見出し画像

短編:【何ひとつあきらめない】

「1つだけ願いが叶うとしたら、何をお願いする?」
「なになに?どうした?」
喫茶店。向き合う男女。突然彼女が出したお題。
「いやほら、よくあるじゃない。神様が現れて1つだけ願いを叶える的な…」
「まあ漫画とか小説とか映画とかね…1つだけ…それは死の間際で短い時間なのかな?」
「時間って関係ある?」
「そりゃあ重要でしょう?死を悟っていたら、永遠の命を願うかも知れないし…もうすぐ死んでしまうのなら、巨額の富を手に入れても使い切れないかも知れないし…」
「そうね…そしたら、いま、この喫茶店を出た所で呼び止められるワケ…」
「なんか職質みたいだね…」
「魔法を使えるようになって、何度も何度も願いが叶えられるとか、そういうズルっぽいのはダメね。過去に戻って人生を変えるとかも後ろ向きだから、無しかな…」
「滅茶苦茶制約があるんだね…」
「1つ。もし1つだけ願いが叶うなら」
「そうだな…」
店員さんがグラスに水を入れてくれる。もう3度目なのに、嫌な顔ひとつせず、実に居心地の良い店である。程よく静かに音楽が流れていて、客の入りもそこそこ。チェーン店ではないのだがモーニングが評判の店で、昼過ぎ、夕方にかけては比較的ゆっくりいても急かされることはない。
丁度2週間前、この喫茶店で僕は彼女に告白をしていた。ちょっと考えさせて欲しい、それが彼女の答えだった。何事も無かったように、彼女はいつも通りの態度で話を続けている。告白の答えを期待しているワケではないのだが、何も変わらないふたりというのが、少し意外な感じでもあり、そのままでも良いような感じでもあった。

「いまの時間。ずっと、この居心地の良い毎日を送りたい…かな」
「なんかそれって、何度も何度もに近くない?ずっと、とか、変わらない、とか…」
「そうかな…」
「そうだよ。せっかく1つ叶えることで、何かが変わるワケじゃない?変化よ、変化!」
「う〜ん…」
窓の外を見ると、春の柔らかな日差しの中、日常がゆっくりと動くように感じる。
「願い…」
自転車が横切る。たまたま反射した光が彼女の顔にあたり、またそれがスローモーションみたいに僕の脳裏に焼き付いた。
「…たいかな」
「え?」
「いや、僕はいいから、他の人の願いを叶えて欲しいって願うかな」
「…何その善人みたいな答え…」
「僕は善人ですから」
「まあ、そうだよね。馬鹿が付くくらいの善人…」
「さ、では今日は何を食べましょうか!」

いつもどおりの話をして喫茶店を出る。
「聞かないよね…」
「え?」
「告白の答えもそうだし…」
彼女が後ろから声をかけた。
「さっきみたいな話の時に、私は何を願うとか、そういう会話のラリーみたいなこと、できないよね…」
「あ、ごめん」
「責めているわけじゃなくてね。そういう不器用というか…優しいところ…」
「どんな願いがあるの?」
そこには女神が立っていた。
「私の願いはね…ずっと一緒にいたいかな…」
「さっき、ずっととかは無しって言ったじゃん!?」
「変化なの!ずっと、君と一緒にいたい。だから!」
僕の腕の袖を引っ張りながら、彼女が下を向いている。
「あ、1つ願いが叶うのなら、僕もずっと一緒にいたい!」
「よかろう!その願いを叶えてしんぜよう!」
「何だよそれ!?」
笑った彼女は、本当に女神のようだった。

「一緒に、幸せになろうね!」
僕の言葉に、女神は意地悪を言う。
「いいの?1つだけの願いがそんな普遍的なモノで?」
「あまりにも多くの願いの中で、たくさん叶えるには、ふたり一緒にいられることが最大の奇跡のような気がするんだよね。だから…」
「私、もう1つ願いがある」
「1つじゃないの?」
「今夜は美味しいご飯食べながら、ちょっとお酒が飲みたい!」
「神様にお願いすることじゃないね…」
「願いを叶えてくれるのは、神様だけじゃないでしょ?」
「まあそうだね…」
「だから君にお願いしている」
「よかろう!その願いを叶えてしんぜよう!」
大きな声で笑い合うふたり。

何ひとつあきらめない。願うことだけは誰でもできる特権なのだから。

     「つづく」 作:スエナガ

#ショートショート #物語 #短編小説 #言葉 #写真 #フィクション #神様に願い #ずっと変わらない

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?