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★【作者と読者のお気に入り】★

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◉たくさんのビューとスキを頂いた作品と、個人的に好きなモノだけをギュッとまとめてお届け!30作品程度で入れ替えしながらご紹介。皆様のスキが集まりますように(笑)お気に入りの玉手箱!
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短編:【花の教え】

「最近の桜って花びら白いよね…」 彼女はそういう敏感な感性を持っていた。 「白い?」 僕には、桜の花びらがピンクに見えていた。いや、そう思い込んでいたのかも知れない。周りを見渡すと、至るところで花吹雪が舞っている。 僕には20年間、彼女がいない。奥手というか、人付き合いが苦手というか。大学に進み、同じゼミを専攻した彼女と出会った。 「もちろん品種によっても違うだろうけど…昔の花吹雪ってもっとピンク色だったと思わない?」 「ああ、そう…かもね…」 話を合わせてみる。 「自

短編:【思考する時、人は上を向く】

いつ誰に聞いたのか。 何かで観たのか。 『上を見れば果てしない。下を見たらキリがない』 たしか上を目指して自分なりに今を頑張れ、そんな言葉だったか。下を見て努力を怠るなという戒めだったような、そんな格言だった気もする。 近頃の鯉のぼりは、屋根より高いことはあまりない。川沿いで大量に吊るしていることもあるが、風が強い日にはくるくると紐に絡まってしまい、あまり美しくない。外国人観光客は珍しい光景だと必死に写真を撮っていたが、個人的にはどう撮影しても風情が感じられず、またその

短編:【職を決める】

「農業は天候に左右される。漁業も自然の影響を大きく受ける。どちらも鮮度が重要視され、収穫から消費者へ届けるスピードが求められる。流通はそのスピードが命である。物を製造する場合は、職人の技術力や大規模な機械導入がある。在庫管理する場所の確保も必要で…」 郊外型の広いファミレス。向かい合わせに座る男性ふたり。 「で、何やるか決まったか?」 スーツ姿の男性が、ホットコーヒーを飲みながら聞く。 「そこなんだけどね…」 白いパーカーにジーンズの男性がアイスコーヒーのグラスに口をつけず

短編:【隣】

「ママ、見て!落とし物!」 「落とし物?…じゃないわね」 「ケーサツにとどけないと!」 「なんだろうね…あ!触っちゃダメよ!」 最近、公園や街の中で、こうしたバッグを見かけることがある。 「ちょっとパパに…」 写真を撮って、ショートメールで送る。 「あ、パパから…」 会社のパソコンで検索してくれたようだ。 『格安ポスティング業者』 これはどうやら、家やマンション・集合住宅などのポストに入っている、ビラやチラシ広告を投函する業者が置いていることがわかった。 「え、これ…ここ

短編:【仲睦まじく】

「ちょっと惜しかったね」 リビングで妻と息子が本日のミニテスト結果を見ている。 「どうしたの?」 帰宅した夫も会話に参加。 「これね、“なかむつまじい”を漢字に…って」 「ああ、結婚式のスピーチでも使うよね、“末永く仲睦まじくお過ごしください”って」 「僕、陸上クラブだから…」 「仲“陸”まじい。って睦を陸って書いちゃって…」 「クラブのみんなと仲良く、陸みたいな字って覚えたからさ…」 息子は少し悔しそうだ。 「睦まじいってさ、“親しい”より深い関係なんだってよ、意味的には

短編:【テコ入れ】

これまでパンドラの箱として、遅々として進まなかった選挙という儀式が大きく変わったのは2026年秋のことだった。その変化を印象付けたのが、ポスター掲示と選挙カーの在り方に関しての大幅リニューアルという部分だった。 各所に現れる、あの無駄に大きな掲示板が姿を消し、代わり“江戸時代風”の小さな立て看板が姿を現した。“高札(こうさつ)”という禁令やお尋ね者などを町中に知らしめるため使われたあの小さな看板と言えば解るだろうか。コスト削減、設置場所の縮小、すべての問題を一手に解消したの

短編:【トマト、いかが?】

「ウチの小さい庭で家庭菜園をやってましてね…」 休日の昼前に突然の訪問者。マンション1階に住んでいるという50歳くらいの中年女性。正直見かけたことも挨拶をしたこともない。 「あ、そうですか…わざわざスミマセン…」 3階に住む僕は、面識のない人からいきなり野菜を持って来られて動揺していた。 「あ、あの…なぜ僕の部屋に?」 「あら、ゴメンナサイ…いつもゴミ捨てとかちゃんとなさっていて、帰宅も遅いのにエコバッグさげて、食材を買って自炊なさっているのかなと思ってね。…いきなりでご迷惑

短編:【クレーム、または罪深い人類へ】

「だいたいさ!オタクの商品、効果が無いんだよ!」 『そんなことはございません…』 「うるおいをもたらし、命を救う?」 『…はい』 「サラサラで、無味無臭?」 『そうです』 「安価でお得?すべての国民に必要だと?」 『その通りでございます…』 「過大広告だろう!謝罪しろ!」 『お客さま…いま、お試し頂けますか?』 「い、いま?」 ゴクゴクゴク… 『いかがですか?解約されますか?』 「…」 『良いんですよ、この世界から“お水”と言う、万能な商品が消えて

短編:【まかないの味】

僕がその日本料理屋の厨房をアルバイトに選んだのは、素直にまかないが食べられることで食費が助かるためだった。大学進学と共に東京へ出て来たものの、思い描いていた学生生活ではなかったことは明らか。大学二年の春になると一連のウィルス騒動はひと段落し、やっと本格的な対面授業が再開された。再開と言われても1年の間、正直数える程しか教室にいることはなかった。上京した頃はどんなバイトを選んだら良いのかわからなく、少なくとも生きて行くための食費を捻出すると共に、和食が食べられる、ただその一心で

短編:【見上げた屋上にはウミネコ】

ブルーテントから顔を出し見上げた空は、そのテントの青さと同じような色をしていた。下町の川沿いに並ぶブルーテントは、傍から見て感じる想像よりもはるかに頑丈で、多少の台風程度であれば凌げてしまう。事実昨晩上陸した大型台風によって、川の水量は増加し、ブルーテントの上と中は水浸しとなってしまったが、丈夫な骨組みはビクともせず、こうして翌日のお天道様を拝ませて頂けた。 半年程前から、私はここのお世話になっている。朝はお日様が出る前に街へ行き、ゴミ収集車が通る前の資源ゴミを回収する。資

短編:【3つのいえ】

「親だったら子の巣立ちを歓迎するモノだと思うんです」 暖色系のわずかな灯りが薄暗く、居心地の良いカウンターバー。冠婚葬祭帰りの黒スーツを纏う男性。首元には白か黒の色があったはずだが今は外されている。一杯目の細長いグラスビールに三口分の泡目盛りが刻まれた頃、男性は喋り始めた。 「実は今日、長男の結婚式だったんです…」 「それはおめでとうございます」 グラスタオルを慣れた手付きで回しながらバーテンダーが応える。 「ウチには、28歳、26歳、23歳の3人、息子がいましてね」 「

短編:【夢の叶う夢】

「パパのおよめさん!」 「パパのお嫁さん?」 母は娘の私が何気なく発した言葉に乗っかった。 「マユが、パパのお嫁さんになったら、ママはどうなっちゃうの?」 「ママはマユのママだよ」 母は笑っていた。 「マユがパパのお嫁さんになったら、ママはパパのお嫁さんになれないのよ」 私は幼く、無知だった。 そしてパパもママも心から愛していた。 それから1年ほど経って、私は、大好きだったパパとママを同時に亡くした。 「あんな小さい子ども残して、両方とも亡くなるなんてねぇ…」 「交通事故

短編:【ゲームチェンジャー】

頬杖をついた手からズリッと崩れ、ぐっちゃり下を向いたまま酔った女性。 「ゲームチェンジャーってさ…魔法の言葉だよね」 ため息交じりの言葉。 女性1名、男性2名。同期3人が居酒屋で泥酔している。 「…ゲームチェンジャー?」 「ああ…確かに、なんか煽って来るね」 「社長の挨拶にもあったでしょ?『今年入社の皆さんは、ゲームチェンジャーだ』って…」 呂律が怪しい。 「魔法の言葉…と言うより、もはや悪意の籠もった呪文だね…」 焼酎の炭酸割りを3つ追加注文。 「ゲームチェンジャーって

短編:【家政婦3】

『本日ご紹介の商品がコチラ!』 妙なテンションのMCが、マジックショーのように布を引っ張ると、中から女性が。 『ご存知!家政婦シリーズ最新バージョン!家政婦3(カセイフ・サン)です!』 フロアADの煽りによって、お馴染みとばかりに盛り上がるスタジオ。 『一家に一台、本当に大人気シリーズですね!』 アシスタント女性もパスを出す。 『3ってことは、3号機ですか!?』 通販番組の華やかな世界。 『はい!家政婦シリーズの3号機、“3号さん”になります〜!』 モニター内の華やぎとは対