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短編:【いまさら聞けない】

「ね、電話番号…聞いてもいいかな?」
心の中で何度も何度も、何度も練習をしている。

恋の相談は誰にもできない。周りは全員敵だと思わなくてはいけない。気軽に相談をしたならば皆に笑われ、面白おかしく噂を流され、あっという間に潰されてしまう。

いまどきは案外盲点で、ちゃんと名前を知らないことがある。
彼女は『リっちゃん』。
たぶん『リツコさん』。もしかしたら『りょうちゃん』。はたまた『りかちゃん・りえちゃん』かも…。『り』から始まる『リっちゃん』に、いまさら『本名なんて言うの?』なんて聞けない。
同じく、電話番号もいまさら聞けない。

「え?何で電話?」
眉間にシワを寄せて人間の底辺を見るような視線を浴びたら立ち上がれないだろう。SNSはやっているか判らない。ショートメールのグループにも入っていない。そこには高い高い壁があって、友人の『カコちゃん』を通さないと連絡が出来ないという試練がそびえている。
ちなみに『カコちゃん』も、きっと『カコちゃん』『カヨコさん』『カオルコさん』あたりだろうか。それも迂闊に仲間に確認しようものなら『なんだよお前、カコが好きなのか!?ウィ〜イ』と意味不明なグータッチを要求されそうな気がする。

「個人情報だから、勝手に教えられないんだよね」
「ほら、フルネームが判ったら、ある程度の情報は手に入るじゃない?…」
「ケータイ番号だけで、いまはショートメールも送れるしさ!あれさ、迷惑メールが増えて嫌なのよね…」

便利な時代というのは、実に不便な環境である。近年は学校ですら緊急連絡簿も無いから、本名や電話連絡先もわからない。昔の卒業アルバムに書いてあった住所や電話番号は高値で売買され、世の中の人々は子供やペットの『◎◎ちゃんママ』が、どこの誰なのか知らなくても友達だと言う。案外、繋がりたくない人たちが多いのだろう。

でも。彼女の本名と電話番号が知りたい。
本当はどんな性格なのだろうか。家族とか、友達とは、どんな話をしているのかな。好きな食べ物はなんだろう。趣味は?犬派?猫派?…何度も何度も反芻する。

頭の中の思考を言葉にすると、それは時にストーカーと呼ばれる存在に近い感じがする。恋する想いは、犯罪者の思考。オカシイ。変だ。こんなんじゃ、恋にも愛にも発展しないじゃないか!出会いなんて生まれないじゃないか!

いや、違う。
勝負は最初の30分で決まる。
「はじめまして〜」から30分だ。
「名前は?どういう漢字を書くの?どの辺で遊んでいるの?あ!電車は何線なんだね!?あそこに何とかって店があるよね!え、あの料理好きなの!へぇ〜連絡先教えてよ。え、SNSやってるの?フォローしてイイ!?」
そう出会いのタイミングですべての情報を得られなければ、後からはありえない。それが現代である。

長年の片想いなんて、もう墓場まで持っていくレベルの秘密事項である。発展などはありえない。奇跡でも起きなければ。

…時としていとも簡単に奇跡は起きる。

SNSの友達申請が来た。
『同じセミナーのリツコです。友達に教えてもらいました!』

いやいや。これは何かの間違い!『なりすまし』?『イタズラ』または『罰ゲーム』で賭けをして、ホイホイにかかったらみんなの笑い者となって…いや違う、宗教の勧誘、デート商法…頭に出るのはありとあらゆる負の思考。

悶々としたまま次の登校日。
直接声をかけた。

心臓が飛び出るくらい緊張した。
けど、一世一代の大芝居だ。

彼女はひとりでスマホをいじっていた。
向かい合わせに立って話しかける。
「オッツ…あ…あの…友達申請が来たんだけど…」
「うん。送った…」
「あ、ゴメン!本人に確認してから返事しようかと思って」
「うん、大丈夫」
動揺を隠すようにゆっくりと座る。
「ね、電話番号…聞いてもいいかな?」
やっと顔を見た。ストーカーを見る視線を覚悟していたのだが、素直に質問の口調だった。
「何で電話?」
「その…ほら、番号の下4ケタを足した数字が…その…」
「しょうがないな〜イタ電しないでよ〜!」
笑ってくれた。
「あ!あと…本名教えて…」
「は〜!?リツコよ!知らなかった?」
「そうじゃないよ!知ってるに決まってるじゃん!名字の漢字が…ほら難しい方もあるじゃない!?登録するのに…どっちか判らなくてさ…」

案ずるより産むが易し。
僕の個人情報は教えていいのか?なんて野暮なことは言わない。教えた友達ありがとう!
人にはドキドキが必要で、その先には笑顔が待っている。

     「つづく」 作:スエナガ

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