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短編:【3つのいえ】

「親だったら子の巣立ちを歓迎するモノだと思うんです」

暖色系のわずかな灯りが薄暗く、居心地の良いカウンターバー。冠婚葬祭帰りの黒スーツを纏う男性。首元には白か黒の色があったはずだが今は外されている。一杯目の細長いグラスビールに三口分の泡目盛りが刻まれた頃、男性は喋り始めた。

「実は今日、長男の結婚式だったんです…」
「それはおめでとうございます」
グラスタオルを慣れた手付きで回しながらバーテンダーが応える。
「ウチには、28歳、26歳、23歳の3人、息子がいましてね」
「男性ばかり?」
バーテンダーは磨かれたロックグラスに氷を入れる。
「ええ、各々個性豊かで、身長は私よりみんな高くて…」
バーテンダーは優しく微笑む。氷の入ったグラスを男性の前に置いて『私からです』とウイスキーを優しく注ぐ。

「妻がね、2年前に亡くなったんです…」
めでたい話が続くかと思った途端、急に話題が変わる。
「成人した男子は家を出ろと、妻が3人の背中を押したんです。まずは長男、次男、そして三男も、妻が亡くなる前に家を出ました」
バーテンダーは静かに話の行く末を見守る。男性は祝いに頂いたウイスキーの氷を軽く溶かすように回し、ひと口。痺れる舌に空気を触れさせる。

「長男は、付き合っていた女性の家に転がり込みました」
バーテンダーは軽く驚く。
「次男は、住み込みの出来る飲食店で働きます」
話しを聞きながら次のグラスを磨き出す。
「三男は、大借金をしてマンションのワンルームを購入します」
「…三者三様ですね」
「ええ。…知ってます?ブタってね…」
「ブタ?」
「動物のブタです。ブタって1度に10匹くらい子どもを生むんです」
本当に話の流れが見えない。

「ほら『三匹のこぶた』って、あるじゃないですか…」
「童話の」
「ええ。あの話の始まりはこうです。母ブタが3匹に家を出るように言う」
「あ!あれは最初からオオカミが出る話だと思い違いをしていました…」
「1匹は藁、1匹は木、1匹はレンガで家を作る」
「そうか…家ができてからオオカミが来るワケですね…」
ウイスキーロックに口を付けて、唇を湿らす。
「結果はご存知ですよね?」
「もちろん…藁は吹き飛ばされて、木は壊され、レンガの家で助かる。ある意味、災害が多い現代にも通じますかね…」
男性は一度頷き、ロックグラスをコースターの上に置く。

「我が家の『3人のこども』では結末が違っていました…」
グラスタオルを動かす手が止まる。
「一番堅実だった三男は、価格高騰の煽りをモロにかぶりマンションローンの返済と税金で借金まみれ、火の車。まるでレンガで出来たピザ窯に、木をくべられ、藁で火を点けられて、逃げ場なく必死に藻掻くよう…まったく何を守るための住居なのか…」
「現代社会では、そうかも知れませんね…」
「次男も、ウイルスの蔓延が影響して飲食業界を転々。ただ手に職があって良かった…まかないで食事には困らない。いまも元気に頑張っています」
「そうですか…」
ロックグラスが空になる。
「結局、他人の家に居候していた長男が、そのまま幸せに結婚。今日に至るという話です…めでたしめでたし…」

磨き終わったグラスを置く。
「おかわり、どうですか?」
「ありがとうございます。同じモノを、2つもらっても良いですか?」
「2つ…」
「実は今日、妻の命日でもありまして…。さまざまな事情がある家族でも集まって来られるようにと、長男が配慮してくれましてね。結婚式と、妻の三回忌も一緒に、ということで…」
「なるほど、それも時代ですかね…」
「妻の教えが良かったんでしょう。状況を見て人の痛みが感じられるように育ったようです…」
「家はバラバラになっても、家族は1つにまとまっている感じですね…」
「なので結婚式とは言え親族家族だけの集まりでして…だからネクタイは…」
外していた黒いネクタイをカウンターに置く。

バーテンダーはロックグラスを3つ、カウンターにのせる。
「お客さま、せっかくなので、私もご一緒にお付き合いさせて頂いても…」
「そうして頂けますと…妻も喜びます」

氷を入れて、ウイスキーを注ぐ。
「なんだか…」
男性は静かに笑っている。
「グラスが3つ並んで『三匹のこぶた』の家みたいですね…」

「3つの家はどれも同じですよ。善し悪しなんてない」
「そうですね、童話は都合良く書いていますから…」
「ご家族皆さまの人生と、…子どもの巣立ちを後押しした奥様に!」
「…献杯」

     「つづく」 作:スエナガ

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