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山菜の春、おばあちゃんのワラビ

信州の春の楽しみといえば、なんといっても山菜である。山が近いこの土地は山菜王国と言っても過言ではない。山へ採りに行く地元の人も少なくないが、松本市内のスーパーにも3月下旬くらいから山菜が出回り始め、おー、春だなと嬉しい気持ちになる。東京ではなかなかお目にかかれないような珍しい山菜も、割とお手頃な価格で手に入る。さらに、地元の産直市場に行くと朝採れが並ぶ。スーパーよりも形はワイルドだが、量はたっぷりで値段も安い。生産者というか、採った人の名前が書いてあり、その苦労を思いながら、ありがたく買い物カゴに入れていく。これでも今年は霜の影響で例年より少し高価だそうだ。

山男でアウトドア派の夫から「うちに油ある?」と謎の電話があったときは何かと思ったが、なんのことはない、登山帰りにふきのとうを摘んできてくれたのだった。花が開く前の若い蕾が、スーパーのビニール袋に無造作に詰め込まれていた。
夕飯はもちろん天ぷら。台所に立ったまま、揚げたてに軽く塩を振り、はふはふと頂くのはなんとも言えず贅沢だった。天ぷらで食べきれない分は細かく刻んでふき味噌に。あんなに綺麗な薄黄緑色のふきのとうも、熱が加わるとしんなりと茶色くなり、味噌とみりんとお砂糖少しを練り混ぜれば、美味しいごはんのお供になる。
土を感じる強い香りと独特な苦味は、クリームチーズやお肉にも相性が良く、春を感じる食卓のアクセントになる。

かなりワイルドな状態のふきのとう。すぐに黒く変色してしまう。

コシアブラという山菜も、今年はたくさん食卓に上った。自生しているところは見たことがないが、木の新芽なのだろうか。ヒョロヒョロとした細い茎に、若草色の葉が数枚ついた独特な形。頼りない見た目とは裏腹に、香りがとても良く、山菜の女王と呼ばれているらしい。根元のガクを取ってさっと湯がいて、刻んだら塩とお好みで少量のごま油とあえ、ほかほか炊きたてのごはんに混ぜ込む。鮮やかな緑色が白いごはんに映え、タラの芽をもっと上品にしたような、なんとも表現しがたい爽やかな春の香りが、ごはんの湯気とともにふわっと匂い立つ。苦味やエグ味が一切ないので、混ぜごはんや天ぷらの他にパスタに入れても美味しい。その他にもウドやタラの芽、シドケにコゴミなど、毎晩のように食卓に山菜が登場した。

そしてつい先日、安曇野に住む知人からワラビをいただいた。アク抜きに使うという灰も一緒にいただいたので、下処理の方法や調理法など調べていると、ふと祖母を思い出した。そういえば、ワラビの煮物はおばあちゃんの得意料理で、遊びに行くとよく食べさせてもらっていたっけ。久しぶりに声が聴きたくなって、今年米寿を迎える祖母に電話をしてみた。

生のワラビをアク抜きしていると伝えると、「東京から移ってまだ2ヶ月なのに、すっかり田舎の人になったね〜」と笑われてしまった。味付けのコツなどを電話越しに聞きながら、その声が弾んでいるのがよくわかる。

今でも毎日台所に立ち、全国各地から美味しいものをお取り寄せして、お正月には立派なおせち料理を振る舞うおばあちゃん。春は山菜、秋はキノコ狩り、一度ハスカップ摘みに連れて行ってもらったこともある。最近は昔ほどアクティブにとはいかなくなったけれど、知的好奇心ならぬ味的好奇心が旺盛で、誰かにごはんを食べてもらうのが大好きなところは、今も昔も変わらない。私の食いしん坊はおばあちゃん譲りなのかもと、ふと思うことがある。

以前おばあちゃんに「お料理上手になる秘訣は何?」と聞いたことがある。すると、「旦那さんに美味しいものをたくさん食べさせてもらうこと。料理は舌で覚えるものだから」と即答だった。お料理上手でチャーミングなおばあちゃんは私の憧れ。美味しく煮上がったワラビの煮物を食べながら、いつまでも元気に長生きして欲しいなと思う。


寺岡歩美


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