短編:【バケモノ】
「コイツはとんでもないバケモノだ!」
「…ハイ、カット!」
来年公開予定、特撮ヒーローモノの撮影現場。
「もう一回行きましょう!」
台本を持った監督と助監督、ヘアメイクさんが近づいて来る。
「恐ろしさは、非常に良く伝わったんです。ただね…」
監督の台本にはビッシリと付箋。
「コイツはね、本当にバケモノだけど、…敵なんですよ、この後ヒーローと闘って、粉々に粉砕される…」
「あ、そうなんですか?!」
「台本読んで来た?!」
「あ、いえ、私はエキストラなので、さっきこちらの助監督さんからセリフの説明がありまして…」
助監督さんに責任転換。
「ん、だよ、ちゃんと設定伝えとけよ!」
「すいません…」
昔と違って、丸めた台本で頭を叩くなんてことはない。
「ハイ、続けて行くよ〜」
「スタンバイお願いします!」
「ん、バケモノどうした?」
「すいません、暑過ぎて中の人が…」
控え室に戻って涼ませているようだ。
「ん、だよ!すぐ行くんだから!」
「すいません!」
急いで呼びに行く助監督。
バケモノ役が手を上げて戻る。
「ん、たくッ!走らなくていいよ、暑いんだから!」
諸々定位置に着く。
「ハイ、本番!よ〜い…ハイ!」
「コイツはとんでもないバケモノだ…」
「ハイ、カット!何だよどうした?テンション!」
エキストラは困惑する。
「え、でもすぐ倒される、って…」
「それでも人類から見たら充分脅威なの!」
助監督が役者に近づき台本を見せる。
「さっきが世界最大の脅威だったら、この街の脅威程度に抑えながらも、恐ろしさは残してよ〜」
台本を見たってそんな感情は読み取れない。
「ん、とに!頼むよ〜!昭和の役者だったら行間見て察するけどなぁ〜。この一言に役者人生かけてみてよ〜」
助監督は聞こえない声でぼやく。
「…令和ではそんな非人道的なことは許されませんよ…」
この無意味な会話に現場は一層ピリつく。
「ちょっと!時間かかるなら一旦、出演者控室に戻させてあげて!」
ヘアメイクが助監督に声を上げる。
「すみません!」
バケモノが暑さでグッタリする。
「監督、すいません、一度控え室に戻しても…」
「すぐやるから、日陰で座ってもらってよ!」
特撮造形が飛んで来る。
「ダメダメ!座らせるなんてダメだよ!ダメ!シワになったら戻らないよ!」
スタイリストが傘を持って立ったバケモノに日陰を作る。
「はい、すぐ行くよ!」
「スタンバイお願いしま〜す!」
ふらふらと立ち位置につくバケモノ。
「本番!よ〜い…」
バタンッと倒れるバケモノ。
「カット!カット!」
10分の休憩が入る。
「ほら、急がないと今日の分撮り切らないよ〜!」
監督が急かす。
「すみません!」
助監督が誤りながら、バケモノを連れてくる。
「大丈夫ね!行くよ!」
「お願いします!」
「街の脅威が近づいてるよ〜」
エキストラの彼が監督を睨む。
「本番!よ〜い、ハイ!」
「コイツは、とんでもない…バケモノだ!」
「カット!OK!」
「ハイ!では、設定変わります!10分控室の方へ!」
「ん、だよ!やれば出来るじゃないの〜」
監督はニッコニコの笑顔。
助監督はエキストラの近くへ。
「良かったじゃないですか!最後の…」
「監督に対して発したんだよ、…セリフ」
「監督に対して?」
1カット。映像に残る名シーンには、映らないドラマがある。
エキストラの男性は足が震えていた。
「あの監督が一番、バケモノだよ…」
「つづく」 作:スエナガ
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