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短編:【ネコクサ】

彼女は喜んでその草を頬張り食す。
そしてものの3分で口から吐き出す。

その猫はすっかり老猫なのだが、食欲は落ちていない。若干カリカリは消化しきれないようで、その草と一緒に口からリバースすることが多くなった。だからいま私は少し贅沢なのだが、ナマのモノを主食に増やしてあげて、カリカリは少しだけ水に浸して器に入れている。

猫にとって、この猫草は食事ではないようで、飼い主の私から見たら仕事後に飲む缶ビールのような嗜好品の一種のように感じている。だとしても、私ならせっかく呑んだビールを吐き出してしまうなんて勿体無いことは決してしたくはないと思うものだが。

かつて一緒に住んでいた女性にも、似たようなリバースの習慣があった。精神的な症状を持っていて、過食症の一種だったようだ。リストカットなどの自傷行為も何度もあって専門の病院に入退院を繰り返していた。

専門書を読むと、猫が草を食べるのは胃の中を洗浄したり、自分で舐め整える際に体内へ入った余分な毛を吐き出すための行為らしい。とはいえ、猫草を買って帰って来ると、その香りでわかるのであろう、大興奮で飛びついてくる。決まった場所に設置すると一目散でフガフガと食べはじめる。そして3分後にはフゴフゴ言いながら吐き出している。

草自体は植物だから、しばらくベランダで陽に当てていると、1〜2回は再び伸びる。それでも数日間ほど時間がかかる。天気の良い日に伸びた草を決まった場所に設置してあげると、また一目散でフガフガ食べ、フゴフゴと吐き出す。夜な夜なビールを呑みながらこの繰り返しを眺める私には、本当に正しいのだろうかという疑念が頭をよぎる。

猫草と同じ様に、彼女の好きなことがある。シャンプーブラシを使っての全身毛づくろい。暖かくなる春先頃には抜け毛が多くなって、若い白い毛も良く取れる。しっかりとブラッシングをしてあげないと、また猫草を食べて吐き戻すようになるような気がして、丁寧に丁寧にやってあげる。

暑くなる夏には、生食の餌はすぐに傷んでしまうので、ご飯を要求された時に冷蔵庫から少しだけお皿に出してあげる。その生食も2分で完食して舌なめずりをしながら、ご飯終わり?という顔でこちらを見てゴロゴロと鳴く。しばらく放っておくと、隣に出しているカリカリを食べだす。

昔は2〜3日の出張だったら、カリカリを4日分程皿に出しておいて、家を留守にしても帰宅時には適量残っていたので、食べ過ぎの心配は無かったが、老猫となったいま、カリカリだけでは非常に心配で、猫草とセットで考えると、部屋の至る所にリバースされていそうで、とても留守を任せる気分にはならなくなってしまった。

猫と暮らす男性は、彼女が出来ない、と友達が忠告していた。

猫も女性も、自分ではないので手がかかる。目を離せばどこかでリバースしているかも知れないし、リストカットで救急車やパトカーのお世話になることだってある。笑っていると思ったら、目くじらを立てて怒っていることもあった。それでも一緒に生きる命とは、しっかり向き合い暮らして行きたい。

長年飼っていると、どこかで猫とコミュニケーションが出来ている気になるのだが、本当のところは動物の言葉も気持ちも理解できていない。同様に、言葉が喋れる女性と一緒に住んでいても、もしかしたらお互いの心情は分かち合えていなかったのかも知れない。

ベランダで再生している猫草が、風に揺れている。もう少し育ったら、また食べさせてあげよう。でもすぐに吐き出してしまうかも知れない。それでも嬉しそうに鳴いている姿はかけがえのない時間である。

無駄なことをしているのかも知れないが、人生に無駄な時間は無いと信じている。これまでも無駄だったなと思うことは特に無い。そう思わないと、自分自身が無駄な存在だと思えてしまうから。

     「つづく」 作:スエナガ

蛇足【夏の猫あるある】
急に始まる熱帯夜。エアコンを早めに付けて、部屋と布団を冷却。さて寝ようと冷え冷えを楽しもうと仰向けになった途端、腹の上に乗って来る猫様。涼しいのに重暑い…これも夏の風物詩。

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