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短編:【コインロッカーに愛を】

「ちょっと、そこに荷物預けて来る」
久しぶりに何の宿題も無い休日だったので、朝からグルグル回って買い物を楽しんでいる。そう言って友人の真由美は、いくつもの大きな手提げ袋を持っていた。
「真由美、随分と羽振りがいいんじゃない?」
「そりゃあそうよ!朝の8時に出社して、夕方5時まで働いて、そんな定時定時で終わるはずもなく、残業残業の毎日。それに土日だって宿題がたんまりあってさ…」
だから新しい彼氏もできない…それが真由美の言い分だった。

真由美は、広告代理店の営業職をしている。
「学生時代から希望してたじゃない、広告の仕事…」
「広告代理店ったって営業職はさ…直接広告作っている訳じゃないし、入って2年じゃ何も口を出せる権限は無いのよ、もうホント…町娘以下!門前の小僧みたいなもんよ…」
「モンゼンノコゾウ…」
流石に広告希望だったことがある…言葉遣いも独特な表現が多い。

空いているロッカーに荷物を入れようとした真由美が、開いた扉の中を覗き込んで、なにやらこちらに手招きをしている。
「ちょっと葉子、来て!見て!?」
私が中を覗くと、カギのかかっていない空きロッカーに、こぶりな紙袋が入っていた。

「何か入っているのかな」
真由美が中に手を突っ込んだ。
「え〜やめなよ、他の所も空いてるんだからさ…」
軽く折ってあった天面を摘むように持ち上げ、こちらを見て報告。
「…あ、ちょっと重たい」
「やばくない!?指紋着いちゃったよ!?」
「それより…程よい重みだ…」
「やだ〜、何か入ってるんじゃない!?」
「この大きさだとさ…」
真由美は私の顔を見てニタッと微笑み、軽く舌なめずりをする。
「お金なんじゃないの?」
確かにそんな大きさの紙袋である。
書類のように薄い物ではなく、2〜3人前のファストフードをテイクアウトした時に、バーガーとポテトを入れて持って帰る程度の紙袋。ドリンクは別に入れているという感じだろうか…茶色い無地なのが余計に想像を掻き立てる。

たぶん関係無いかも知れないが、気になって扉のロッカーナンバーを確かめてしまう。『606』と書かれた番号。微妙に悪魔の数字にも似ている気がするが、偶然だろう。クリエイティブ思考の強い二人である。妄想が暴走する。

「何か裏の目的で入っていたんじゃない?ほら殺しの依頼とか…」
「え〜、どこかから監視されてるんじゃない!?」
背後遠方などをキョロキョロ確かめる。
「犯罪的な匂い!?え!?」
「えッ!?」
「これ中身、手首とかなんじゃないの!?」
「見ちゃったら監禁されちゃうとか!?」
二人だけに聞こえる小さい声でキャアキャアと妄想をぶつけ合う。
「やだ〜!?」
「やだ〜!!?」
「…もう交番に届けたら?」
「待って、まずは中を開けて見ないと!」

勇気と勢いだけはある真由美がまたまた舌なめずりをしつつ、恐る恐る紙袋の口を開いて中を覗き見る。袋の中には、まさに外付けハードディスクが入る程度の小ぶりの箱がひとつ収まっている。
「何?このサイズ感…本当に札束とか入ってるんじゃない?」
「時限爆弾かもよ…」
「ちょっと!やだ〜」
落とすわけにもいかないので、真由美は一度その袋を静かにロッカーへ戻す。扉を少しだけ開けて、静かに耳を傾けてコチコチというアナログ音がしないか確かめる。
「無音だね」
「時限装置では無いようね」
私は内心「ケータイを使った遠隔操作かもよ」と突っ込もうとしたが、話が複雑になるのでグッと飲み込んだ。恐れを知らない真由美は、その隙間に鼻を近づけてクンクンと臭いを確かめている。
「特に匂いがあるとか、シミがあるとか、そういうのもないけどさ…重さとか形状とか、固形の物なのは確かね!」
「じゃあ、やっぱり札束?」
「この大きさで、このくらいの重さって、
1000万くらい束で入ってるとか?」
「100万円が10束!?…ないない!?」
口とは裏腹に、根拠のない期待感が膨らんでいる。
肘で急かされ、真由美の代わりに私が袋を取り出す。

「箱を開けないと…中解らないね…」
時限爆弾よりも確実に、心臓の高鳴りが最高潮の音を立てている。
「開けるよ!」
静かにうなずく真由美。
「えい!」

…ん?あれ?…中には、文庫本が10冊程度、
箱の中で二段に並んでいる。
「あ、何か手紙が入っている」


『この本たちは、私が読んだ中でとても気に入った、よりすぐりの10冊です。愛のある方に見つけて読んで頂けると、きっと喜ぶと思います』


「ダメでしょ!」
「ゴミとは言わないけれど、こういうのロッカーに預けちゃダメだ…」
「いや、ロッカーは預ける所だけど、お金も入れずに預けちゃダメだ…」
「お金も入れずって、お金じゃないモノを預けるのも、お金を入れないで、本を預けるの、どちらもダメだ…」
思わず二人、顔を見合わせて、笑ってしまう。

「え〜っと…、この場合は交番、かな?」
「まずは駅員さんかな?」
「このまま放置しちゃう?」
「それもダメでしょう!?愛のある方に…って書かれているし」
「もお!なんでこのロッカー選んじゃったかな…せっかく宿題も無い気持ち良い一日を腐れ縁の友人と美味しいランチ食べてリフレッシュしたかったのに〜」
「しょうがない…食前に1つ良いことをして、美味しいご飯の味付けにしましょう!」
「あ〜、これ届けるのは、良いことなんだろうか〜?」

私と真由美は、笑いながら駅員さんの所に、その紙袋を届けて説明をした。事件性は薄そうだが、住所も名前も手がかりも無いモノだったので、忘れ物として預かることとなるようだ。意外にも興奮状態だったのだろう、真由美はロッカーに荷物を預けるという当初の目的もうっかり忘れていて、両手が塞がったままだということに気が付き、もう一度先程の場所に戻ってから食事に向かった。

その後のランチでは、あの本を預けた人がどんな人物だったのか、男か女か、若いのか年配かと、ちょっとした推理大会で盛り上がった。中に入っていた手紙が手書きではなく、ワープロやPCを使って印字されたものだったこともあり、次々と容疑者のイメージが飛び出した。プロの作家さんがアイディアのために試していたのではないか、とか、外国人留学生が日本語を学ぶために本を読んで勉強したのだがこの国の人に幸せをお裾分けしたのではないか、とか…そして最後に行き着いた答えが、
「実は流行りのネット動画の人が、こっそり撮影をしていて、一部始終を観察していた」
しかし、そのネタバラシに出てこなかった所を見ると、それも違う、という結論だった。

     「つづく」 作:スエナガ

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