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ダンボールのドラマ

引越しのダンボールを横目に、こうしてパタパタと文章を書いている。大体の荷造りが終わり、家具の裏に溜まったホコリに目をしかめながら掃除を進める。
考えてみたら北海道の実家を18歳で出てから、これで9回目の引越しになる。
人よりも多いほうだろうか。引越し自体好きな方かもしれない。

引越し直前の小さな暮らしも好きである。ガランとした食器棚に一揃えの茶碗や皿、コップ。調味料も最小限にして、冷蔵庫の中身とにらめっこしながら献立を考える。そう考えると生活に本当に必要なものってそんなに多くないのかも。ミニマリストなんて言葉も流行っているが、アウトドア好きの夫とレコードと本の山に埋もれたい私にとっては縁遠い言葉である。どちらが良いというわけでもないが、何ごともバランスだよなとダンボールの山を見ながら溜息をつく。

引越しにはドラマがつきものである。
初めて上京した時は母親が手伝いに来てくれて、一緒に家具を買いに行ったりしたものだ。六畳一間のワンルームには真新しい家具が並び、初めての一人暮らしに胸躍らせる私も、その部屋と同じくらいピカピカだった。
同棲生活をしていた元恋人との家を出るときは、泣きながらダンボールに荷物を詰めた。半分になった家の中を見て、自分の心も半分になったような気がした。急いで荷造りして置いて来た荷物もあったけれど、後悔だけはしなかった。
昨年松本に越して来たときは、車で荷物を運んだ。お餞別にもらった100本のバラの花束をトランクに詰め込んで、カーラジオを聴きながら、大月あたりでJ-WAVEの電波が入らなくなった。あぁ東京を離れたんだなと実感した。

今回は部屋が手狭になったのと、犬を家族に迎えたいという理由での引越しなので、少々ドラマに欠けるかもしれない。若い時の根無し草だった自分が懐かしくもあるけれど、でもこれで良いのだと思う。続いていく生活が愛おしい。
必要なものと不要なものを選ぶ作業は、自分の人生を整理しているような気持ちになる。今までの暮らしとこれからのことを改めて考えるいい機会だ。自分の人生が小さなダンボールの中に収納されていくさまは、何度見ても感慨深い。やっぱり引越しが好きだ。

新しい家は実家以来の戸建て。
小さな庭があって、借景の緑が美しく窓を彩る。新しい家にはどんなドラマが待っているだろうか。

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P.S.
無事に引越しを終えた。
新しい家の初めてのお客さまは、小指の先ほどのアマガエル。
いらっしゃいませ。ゆっくりしていってね。


寺岡歩美

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