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短編:【運命の尻尾】

幸運を掴むためには、その運が好調に進んでいる流れを察知し見逃さないことが必要。大抵の人が、今まさに運気が良い方向に向かっていることを気付かないまま逃しているように感じる。良い兆しのその尻尾を最後まで諦めず掴むことができれば幸運なのだろう。

「なんだこの迷惑メールの多さ!?」
日頃仕事中はスマホなどをあまり開かない私は、溜まりに溜まった着信メールの多さに驚き、その殆どが迷惑メールであることにうんざりしていた。
某大手通販サイトを装い、買った商品でカードの再設定を行わないと届けられないと書いてあり、カード会社からは住所の設定が間違っていると来ている。中には出会い系らしき女性のキラキラした名前があったり、明らかに開封したらどうなってしまうのかと不気味なメールすらある。残念ながら、私はその通販サイトを半年以上使っていないし、カードも先日使ったばかりで設定が違うなどの表示は出なかった。
最近のフィッシュメール詐欺は実に巧妙で手が込んでいて、メールアドレスや名前まで反映した状態で表示されるからタチが悪い。
200件を超える着信で、本当に必要なメールは2〜3件だった。

「これは迷惑メールか?」

『仕事の依頼』のようだが、付き合いの無い会社の知らない名前から来ていた。いや正確には、同じ名字の人物は5名程思い当たるのだが、社名と人物像が合致する人が思い当たらない。
「ゲントウ…出版…?」
アドレスもその会社のドメインだから間違いないようだった。まずはネットで検索をしてみる。確かにちゃんとした出版社。しかしメールの返信は怖い。アドレスを拡散されたり、今後もっと多くの迷惑メールが来てしまう。
『まずは一度電話をください』
そう綴られていたので電話をしてみることにした。念には念を入れて『184』を付けて発信する。

ワンコールで電話口に元気な声が聞こえる。
『ハイ、幻灯出版編集部です!』
「あ、あの、児玉…さん、いらっしゃいますか?」
こういう電話に対して「失礼ですが、お名前は?」と聞いてこない所がリアルに忙しい業界である。電話口を押さえながら大声で『児玉さ〜ん電話!』と叫んでいる様子が漏れ聞こえる。

『児玉です!』
「榊です…仕事のメールを頂いた…」
『ああ、榊さん!児玉です!覚えていますか?』
思わず無言になってしまう。
『覚えてませんよね…あの、4年程前にご一緒した…』
…4年前…ああ、おぼろげだが、誰かのアシスタントをしていた彼。
『当時は別の会社だったのですが、いまこちらの幻灯出版におりまして…』
「はあ」
『その4年前お世話になった案件と似ている仕事がありまして、是非もう一度ご一緒出来ればと思いメールしました』
「あ、ありがとうございます…」
『最近どうですか?』
「まあボチボチです。実は今朝まで地方の山奥にいまして、一週間ぶりに戻ってメールを確認しまして、ご連絡が遅くなってしまいましてスミマセン…」
『いえいえ、ご連絡頂けて良かったです。あの頃僕もまだアシスタントだったんですけど、榊さんの仕事は勉強になりました!』
「で、その…仕事というのは…」
『あ…それがですね、先週メールを入れて返信が無かったので、別の方にお願いしてしまいまして…』
「あ、そうですか…」
『ですが、メールアドレスが変わっていないことがわかりましたし、ケータイ番号は…』
たぶん固定電話の窓に出ている着信番号をチェックしているのだろう。
「あ、スミマセン、知らない電話番号でしたので非通知でかけてしまいましたが、変わりないです」
『そうですか…私も自身のケータイ番号書いて、連絡取れないと良くないかなと思って、会社電話の番号書いてしまいました』
今は個人情報の扱いに細心の注意が必要である。
『榊さん、たぶん近い内にまたお声がけをするかと思うのですが、大丈夫ですか?』
「あ、もちろんです。せっかく声がけ頂いたのにおチカラになれずに申し訳ありません…他の案件でもありましたら気軽に声がけください…」
『いや、榊さんにそう言ってもらえると心強い!』
「電話登録しておきますから是非…」
簡単な挨拶をして電話を切る。
「こういうことがあるんだよな…」
タイミングが合わない。これも運命だ。
何となく手の中の尻尾がふいっと逃げる印象。
発信履歴から幻灯出版・児玉と登録する。

と、電話を切って5分。ケータイに着信がある。
『幻灯出版・児玉』と出ている。
「あ、ハイ榊です」
『スミマセン、幻灯出版の東と申します』
「あ、どうも…」
『児玉から良いスタッフがいると話を伺っておりまして、我々が担当している案件でも、ぜひ榊さんにご協力頂けないかと思っていたのですが、ついさきほど連絡が付いたという話を聞きまして…』

同じ業界でもそれぞれ得意はあるもので。
『一度お話できないかと思いまして早速お電話致しました』
「ありがとうございます」
話によれば、レギュラー案件でこれまで担当されていた方が隠居されるということで新しいスタッフを探していたという。長い付き合いになる可能性もある。その後、近々で訪問するアポイントを取り、電話を切った。
「これも運命の巡り合わせ…」
運命の尻尾は、長い胴体とは裏腹に、一瞬で決まる。
掴めるか掴めないか。ただそれだけのことである。

     「つづく」 作:スエナガ

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