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短編:【実家からの電話】

『お父さんが肺炎をこじらせてね…』

姉からケータイに電話が来た。一度目は電話を取れなかった。コールバックでもタイミングが合わず、その折返しでつながった。

6年前。母が亡くなった時は、ちょうど土曜日だった。前日から体調変化の連絡をもらっていたので、すぐに動けるように準備をしていたが、早朝4時に電話が鳴って、当時はまだ自家用車を持っていたので、電車ではなく車を飛ばして実家近くにある病院へと辿り着いた。そこに入院していた母は、もう意識は無く、ただ必死に呼吸をしている姿だった。その姿を見ながら、本当に沢山の迷惑をかけたな、と反省ばかりが脳裏を巡った。病院に到着して1時間もした頃、様態が急変して、母は息を引き取った。

会社の出社がない土曜日で、兄弟が揃う時間まで頑張って待っていてくれたお陰で、最後は静かに見送りができた。

そして父である。長期で介護施設に入っていた。昨年末から肺炎を発症したとのことで、医療系病院に移送して入院をしての年越しだった。先週末に突如、状況が芳しくないということで、会いに来るようにと連絡があって病院に行った。

意識が無い状態という連絡を頂いたのだが、病院のベッドにいる父は、高濃度酸素と点滴、薬のお陰で何とか必死に呼吸を続けている。額にシワを寄せて顔を歪めている。
『お父さん、わかる?お父さん』
声をかけるが口を開いてハアハアと空気の入れ替えを繰り返すばかりだ。
これまでの介護施設ではいまだアクリル越しで、直接の面談はできなかった。病院に入院することで直接顔を見ることができても意識が無ければ仕方ない。面談は2名ずつ。姉と兄と私、3人で行ったので交代しながら病室に入った。
『お父さん、ツライね。痛いね。苦しいね…』
声をかける。
父が介護施設に入って、記憶が曖昧になって、コロナ禍という意味もわからなくなって、耳も遠くなり、ゆっくり話をすることもできない。会いに行っても寂しそうだった。
『お父さん、やっとアクリル板が無いのにね…』
苦しそうな表情で呼吸を繰り返す。
ジッと顔を見ながら声をかける。涙が溢れてくる。
『お父さん、わかる?』
何度目かの声がけで、ふと呼吸が止まる。

父が目を開ける。
意識が戻ったというよりも、近くでうるさいから目を開いたという感じである。感情の起伏はない。パッと目を明けたら、私がいた。ただそれだけの感情。
『お父さん…起きた?』
もちろん返事はない。

そばにいた兄に言う。
『お父さん、目、開けた』
え?と驚く兄。昨日まで意識不明で起きることが無かったようだ。
兄は姉を呼びに行く。
『お父さん、わかる?』
反応はない。ただ驚いているような表情。
『ありがとう。お父さん、ツライから寝てて大丈夫だからね』
そう言うと、再び目を閉じた。不思議なことで、言葉を発することも頷くことも無いコミュニケーションである。目の前の人物が私であったことを理解しているかどうかも分からない。でも声に反応して目を開けた。

たぶん、仮に肺炎が治まったとしても、もう介護施設に戻ることは難しいだろう。とは言え、医療施設での入院も状況が改善されれば、病床をひとつでも確保したいところであろう。

もうすぐ父の誕生日。次に実家から電話が来たら、その時はどんな内容なのか、日常と非日常の狭間で通常の仕事をしながら、心ここにあらずで過ごす年始となった。

     「つづく」 作:スエナガ

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