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短編:【夏の終わりの物語】

午後の車窓から入る強い日差しと、対象的に寒いぐらいに効いているエアコンで、頭の中にマーブル模様の渦巻く様子がイメージ出来る。

たとえ乗客が1車両1人だったとしても、その電車は走り続け、誰も乗らないドアは開閉し、せっかく冷えた車両を一度常温に変えてしまう。

カバンに着けたマタニティマークが揺れる。これだけ車内がガラガラなのに、優先席に座ってしまう習慣が情けない。

少し離れた場所から、その視線を感じた。

隣の車両、そのもう少し先のような気もする。しかしこの車両と同様に、隣の車両にも人の姿は見えなかった。

二駅程行った所で、その視線の主は子供のように感じた。もちろん姿は無い。寒暖差でクラッとした視界の端で、少年が立っている錯覚を目撃する。

「さっきから見ていたのは、あなた?」
目を閉じて、声に出さずに心の中で問いかける。その少年は小さくコクリとうなずいた気がした。
「どこから来たの?」
少年は言葉を発しない。目を開くと、私の目の前、座席に座る私と同じ目の高さに力強い少年の視線があった。まったくの無表情。昭和初期の漫画に出てきそうな真っ黒い大きな帽子と学生服を来ているのがわかる。
「どこに行くのかな?」
少年は私の頭の上に視線を動かし、そのまま車両の天井へと首を持ち上げる。
「上?」
その視線に釣られるように私も視線を上に向ける。私の上には網棚があり、そこに小さな黒い手持ちカバンが置いてあった。
「あ!」
そのカバンを見つけて、もう一度前を見ると、少年の姿も、力強い視線も消えていた。

そこから二つ行った駅で、扉が開いたままアナウンスが流れる。
『お客様のお忘れ物捜索のために、少々止まります!』
一気に暑い熱風が車内に入り、私のいる車両後方のドアから駅員さんが走って入ってくる。上の方を見ながら素早く確認をしている。私の真上にある黒い手持ちカバンを見つける。
「こちらお客様のお荷物でしょうか?」
「あ、いえ、誰かの忘れ物のようです!」
「そうですか。ご協力感謝致します!」
「あの…あ、いえ…このカバン…」
「はい?」
「いや…何でもないです…」

渋い色味と形状、優先席の網棚にあったことを考えても、きっと高齢の男性が持っていたに違いない。この暑さでついうっかり忘れてしまったのだろうか。何か手土産を買って一緒に上に置いてしまってそれだけを持って出たのかも知れない。

駅員は急いでホームに出ると、後部運転手に手を挙げる。
『お待たせ致しました、発車致します』
アナウンスが流れ、プシュッとドアが閉まる。
すっかり冷房の恩恵は消えさり再び蒸し風呂状態。それがまた一気に寒い異国のような冷気が包み込む。
「さむっ!」
対峙する座席を見ると先程の少年が、今度は柔らかい表情をこちらに向けている。
「あ、あなたのお友達の荷物だったの?」
さらに広角を上げたような気がする。
「そのお友達とあなたの思い出の品が入っていたとか?わかった写真だ…」
そう告げると音もなく、その場所には最初から誰もいなかったようにスッと消えて、夏の暑い車窓を流れる景色だけが遠くまで見渡せた。
「幻覚?だよね」

その後、駅に止まる毎に2〜3組の乗客が乗っては降りていった。私はさらに五駅進んだ所で降りた。今日は産婦人科の定期検診で、いよいよ性別を聞く心積もりでやって来ていた。ドアが閉まる音を背中聞いて、なぜだか振り向いた。車内のドア前に、さっきに少年が敬礼をして立っていた。同じ少年のようだが、どことなく大人びていて、さらに寂しそうな表情をしている。

そんな幻を見たことで、何十年も前のこの国で、若い少年が列車に乗って戦場に行き、沢山亡くなったことを思い出した。そして今もなお生きる同世代だった人々が、思いの詰まった形見を肌見放さず忘れまいと大事に保管していたり、ああいったカバンに忍ばせて一緒に出かけているというビジョンが見えた気がした。

夏の終わり。暑いの寒いの文句ばかり言ってはいられない。いまのこの国を信じて、守ってくれた多くの先人への感謝を忘れないために…
「とはいえ…電車降りたらクラクラするね…」
ついお腹の中のもうすぐ生まれくる命に語りかける。
脳裏に直接、先程の少年の笑顔が浮かんだ。
会ったことも見たこともない人の姿。
「ひょっとしたら…」
さっきの彼の生まれ変わり?男の子なのかな…

     「つづく」 作:スエナガ

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