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【まいにち短編】#13 平日夜、海岸で花火(前編)

仕事中、私用のスマホが振動したのでこっそりと覗くと、
『今日 20:00 小田急鵠沼海岸駅 集合』
とのメッセージが届いていた。

送り先は例の彼だ。
またこの人は…突拍子もないことを…。

指定された場所は、職場からおよそ1時間かかる。
今日は比較的業務も落ち着いていて、時間どうりに約束の場所には行けそうだった。

しかし、一体また何を企んでいるのだろうか…。
平日夜の海だなんて…意味がわからない。

少しだけ悩んだが、『わかりました』とだけ返信をした。

とても腹立たしいけれども、なんだかんだこの人に逆らえなくなっている。
返信した後に後悔が襲ってきて取りやめようかとすら思ったけれどもすぐに既読が付いてしまい、
嬉しそうな顔のウサギのスタンプが送られてきた。

しょうがない。
目の前にある業務をさっさと終わらせよう。

指定された駅に到着したので電車を降りる。時計を見ると時刻は19:46だった。
少し早かったかもしれないけれどゆっくり待つとしよう…、と考えたところで改札の向こうに見知った顔を見つけた。彼だ。

スーツ姿なのを見ると、仕事帰りなのだろう。しかし、手にはバケツがある。バケツ?

スーツの男性がバケツを抱えている構図が面白くて、思わずふっと笑ってしまった。
この人は…チグハグな格好が好きなのか?もはや狙っているのだろうかとすら思ってしまう。

向こうも私に気づいたのだろう。手を振ってきた。
そんな目立つことに目立つことを重ねないでほしい…こっちが恥ずかしいじゃないか…。

この辺に住んでいる人も何処からか帰宅するところなのだろう、小さな駅の改札はごみごみとしている。
うつむきながら、改札を通る。

「来てくれてありがとな。まあ、ちょっと思いついちゃったもんで…ははっ」
「ま、まあ私も今日は特に予定もなかったので…」
案の定、彼は嬉しそうな顔をしていた。

何度か二人でご飯をしたり遊びに行ったりしているけれども、未だに彼が何を考えているかわからない。
ただ関係を持ちたいだけというわけでもなさそうなのは薄々わかってきたけれども、
ここに呼び出した意図は一体なんだというのか。

やはり今日来るんじゃなかった。彼と会うといつもそんなことを思う。
けれど誘ってもらえるとNOと言えなくて、結局また会ってしまう。
私も、私のことがわからなくなってきた。

「とりあえず行こうか」
「何処にですか?」
「そりゃ…海?あ、腹減ってるなら、先に軽く飯食っちゃうか」
「いや、そのバケツ持ってご飯は…というか、あの、なんなんですかそのバケツ…」
「海でバケツといえば?」
「……あ、花火。ですか?」
「正解」

そう言って彼は、ビジネスバックの中から派手なパッケージの手持ち花火をいくつか取り出した。ニヤッとした顔が腹が立つ。
でも、なるほど。夏の海で花火。悔しいけど、ちょっと楽しそうじゃないか…。

「そしたら、そこのコンビニでおにぎりとか軽くつまめるもの買って、海行きますか」
「おう!」

海岸に着くと、想像以上に暗くて少し怖い。近くの島にある塔の灯りが闇をまた深く際立たせている。
ザザーンと低い波の音が響く。
そういえば、夜の海にくるのは生まれて初めてかもしれない。

海特有の強い風に煽られて髪がすぐにボサボサになってしまったので、さっと髪を括った。

「おっ」
「え?なんですか?」
「あー…、いや、その…。髪まとめてるところ初めて見たからさ。似合うね」
「あ、ありがとうございます…」

この暗さでよく見えるな…という関心はさておき、
私のことを褒めるような言葉を言ったのは初めてだったので、心臓が鳴った。鳴ってしまった。

「と、とりあえず、やりましょうか」
「おう!ほれ、いろいろ買ってきたんだぜ。でもこの辺打ち上げはできないから手持ちだけだけど」
「うわっこんなにたくさんですか!すごい。全部やり切れるかな…」
「ま、じゃんじゃんやってこうぜ!」

彼が着火マンやロウを準備してくれていたおかげで
すんなりと準備は終わった。

しかし、風が強すぎて火がロウになかなか灯らない。

「困りましたね…」
「直接着火マンで花火に火つけちゃうか。紗季ちゃんは俺のから火つけなよ」
「そしたら、どんどんやっていかなきゃですね」
「おうよ!」

→後編に続く


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