施策に活かしていければと思います。
また、本書の中では音部大輔さんの寄稿も寄せられており、パーセプションフロー・モデル ®(※)にアクセプターモデルを加えて活用することでマーケティング活動の効果・効率の持続的な改善に役立てることができると記載されています。
ナラティブ分析を実践できる体制を作りつつ、再現性あるマーケティング活動ができるように精進していきます。
※パーセプションフロー・モデル
消費者の認識変化を軸にしたマーケティング活動全体の設計図。他部門やパートナーも含めた、マーケティング活動に関わるチーム全体を再現性をもって指揮するのに不可欠な仕組み。
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