見出し画像

【まいにち短編】#3 紫陽花の誘い

腰の痛みで目を覚ます。

時計を見ると日付がいつの間にか変わっていた。深夜25:00。
話題になっていた韓国ドラマを観ようと意気込んでいたが、冒頭30分でどうやら途中で寝てしまっていたようだ。

ネタバレにならないよう、垂れ流されていたドラマを停止すると、部屋は張り詰めたような沈黙でいっぱいになった。
1LDKの部屋は、こんな時にとても広くて怖い空間のように感じる。

明日の予定は特にない。片付けをして、家事をして、ゴロゴロとしておしまい。
ここんところ休日なんてずっとその繰り返しだ。
いっそのこと休みなんていらないからずっと仕事していた方がよっぽど生産性があるだろう。

とりあえず紅茶を入れる。半年に買った、ちょっとお高めのアールグレイ。
いい匂いが漂ってきて、余計にぼうっとした。
このまま寝てしまおうか、とも思ったが、お湯を沸かすための動作で頭が冴えてきてしまった。

ドラマの続きを見ようか…、いやでも今から見始めるのは幾分骨が折れる。
途中になっていたエッセイを読むか、漫画を読むか、それとも…。

独り身の社会人たちはこういう時に一体何をしているのだろう。何をしたら正解なのだろうか。
私には、これといって趣味もない。その分貯金が増えていくので、十分幸せだと思う。
ただ、時々同僚の子たちが”推し”のことを語るとき、胸が痛むのは何故だろうか。

手元にあったスマホのロックを解除して、Instagramを開く。
高校の頃、毎日のように一緒だったあの子は今日も彼氏とデートをしたらしい。
彼女は今、果たして幸せなのだろうか。

画面をスクロールしていくと、大きな紫陽花の写真で指が止まった。
女性向けの記事で、鎌倉のお寺の庭で咲いていて、この時期にオススメだと書いていある。
おお振りだったり小ぶりだったりする花弁、淡い青や紫からしばらく目を離せなくなった。
写真に写るお寺の静寂さが、その美しさをさらに際立てているような気がした。

何だろうこれは。
いや、騙されるものか。写真なんて加工だろうし、この記事だってきっとプロモーションか何かだろう。
しかも紫陽花なんて、わざわざ鎌倉じゃなくっても、その辺にも咲いているじゃないか。
そう思いながらも、鎌倉のお寺までのルートを検索する。マンションから、だいたい1時間半…。


………よし。



明日着る洋服を決め、急いでベットに入った。
まどろみがやってきたのは、いつもより少しだけ早かった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?