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【まいにち短編】#4 グッドバイ、線香花火

きっと、これが人生で最後の花火になるだろう。

何故なら、花火を燃やしたときに発せられるガスの中に人体の健康を脅かす有害物質が含まれていることが新たな研究で発覚し
一斉に規制がかかった。
だから、これは人生で最後の花火で、ちょっとしたテロ行為にあたるだろう。
見つかったら逮捕されてしまうかもしれない。

「…綺麗だね。」
「うん、とても綺麗だ。」

闇夜に煌めく、赤や青の光。
隣に座る、最愛の彼女の頬をゆらゆらと照らしていた。

夏の風物詩であったものは、いわば爆弾に変わってしまった。
当たり前にそこにあったものは、いつか変わってしまい、気付いた時にはだいたい手遅れだ。

「時間が止まればいいのに。」
「そう…だね…。」

手元残ったのは、あと2本の線香花火。
これが、本当の最後だ。

「勝負、しよ」
「勝負?」
「そう。どっちが長く灯していられるか」
「勝ったら、どうするの?」
「そんな深く考えず、決着がついたら考えればいいじゃん。ただの勝負だよ」

ゆっくりとロウソクに線香花火を近づける。
ジジッという鈍い音をたてながら、灯がともった。

パチパチと火花が散る。

どうして、線香花火というものはこんなに切ない気分にさせるのだろうか。
儚くて、もろくて、鮮やかで、とにかく綺麗だ。

確かに、これは有害物質かもしれない。
また、もう一度、つい、どうしても、見たくなってしまう。味わいたくなってしまう。まるで毒薬だ。
規制されると、余計に手を伸ばしてしまいたくなる。
ダメだと言われると、より求めてしまうのは、罪なのだろうか。

勝負はあっけなくついた。
彼女が手にしていた灯火が、ふっと地面に落ちた。

「あーあ。やっぱり、負けちゃった」
「やっぱり?」
「勝ったら、やり直そうって言おうと思ってたの。でも、そういうわけにはいかないんだよね」
「やり直しは…、もう、無理なんだよ…。僕たちは、君は。ずっと前に終わってしまっているんだよ」

さようなら、愛した人。
さようなら、夏の風物詩。

さようなら、毒薬みたいな、きみ。

君のことはきっと一生忘れないだろう。
淡く、儚く、そして綺麗に散っていった、君のことを。

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