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短編:【本末転倒】

「このケーキ安かったの!」
キッチンダイニングで妻とふたり。
「へぇ美味しそう。幾らだったの?」
「3つセットで5百円」
「そうなんだ…でも1つしか無いけど…」
「あなたあまり甘いものを好きじゃないでしょ?だけどひとつだけ取っておいてあげたのよ!」
「甘いもの嫌いじゃないよ…あまり食べる機会も無いから積極的に食べないだけだよ」
「あ、そうなんだ…」
「てことは…2つ食べちゃったの?」
「甘いもの食べたくて買ったからね」
「でも見たことの無い店名だよね?新しいお店?」
「うーんどうだろう…初めて入ったお店だったから」
「近所なの?」
「ちょっと遠くて、2つ先の駅にある住宅街のお店だったかな」
「へぇ…そこまで行ったの?」
「あのね、カラダ動かさないと、と思って今日普段行かない街まで歩いたのよ!お花がキレイに咲いててね」
「あ〜いいね」
「そしたら感じの良いお店があったの!」
「そこで買って…」
「生ものだから早く冷蔵しなくちゃいけないじゃない」
「そうだね…」
「だから買ってすぐタクシーで戻ってね…」
「え…あ…2駅先からタクシー…?」
「カラダ動かしたから、甘いもの食べたくてね」
「2個食べちゃったんだ…」
「運動の後だから罪悪感無いでしょ?」
「え…っと。カラダ動かすために歩いたんだよね…2個食べちゃったんだ…」
「美味しかったよ」
「カラダが欲したんだね」
「運動後だから罪悪感無かったしね」
「…ま、良かったね」
「ね」
「てか…本末転倒じゃない?」
「ね」
「ねって…」
「私も完璧じゃないから…」
「…いや、いいと思うよ」
「そう?」
「あんまり無理する方が良くないと思うし…」
彼女は黙ってキッチンに行く。

「ホントはね…」
戻って来るとお皿に2つのケーキ。
「一緒に食べようと思って…」
「え?食べてないの?」
「ほらこっちは、チョコとフルーツ」
「イチゴだけじゃないんだ…」
「え…タクシーで戻ったのは?」
「そんなワケ無いじゃん、運動して来たんだもの…」
「そっか。じゃあコーヒーでも入れようか」
私はお湯を沸かし、インスタントのコーヒーを入れる。ほんの少し砂糖を加え、空いた袋をゴミ箱に捨てる。そこにはケーキの下にひいている銀紙が捨てられていた。

「あのさ…」
「ん?」
「まさかとは思うけど…ホントは6つ買ったとか無いよね!?」
「どう思う?」
「どうって…」
否定も肯定もしない。
「…どっちでもいいや…」
「でしょ。一緒に食べた方が美味しいし、ね、食べよ」
「そうだね…」

安かったり、運動したり…本末転倒な小さなウソも、無駄な言い訳も、人生に大切な調味料。見て見ぬフリをすることも、追求しないことも、ふたりの関係を円滑にするエッセンスなんだと思っている。

     「つづく」 作:スエナガ

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