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短編:【妄想とか 願望だとか】

「ここのお宅…お金持っているのかしら?」
母と二人、久々に買い物で遠出をしフラフラ歩く住宅街で、母が突然下世話なことを言う。
「びっくりした!何言ってるの?お母さん!」
「ほらあれよ!」
とあるお宅の軒下に青々と茂る鉢植え。
「何この植物…」
「知らないの?金のなる木よ!」
「これが金のなる木なんだ…え〜でもすんごい数だね」
「シッカリ育てて、ご近所さんに株分けとかしてるのよ!きっと」
「わかんないじゃない。でも立派に育っているね」
「こうやって歩道のひと目に付く所に飾っているんだから」
「…だからお金持ちだと?無いでしょう!金のなる木が多いから金持ちって…でもこれ何で、金のなる木って言うんだろう?」
「この肉厚な葉っぱ1枚1枚が小判とか硬化に似ているからじゃない?お母さんも良くは知らないわ」

母は近づいて眺めている。
「これ全部がさ、お金だったら凄いだろうね〜」
「ああ…昔の人もそんな妄想したのかもね〜」
「…ん…」
「お母さん、行こう!買い物…」
「ウチにも欲しいわね」
「金のなる木!?」
「金のなる木」
「いやいや、いらないでしょ!打ち出の小槌じゃないんだから!金のなる木があったからと言って、お金持ちになれる保証は無いのよ!」
「…ん…」
母は何やら思案をしている。上辺使いで私の顔を見て、何なら少しニヤついている。
「なになに!?」
「ちょっとアンタさ、こちらのお宅の方に聞いて来なさいよ!」
「なにを!?」
「こんだけ金のなる木があって、お金…」
「お金持ちですか?って聞くの!?やめてよ!そんな変な人いないでしょう!?」
「面白いじゃない…」
「ないないないない!」
行くよ!と母の手を引っ張って、目的のお店に向かって歩き出す。

「でもさ、丹精込めて植物を勤しんで育てて、立派なお宅だったわね」
何か未練でもあるのだろうか。先ほどの光景を何度も反芻しているようだ。
「お母さん、植物なんて興味あったんだっけ?」
「お母さんの実家は田舎だったから、小さな庭があったのね」
「行ったことあったよね。あそこの庭に植物があるイメージは無かったけど…」
「お母さんが子供の頃は、結構花も咲いていて、ちょっとした実がなる大きな木もあったのね」
「そうなんだ」
「でもお母さん不器用だからね、庭の植物も枯らしちゃうのよ。お母さんの兄弟も男ばっかりだったし、いま住んでる兄さん家族も、そんなに植物に興味が無かったしね…」
「あんなに立派な金のなる木をみたら羨ましかったんだ?」
「羨ましい…のかな…金のなる木を育てるのって、神社でちょっと多めのお賽銭を入れるのに近い感覚なのよね。良くおウチに神棚飾る所もあるじゃない?あるいは熊手とか。ゲン担ぎ、見えない何かを信じているというか…」
「そうなのかな。確かに金のなる木を育てて、真剣にお金が貯まると信じているワケではないだろうけど」
「でもね、ああやって植物を大事に育てるご家庭は、家族も仲良いんじゃないかな…なんて勝手なイメージが膨らんじゃってね…」
「ウチだって仲イイじゃない!こうやって可愛い娘が、一緒に買い物行くんだから…」
「それはそうよ。なんかね、さっきのお宅みたいに、他人様から見て“幸せですよ〜”ってアピールできる記号というか、目印というか、金のなる木いっぱい!みたいなわかりやすいモノって、どこか憧れるというか…」
「ああ〜秋に柿の木が実でいっぱいなっているみたいな?」
「そう。みかんが沢山実っている感じ」
「なんで柿じゃダメなの?」
「なんか猿が登って、渋柿投げてきそうだから」
「猿カニ合戦!?」
「ねぇ、知ってる!?いま猿カニ合戦で、カニは殺されないのよ!それに敵討ちも残酷じゃないんだって!昼のね情報番組でやってたのよ!」
「はいはい、たぶんお母さんの頃と私世代ではストーリー変わってるかもね」
「あら失礼ね!お母さんだってわりと若いのよ!」
「精神年齢がね!」

「…あ!見て!」
母がまた見つけた。指差すのはカフェのメニュー。
「これ美味しそう!」
「可愛い!美味しそう!…ってさっきまでのノスタルジックはどこに行ったの?」
「まあ幸せは人にはわかりにくいものだから」
「なにそれ?」
「さっきのお宅も金のなる木がたくさんあるからって、お金持ちじゃないかも知れないし!」
「そもそも、金のなる木が多い家が金持ちという説は、もはや願望だから!」
「お母さんこれ食べた〜い」
「どっちが子供なのよ!お母さん〜食べさせて〜!」
2人でケラケラ笑いながら店内へ。そしてカウンターのメニューを見ては、もう一度悩んでいる可愛らしい母なのでした。

     「つづく」 作:スエナガ

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