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短編:【待てと言われた男】

神は乗り越えられない試練を与えない。
…と言われるが、待つ、というのもまた、そんな試練のひとつ。

「お返事…もう少しだけ待って頂けますか?」
喫茶店。向かい合う男女。女は下を向いて言葉を紡ぐ。
「あ、もちろんですよ!全然まだまだ…」
慌ててアイスコーヒーのストローを口にしようとして、クルンと回ってハハハと笑っている男。
「まだ…待っていますので…良い返事、待ってますので…」
「すみません…」
男は待つことに慣れていた。目の前の彼女は毎回待ち合わせから30分程遅れて来る。最初の頃はケータイのショートメールに確認の言葉を送っていたが、今では一時間位なら普通に待っていられる。

試練は常にギリギリで、そのギリギリを我慢、辛抱出来るかはまた別問題。ジッと留まっていれば通り過ぎたかも知れない。努力してもうひとつ山越えれば乗り越えられるかも知れない。進行している時点では、それが今まだ序盤なのか大詰めなのかも分からない。すべてが終わって気づくこともあれば、実はそれがまだ終わってなく復活することもあるという常にチキンレースの装いである。

「あ、スミマセン、荷物の再配達、11時にお願いしたのですが…」
『あ〜スミマセン!本日荷物が多くて…11時から13時までの予定ですが、14時位になりそうなんですけど…』
荷物の配送も、消防設備やガス・水道などの生活インフラの訪問点検も、大抵が時間通りにはやって来てくれない。
「あ〜そうですか…13時には外出しようと思っているんですが…」
『申し訳ありません!なるべく早くお届けしますんで…』
「お待ちしますので、宜しくお願いします」
実際にかなり遅くなることも、全然早く来ることも。
「スミマセン、お待たせしまして…」
12時半に2つ荷物を持った配達員がやって来た。
「ありがとうございます」
ケータイが鳴る。配達員は肩にケータイを挟んで、荷物のサインする箇所を指差す。
「お電話ありがとうございます…はい、はい、え〜15時までには…はい、はい」
荷物を受け取りサインをして伝票を配達員に渡す。電話をしながら気持ち会釈をしながら再びエレベーター方向に向かう。
「大変そうだな…」
箱に付いている伝票を見ると同じマンションの上の階宛の荷物だった。
「あの!スミマセン、そっちがウチのです!」
エレベーターが締まる間際で配達員を呼び止められた。電話をしながら、手で謝りながら荷物を取り替える。
「間に合って良かった…」
配達員は相変わらず電話をしながら目をギュッとつぶり笑顔で謝っているように見えた。

そう言えば、「待つ」ということと「スミマセン」はセットのような気がする。「待つ」ことは謝るような残念なことなのだろうか。

「スミマセン、こちらのお部屋でお待ちください」
「ありがとうございます」
営業でやって来たお得意先で、ご担当が来るのを待っている。
「いや本当にスミマセン!わざわざお越し頂いたのにお待たせしまして…」
「いえ本日はお時間を頂戴し、ありがとうございます!」
カバンからカタログと資料を出す。
「先日お話に出ていました、こちらの製品なんですが…」
「はいはい」
「スミマセン、ここの所の社会情勢で入荷が遅れていまして、少々お待ち頂くこととなりそうなんですね…」
「待ちですか…」
「ええ。そこでご提案がございまして…詳しい現状が見えないので、逆に、こちらの同等の製品でご検討もあるかと思い…」
「なるほど」
「予算感も大きく変わりませんし、こちらでしたら在庫も確認できておりまして…」
「わかりました!上とも相談して、明日朝一までにお返事致します…」
「ありがとうございます。良い返事、お待ちしております!」
「いつも良い提案、感謝していますよ…」

私は知っている。待つことで幸せになれること。
私は、神に「待て」と言われたことがある。
三途の川を渡り、神に会った。お前はまだここに来る時ではない。合図を与えるまで待っていろ!そう言われた。そして目を覚ましいま生きている。

「長いこと待って頂いてスミマセン。プロポーズの答えですが…」
喫茶店。向かい合う男女。
「…宜しく、お願い致します!」
「あ!ありがとうございます!」
「ひとつだけ…私より1日でも良いので、長く生きてください…」
「大丈夫です!私がもし死にそうだと思ったら、待て!と言ってください。もういいよと言われるまでは、きっと生き続ける自信がありますから!」
「ありがとう」
「ありがとう」

     「つづく」 作:スエナガ

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