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ホタルの光

向田邦子の短編集を読み終えた。食に関するエッセイが中心の最近編集されたものだったが、「蛍の光」という寺内貫太郎一家からの抜粋が格別に良くて、いつか小説で読み直したいと思う。貫太郎一家のお手伝いであるミヨ子が、母が亡くなった為に高校を退学し、自分が出られなかった卒業式に思いを馳せ、どうしようもない自分の境遇に苛立ちを募らせるシーン。悪気はなくともミヨ子を傷つけてしまう同世代の子供達、不器用ながらも温かい貫太郎の言葉と温かいごはん。胸が熱くなり、目頭が熱くなった。テレビドラマが原作なのは知っていたけれど観たことはなく、文章で読んでも素晴らしいので未読の方がいたらオススメしたい。

蛍の光と言えば夏の風物詩だが、今日は春の海で光るホタルのお話。少し前、連休中の話になるが、富山までホタルイカを獲りに行った。ちょうど3月〜5月上旬に旬を迎えるホタルイカだが、新月前後の深夜から明け方にかけ、方向感覚を失って海岸に迷い込み、浜に打ち上げられることがある。自然と生命の神秘。これをホタルイカの「身投げ」と呼ぶそうで(穏やかでないネーミングである)、素人でも網ですくえるというのだ。長野県は地理的に日本の中心部に位置する海なし県だが、8つもの県と隣接していて、富山県もその一つ。ひとつ山を越えると日本海という恵まれた立地なのである。ちょうど連休と新月のタイミングが重なるということで、ホタルイカを求めて富山まで行ってきた。

もちろん釣り経験などないので色々と事前にリサーチをし、だいたいの場所と時間を決める。道具もゼロからなので、タモと呼ばれる網とウェーダーという胸まであるゴム長靴付きのスーツを購入。安物でワンサイズしかないので、腰のあたりでベルトをしてサイズ調整をする。不恰好ではあるが、実際に海に入ってみるとなんとも快適である。時刻は深夜0時を過ぎた頃。連休ということもあってか、浜にはヘッドライトをつけた人々がわんさか。夏の海水浴シーズンかと見紛うほどの盛況ぶりだった。長靴姿の軽装の女性たちから、独自の道具を用意している玄人風の人もいる。5月といっても深夜の浜は結構冷えて、セーターと暖パンを着込んできて正解だった。元気な少年は海パンTシャツ姿で海に入っていて、若さが眩しいと同時に、そんな薄着で風邪引かないのかなと要らぬ心配をしてみたり。

真っ暗な海岸は波の寄せる音も不気味に響いて、このまま沖までさらわれたらどうしようと不安になる程だ。ヘッドライトを消して見上げると、月のない夜空には星がくっきり。美しさに見とれていると、不意に高めの波が来て驚く。ザブザブと浅瀬を離れて格闘する夫を横目に、浜辺においたバケツを見失わない範囲の浅瀬で、とはいえ腰あたりまで海に浸かりながら、ヘッドライトを頼りにホタルイカを探す。歌にもあるように海は広いし大きいので、小さなホタルイカはそう簡単に見つかるはずもない。光ったと思ったら波の反射だったりして、なかなか上手くいかない。身体も冷えて来たし、そろそろ浜に上がろうかと思っていると、キラリと青い光を目の端に捉える。

お!!これは!!

案外動きは鈍く、私の網さばきでも難なく捕まる。網をあげるとキューと鳴いて水を吐き、また青く光る。文字通り蛍光色の青で、ホタルの儚い光に比べるともっと力強く感じた。急いで浜に上がり、はやる気持ちを抑えつつ、傷つけないように慎重にバケツに移し替える。見まごうことなきホタルイカである。スーパーや居酒屋で出される茹でたものしか知らなかったが、思ったよりサイズが大きく、立派に墨まで吐いている。自然条件は良かったものの、この日は全体的に不漁だったようで、二人合わせて2時間で4杯。全く獲れなかった人も居たみたいなので、それに比べれば初挑戦で獲れただけ良しとしよう。

流石に光っているところは写真に収められなかったが、こんな感じ。

自然の恵みに感謝しつつ、その場で浜茹でにしていただくと、潮の味が濃くて美味。プリプリ感が全然違う!自分で獲ったということもあってか、感動しながら美味しくいただいた。さっきまで海で泳いでいたことを考えるとちょっと可哀想な気もするが、鮮度の良さという意味では最高である。

ところで、スーパーでホタルイカを買うと、たっぷり入って1パック300円くらいで買えてしまう。道具を揃えて、高速に乗って、2時間冷たい水に浸かって獲ったこのホタルイカは1杯いくらになるのやら...あまり考えたくはない。そう思うと、漁師さんや農家さんのプロの仕事は本当にありがたい。せっかく道具も揃えたので、コスパ度外視の行楽として、来年もチャレンジしたいと思う。

寺岡歩美

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