すげしまさしみ

1日ひとつ、短編小説をお届けします

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最近の記事

【まいにち短編】#21 私のためのエッグベネディクト

鍋に水とお酢を入れて湯を沸かし、卵を落とす。 イングリッシュマフィンをトーストし、ほうれん草とベーコンを炒める。 トーストしたマフィンにベーコンとほうれん草とポーチドエッグを乗せて、こしょうと特製のソースをかけて、今日も朝ごはんが完成した。 友人からもらったちょっと良い海外のコーヒーを入れながら寝ぼけ眼の彼を呼び、 アンティーク雑貨屋で買ったこの家にある家具の中で一番お気に入りのテーブルに座る。 手を合わせてから、さっき作った朝ごはんを一口一口味わいながらじっくりといただ

    • 【まいにち短編】#20 月に一度の靄

      ねむくて、ねむくて。 いろんなところがいたくて。 ずっとベットの上でスマホをいじる。 なにかをやる気もおきなくて、ただスマホをいじる。 おなかがすいてきたような気もするけれど カップラーメンのためのお湯をわかすのすらめんどくさくて、ぐっとがまんする。 とにかくねむい。なにもやる気がおきない。 腰がいたい。頭がいたい。お腹がいたい。とにかくねむい。 あしたのことも考えられない。 それどころか、ご飯のことすら考えられない。 ずっとこのままでいたら死んでしまうのだろうか

      • 【まいにち短編】#19 キーホルダーが壊れる時

        家の鍵につけていたキーホルダーが壊れた。 偶然かもしれないけれども、 昔からキーホルダーが壊れる時は何かしら嫌なことが起こっていた。 初めてできた彼氏と初めてのデートで買ったお揃いのキーホルダーが壊れた3日後にフラれた。 お気に入りのバンドのロゴが入ったキーホルダーが壊れた1週間後にそのバンドが解散した。 今回壊れたキーホルダーは、友人と一緒に温泉旅行に行った時に買ったものだ。 お揃いではなく、たまたま入った和雑貨屋で売っていて 水引の形が気に入って自分へのお土産として

        • 【まいにち短編】#18 おやすみ、親知らず

          親知らずを抜いた。 歯医者に行くまではネットの記事やSNSを見て恐怖に慄いていたけれど、 幸いまっすぐに生えていたので痛みも腫れもなく抜歯はあっさりと終わった。 けれども喪失感だけが残った。 私にとっては、心の痛みの方が辛かった。 「抜いた歯、どうしましょうか?こちらで処分しますか?」 「あ…いえ、持って帰ります」 さっきまで私だったもの。私の一部だったもの。私を構成していたもの。 でも要らなくなって、捨てたものだ。 治療を終えて家に帰らずそのまま両親が眠るお墓に向

        【まいにち短編】#21 私のためのエッグベネディクト

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        • まいにち短編
          21本

        記事

          【まいにち短編】#17 ビタミン剤

          「このビタミン剤を毎日飲むんだよ。そうしたら、長生きできるからねえ」 祖母はそう言って朝食後に毎日 瓶に『ビタミンC配合!』とデカデカと書かれたビタミン剤を私に渡してくれていた。 実際祖母は94歳、祖父は97歳で天寿を全うした。 父と母も、そして私も欠かさずにそのビタミン剤を毎朝3錠飲んでおり、今の所大きな病気もしていない。 実家を出て一人暮らしになってからも母が定期的に送ってくれるので そのビタミン剤を欠かさずに毎日飲み続けた。 昨日までは。 * 「あいたたた…」

          【まいにち短編】#17 ビタミン剤

          【まいにち短編】#16 オリーブを噛み締めて

          オリーブが美味しいと感じた瞬間、もう大人になったのだと思った。 幼い頃に父と母が家でワインを嗜んでいるときに、 おつまみで食べていたオリーブをもらって吐き出したことがあった。 それ以来オリーブは食べていなかったけれども 兄と一緒にたまたま入ったイタリアンで提供されたので仕方なしに食べたら思いの外、美味しかった。 そうか…私はもう大人になったのか…。 「オリーブってこんなに美味しかったんだね」 「いやー俺はまだ無理だ…やるよ」 「ふっ兄ちゃんはまだ子供だったか…。旦那さん

          【まいにち短編】#16 オリーブを噛み締めて

          【まいにち短編】#15 大きなうさぎさんと小さなうさぎさん

          あるところに、体の小さなうさぎさんと大きなうさぎさんがいました。 小さなうさぎさんは、手先が器用なのでお裁縫やお掃除のお手伝いをして みんなから頼りにされていました。 大きなうさぎさんは、力が強いので重いものを運んだり木を切ったりして みんなから頼りにしていました。 ある時、王様からお城を修復するために手伝ってくれるひとを探しているらしいという噂が村に広まりました。 小さなうさぎさんは、手先の器用さを生化してお手伝いがしたいと言いました。 大きなうさぎさんは、力の強さ

          【まいにち短編】#15 大きなうさぎさんと小さなうさぎさん

          【まいにち短編】#14 平日夜、海岸で花火(後編)

          →続き 彼が着火マンを使って花火に火をつけると、数秒後にぱあっと光が灯ってパチパチと火花が散った。 さっきまで鬱蒼と暗かったあたりが一気に明るくなる。 「…わあ」 その景色があまりにも綺麗だったので、つい声が漏れていた。 「ほらほら、紗季ちゃんも」 火の粉が私の方に飛ばないように気を使ってくれながら、彼が持つ花火を私の持つ花火に近づける。 ジジっと微弱な音を立てながら、火薬に火がついた瞬間、ぱあっと自分の顔が照らされて火花が散った。 「おおお、綺麗だな…!」 「綺麗…

          【まいにち短編】#14 平日夜、海岸で花火(後編)

          【まいにち短編】#13 平日夜、海岸で花火(前編)

          仕事中、私用のスマホが振動したのでこっそりと覗くと、 『今日 20:00 小田急鵠沼海岸駅 集合』 とのメッセージが届いていた。 送り先は例の彼だ。 またこの人は…突拍子もないことを…。 指定された場所は、職場からおよそ1時間かかる。 今日は比較的業務も落ち着いていて、時間どうりに約束の場所には行けそうだった。 しかし、一体また何を企んでいるのだろうか…。 平日夜の海だなんて…意味がわからない。 少しだけ悩んだが、『わかりました』とだけ返信をした。 とても腹立たしい

          【まいにち短編】#13 平日夜、海岸で花火(前編)

          【まいにち短編】#12 急がば回り続ける

          急がば回れという言葉がある。 けれども、人間というものはどうしても急いでいるときは色々な障害を見ないことにして、突き進みたくなってしまいたくなる。 そして、後々面倒ごとを引き落こしたときに初めて自分の過ちに気づくものだ。 つまり、急いでいるときにやってくる障害こそが、本当に向き合わなければいけない、自分の問題だ。 でも、自分の問題がわからないときは…? * 「はあ…」 「どうしたの?」 「実は…彼氏と別れてさ…」 「えー!まじで!な、なんで?あんなに仲良かったのに!て

          【まいにち短編】#12 急がば回り続ける

          【まいにち短編】#11 ぼんぼり祭の夜に

          「なあ、智恵。今日ぼんぼり祭に行かないか」 「ふえぁ?」 朝食を食べた後、突然父に声をかけられてつい声が裏返ってしまった。 父とはここ数年おはようとかおやすみとかしか最低限の挨拶しか喋っていないし、ましてや二人で出かけることなどまず無い。 しかも、よりにもよって、ぼんぼり祭か…。 ぼんぼり祭は地元の神社でお盆の時期に毎年行われるお祭りだ。 ご近所さんとか、中学の頃の同級生とかが絶対にいるので、極力行かないようにしていた。 5年前に友人と浮かれて行って後悔した以降、顔を出

          【まいにち短編】#11 ぼんぼり祭の夜に

          【まいにち短編】#10 美味なるものは…

          私、藤村美香はとても緊張をしていた。特に直さなくても大丈夫だろうが、つい髪を触ってしまう。 一応お気に入りのワンピースと、ちょっといいアクセサリーを着けてきた。 ちょっとはマシに見えるだろうか。 待ち合わせまであと10分ある。 誰かを待つというのは久々だった。こんな気持ちで待つことも。 振動に気付いて、スマホを取り出す。 『今、着きました。どこにいますか?』 待ち合わせ相手が到着したらしい。 『西口ロータリーの時計台の前にいます。黄緑色のワンピースを着ています』 少し震

          【まいにち短編】#10 美味なるものは…

          【まいにち短編】#9 桃太郎がもしモモコだったら

          昔々あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。 (省略) おばあさんが持ち帰った桃の中から まるでお人形のように目がくりくりしている女の子が生まれてきました。 名前をモモコと名付けました。 おじいさんとおばあさんは、モモコに愛情をたっぷり注ぎ、それはそれは大切に育てました。 * モモコはたいそう責任感と正義感の強い女性に成長しました。 ある時、村では悪い鬼の噂が広まりました。 モモコは、おじいさんとおばあさんに言いました。 「私、鬼ヶ島へ行って、悪いこと

          【まいにち短編】#9 桃太郎がもしモモコだったら

          【まいにち短編】#8 生きていく場所

          嫁に入った家から逃げ出した。 36歳にもなって、人生で初めての家出だ。 もうとにかく我慢ならなかった。 毎日毎日義理の母と独身の義姉に嫌味を言われながら 食事を作り、洗濯をして、掃除をして、また食事を作って、洗濯を取り込んで、買いもにに出かけて、食事を作って、寝る生活に。 愛があれば生きていけると思っていた。 旦那のためなら、どんなことでも我慢できるつもりだった。 けれど、歪みは歪なのだ。 見ないようにしていても、気にしないふりをしていても少しずつ少しずつ私を蝕んでいく。

          【まいにち短編】#8 生きていく場所

          【まいにち短編】#7 お酒のせい、あなたのせい

          「いい加減にしなさいよっ!」 バシッ。 後ろの席から突然耳に入ってきた違和感のある大きな声と音に、反射的に体が震えた。 火曜日13:15、ランチタイムのラウンジで感情をむき出しにしている人を見るのは初めてだったので とてもびっくりしてしまった。 一体何事だろうか。つい、聞き耳を立ててしまう。 火事とか、事故現場とかに群がる野次馬たちのことをバカにできない。 「痛いな…何すんだよ…。まったく…そういうところが可愛げねーんだよ」 「あなたがそうやって嫌な態度ばかりとるからい

          【まいにち短編】#7 お酒のせい、あなたのせい

          【まいにち短編】#6 記憶は彼方に

          「あれ、夏帆?久しぶり!」 地元の本屋で買い物をしていると、突然声をかけられた。 1年ぶりの帰省だし、小さな街だからこういうことは珍しくはない。 しかし、声をかけてきた彼女の顔を見ても、「久しぶり」と言われる所以が思い当たらなかった。 誰だっけ。全然まったくこれっぽっちも思い出せない。 名前が一致しているあたり、私を私だと認識して声をかけてきているだろうから 知り合いか、友人かなのは確かだろう。 「う、うん!久しぶりだね。元気だった?」 とりあえず、話をしてみよう。思い

          【まいにち短編】#6 記憶は彼方に