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短編:【スエトモの物語】

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短編小説の物語はこちらです。 ◉毎週1本以上、継続はチカラなりを実践中!これらの断片がいずれ大蛇のように長編物語へとつながるように、備忘録として書き続けております。勝手に動き回…
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#創作大賞2023

短編:【思考する時、人は上を向く】

いつ誰に聞いたのか。 何かで観たのか。 『上を見れば果てしない。下を見たらキリがない』 たしか上を目指して自分なりに今を頑張れ、そんな言葉だったか。下を見て努力を怠るなという戒めだったような、そんな格言だった気もする。 近頃の鯉のぼりは、屋根より高いことはあまりない。川沿いで大量に吊るしていることもあるが、風が強い日にはくるくると紐に絡まってしまい、あまり美しくない。外国人観光客は珍しい光景だと必死に写真を撮っていたが、個人的にはどう撮影しても風情が感じられず、またその

短編:【ここからは情報戦】

入社3年目で営業部のリーダーをしている清野さんが辞めるらしいという噂が、昼休み明けからポツリポツリと聞こえてきた。職場を去る場合、1ヵ月前までに上長に伝えるのが世の中のルールであり、退職する場合はその前迄に移る職場を秘密裏に探しておく必要がある。少なくとも彼は3ヵ月、長くとも半年前には退職を決めていたのであろう。それはまるで隠密やスパイのようにバレてはいけない内緒の動きである。 昼休み後に噂が出るのは、会社という組織の特徴で、昼休みにその情報を手にした誰かが、ご飯を食べなが

短編:【ムショクトウメイ】

「仕方ないじゃないか、辛気臭いね〜」 「いやでもさ〜」 「デモもテロもないさ、会社の方針だろ?」 「このタイミングで無職なんて…ここにも呑みに来れなくなるよ…」 私には嬉しいこと、悔しいこと、とにかくお酒が呑みたくなると訪れるスナックがあって、そこの人間味あふれるママさんに、なんだかんだと喋っているうちに気持ちも軽くなったものだった。 「あれですよ、もしいま犯罪を犯して逮捕されてニュースになった時に、目つきの悪い瞬間でストップされて“無職の”ダレソレって書かれるヤツですよ…

短編:【橋の下でアナタと】

「昔ってさ、“お前は橋の下で拾って来たんだぞ!”とか言って、子供を“しつけ”てたんだって」 「ナニソレ?赤ちゃんはコウノトリが運んで来るなみの都市伝説?」 「都市伝説というか、言う事聞かない子はウチの子じゃない!ってことでしょ?」 「え〜でもさ、そんなこと言われたら精神的な虐待だし、超トラウマ植え付けちゃうんじゃない!?昭和コワ!」 ファストフードのカウンター席に横座りの高校生カップルの会話としては、随分と風変わりなテーマである。昭和という時代は、善くも悪くも色々と面白い時

短編:【明日から先輩ではない私】

「結局、何時までにあげるんでしたっけ?」 いかにも間に合いません!と言いたげな語尾の強さで、彼は私の顔も見ずに声を上げた。 「今日中…と言っても先方の営業時間は6時迄だから…遅くとも5時とか5時半迄に…」 返事はない。 キーボードに怒りぶつけるような力強い音をさせて打ち付けている。チッという舌打ちの代わりにマウスをカチカチと鳴らして、時たまケータイの時刻をチェックしている。 彼は何年後輩だったか、入社当時は照れたように頭をかきながら、何でも言ってください!なんて可愛らしい言

短編:【見上げた屋上にはウミネコ】

ブルーテントから顔を出し見上げた空は、そのテントの青さと同じような色をしていた。下町の川沿いに並ぶブルーテントは、傍から見て感じる想像よりもはるかに頑丈で、多少の台風程度であれば凌げてしまう。事実昨晩上陸した大型台風によって、川の水量は増加し、ブルーテントの上と中は水浸しとなってしまったが、丈夫な骨組みはビクともせず、こうして翌日のお天道様を拝ませて頂けた。 半年程前から、私はここのお世話になっている。朝はお日様が出る前に街へ行き、ゴミ収集車が通る前の資源ゴミを回収する。資

【街で見かけた看板で】#06

「俺けっこう、こういう洒落の効いた看板、好きなんだよね…」 カフェの入り口に、折りたたみ式の立て看板が出ている。 「何これ?春夏秋冬?」 「知らない?良く見てご覧よ」 「春夏秋…あれ、春夏冬…ナカ…?何これ?どういうこと?」 「想像力ないなあ…もう一回読んでご覧よ」 「春・夏・冬・ナカ…間違いじゃないの?」 「わかんない?」 「秋…秋ナカ…秋が無い…秋ない!」 「だから!」 「商い中!」 「洒落てるよね…」 「商い中…お店がやってるってことだ!」 彼女とのデートでやってきた下

短編:【うどんとそば】

「オレさ、お前のこと好きだったんだよね」 椅子の高いカウンター席で横座りをしていながら、セルフで取って来たうどんを一本、ズルズルとすすりながら、ヤツが言った。 「はあ?あんたね、チェーン店で一杯400円のうどん食べながら、なに勝手なこと言ってるのよ!」 「いや、好きだったんだよね…学生の頃」 いかにも軽い気持ちで昔話をしました、という感じで無表情の回答。 「そういやぁさ、うどんと蕎麦の違い、知ってる?」 「え、もう…その好きだったって話は終わりなの?」 「続けたい?」 「そ

短編:【びわの木に纏わる云い伝え】

その河川敷の堤防に近い場所に、びわの実がたわわになっていた。不思議なもので、人が手を伸ばせばもぎ取れる高さの実は見事になくなっていて、たぶん誰かが採って食したのであろう。 こういった木になる実というのは、誰のモノなのだろう。と、ぼんやり見ていたらば、小学生3〜4年だろうか、少年が木の上に登っていた。 「お母さん!これくらいならイイ?」 「その上の方にも良くなっている所があるじゃない!」 「これ?」 少年だけではなく、その母親も木の下で指示をしつつ参加しており、自然の季節の味

【なれとります】#04「日々是勉強」

「今回はですね、男性、女性の掛け合いとなります」 「掛け合い…」 「あ、もちろん女性ナレーターさんもお呼びしてあります」 ナレーターというは摩訶不思議な仕事である。ただ紙に書かれた言葉を音にするだけではなく、時には声だけでお芝居をしたり、書かれた言葉をメロディーにして歌い上げたり、その1枚のナレ原からは想像できない多くの可能性を秘めているという、普通の感覚では理解しがたい職業だと思う。 「アハ…ですよね。いや、たまに声色変えてのひとり芝居なんてありますから、つい」 「ですよね

短編:【策士策に溺れる】

「ヒロくん、お夕飯何食べたい?」 「ハンバーグ!」 「ハンバーグかぁ…」 息子にヘルメットを着用し、自転車の後ろに座らせる。幼稚園に迎えに行った帰り道。まっすぐ前を見て家路を急ぐ母親の顔に笑顔は無い。ペダルを漕ぐ足取りも重く、早く電動アシストが欲しいと思いつつ、先にヘルメットを買わなくてはと心の片隅では考えていた。 「お肉が食べたいのかなぁ」 「お肉が食べたいけど、ママのハンバーグが食べたい!」 「ママのハンバーグかぁ…」 今日は疲れてしまって、気分的にはあまり面倒な料理をし

【紫の濡れ衣】

「この季節は紫の花が多くて、私好きだな…」 「…そうなんだ」 彼女と映画鑑賞の帰り道、夕飯のお店を考えながらスマホを見ていた僕は、沿道に植えられた花の色には意識が行かなかった。 「だって、紫陽花とかさ、藤の花とか、菖蒲とか…」 「ああじゃなくて、紫色好きなんだって方」 「そうね、紫って落ち着いていて好きかな」 「欲求不満なの?」 「は!?なんでそうなるの!?」 彼女は一気に怒り出した。怒りっぽい所があり、熱し易く冷め易い。そこがまた可愛く想えるのだが。 「だって紫の服を好む

短編:【まかないの味】

僕がその日本料理屋の厨房をアルバイトに選んだのは、素直にまかないが食べられることで食費が助かるためだった。大学進学と共に東京へ出て来たものの、思い描いていた学生生活ではなかったことは明らか。大学二年の春になると一連のウィルス騒動はひと段落し、やっと本格的な対面授業が再開された。再開と言われても1年の間、正直数える程しか教室にいることはなかった。上京した頃はどんなバイトを選んだら良いのかわからなく、少なくとも生きて行くための食費を捻出すると共に、和食が食べられる、ただその一心で

短編:【カベに耳アリ 障子にミザリー】#01(存在感)

御存知ミザリーさんが、見たこと聞いたこと、ありもしない妄想や暴露を好き勝手に拡散するという、至極迷惑で誠に遺憾な諺では御座いますが。 誰が何処で見ているかわからないと言うお話。 コロナ禍が下火になり海外からの観光客が頼りの綱とばかりに相変わらず意味のない特集でさらにマスメディア離れが進み、現役総理を狙った爆弾事件も選挙が終わると共に幕引きに。唯一日本国中を熱狂させたスポーツも、海外組が戻った途端に一過性の熱病のごとく大人しくなってしまった。 困った報道番組が目をつけたの