永日の朝|ショートストーリー

それはとても静かな冬の朝でした。

辺りはほんのりと青く白い雪で覆われ、木々も鳥もとても静かです。
隣の家までは随分と離れたこのお屋敷はとても大きくて古いもので、物好きな父が是非にと友人から譲り受けたものです。
今では父も母も他界し、兄も街に出てしまいました。
私はこの家が好きだったので、一度遠くに旅に出たきり、この屋敷で静かに暮らしています。

雪が止み、太陽が昇り始めると鳥たちが窓際までやってきては歌を奏で、太陽の光がまっさらな雪を柔らかな光で少しずつ照らしていくのがみえます。
煌めきを持った雪はとても美しく、まるで楽しく笑いあっているようです。

私は鍋でミルクをゆっくりと温め、はちみつをスプーン2杯ほんのりと甘みが付くくらいとろりと垂らします。
ほわりとした湯気の向こうから見えるキッチンの窓の外の景色は永い冬。
この国では冬がとても長く、夜も明るく太陽が出る白夜というものがあります。人々は永い冬を家の中で静かに過ごすのです。

温めたミルクをマグカップに注ぎ、同居人の猫が待つソファに向かうと、彼は一回二回とあくびをします。
読みかけの本の紙をめくり、栞からほんのりと香るのは短い春に咲く花の香りに思いを馳せる。今年の春はいつ来るだろうか。

コンコン
ドアのノックを優しく叩く音で目が覚める。
どうやら寝てしまっていたみたいだ。

「はい、今」
扉に歩み寄り、少し立て付けの悪いその扉をギイと音を立てて開けると、手紙がひらりと地面に落ちる。
雪の中を歩いてきたはずの足跡はどこにも見当たらない。

もしかして。
私は、はやる気持ちを抑え丁寧に手紙の封を開ける。

開いた隙間から新緑が伸びて来る、蔓は葉をつける、暖かな息吹き、伸びた葉は手紙から溢れ、花を咲かせてゆく。私の足元に花から生まれた種が落ち、そこから広がるように芽が生まれる。

春だ、春が来たのだ。
ふと気がつくと辺りは喜びに満ちた光に囲まれていた。
草木の香りを肺いっぱいに吸い込むと、思わず笑みがこぼれる。色とりどりの花、蝶々がふわりと飛び、どこからともなく花びらが風に舞って来る。
手紙はいつの間にかなくなっていた。

春はどこからともなくやって来て、またどこからともなく去ってゆく。
春を知らせる手紙をこの国の人は待ちわびている。

「今日は永日になりそうだね」
私は同居人の猫にそう話しかけていた。

さようなら、冬よ。また会える日まで。

永日(読み)エイジツ
1 日中がながく感じられる春の日。春の日なが。永き日。《季 春》
2 《いずれ日ながの折にゆっくり会おうの意から》別れのあいさつや手紙の結びに用いる語。


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