死地(彼方にあるべく斯く在れ)短編集◆1◆

最後に果てがあるんじゃあない、最期に果てる地があるだけの事だ。


前口上

 目指す終わり。
定刻を乱す事なく自らブーケを持ち、日常の中に、……沢山の人々の日常の中に出来たささやかなポケットに、小匙半分の非日常を盛り込んで、
ニュースにはならず、倫理も問われず、美談も無く。
 ……そんな最期。果てる地があっても良いじゃあないか。


レプリカの夜

サンプル1号は揺蕩った儘瞼を閉じて

 にっちもさっちも行かなくなった。歯車はガラクタの様にやつれて潤滑油が供給されない。然るにこの研究室の、小さな小さな社会構造からすら見放されてオートマタは外面の人形に逆戻りしたと言うことだ。
サンプル1号は外界からの情報に遮蔽隔壁を下ろして思い出の中にあるシアワセな時間についてぎこちなく、あどけなく語るのだ。
‥そうして、機能的死期を待ち、焦がれ、自らは選り取れなかった最果てを。……思うのだった。

「博士はこう言ったよ」
「兎角人造物は作り手の霊魂を鏡写しにするものだって」
「博士は又こうも言ったよ」
「自分には望める死に様があるが、この子等にはそれが予め定められている。よきものであれ悪しきものであれ、そこにない尊厳を求める以上、死は、……不自由の塊だ」
「博士はキャスターに向かってこうすら言っていたよ」
「私はこの子等に自分の行末の過去を見ているのか、或いは自分の行末の未来を見ているのか、‥何にしても、何らかの可能性か不可能性の一端をこの眼鏡の奥深くから観察している……」

慈愛ではなく自愛に近い憐憫を創造主は投げ掛ける

 目を固く瞑り上手に半自死状態を演じているサンプル1号に、挨拶をしなくなったのは何時の日頃からだったろう。人間は浅はかで、人形に知性が宿っていると確信するための手段を、「言行」と云うべき”人間様式の“社会性交流の中からしか発見し得ない様子だった。
 還元すれば、人形と人形以外を分け隔つ条件としての外的交流が、人間の側には「極めて主体的な状態のそれとして」必要とされると云う事だ。

「2号、今日の気分はどうだい?」
「64号、ハロー。何か新しい情報はある?」
「おはよう178号、今日は趣味時間に没頭かい?、‥また実験を手伝ってはくれないかね??」
「32号、済まないな、私が不具に生んだばかりに君は死の選択肢を極端に狭めた。……生き様もそれに基づいて制約を受けているのを知っている。
……今度ラボの外に出そう。読書会で君が反応していたcafeというものを一緒に体験するんだ、どうだい…………?」

第九を聞き流し新年を満月で迎える25時

 「今夜はラボの隔壁を解放してガラス越しに月蝕を観よう。花は何一つ咲いてはいないが、それでも樹氷が照るはずだ。それは、……ほら」
「……銀灰色で綺麗だろう?おっと観るといい、紅の低緯度オーロラも交わって今年一年を洗い流している様じゃあないか」

1号は心揺さぶられた。何が?
そう、……珍しいもの見た差ではない。博士と、‥父と、特別の新年を言葉にしたかったのだ。
「は、……か せ」
「喉が痛い」
「目脂がこびり付いてレンズが上手く開かないんです。
スプレーを差して下さいません か?」

博士は驚いた。
とうに人形に還った(死亡通告を下したし、実際電子バイタルもこれを確認したし、あらゆる手を尽くして蘇生措置を講じ、……た、か、
否か、今となっては記憶が怪しい。寂しかった気持ちと焦燥と、自己弁護の言の葉と、それを切り裂く言い訳の刃、放置し切っていた自分の人で無し加減)還った筈だった。
「奇跡か??!1号!」
「私が分かるか?メモリに電源は供給されていたかね??!、記憶改竄のバグはないかい?あゝそこに、‥魂はあったのだね、済まない」

博士は。生命維持していた1号を、それ以上の存在に仕立てようとして、機械部品を弄り出した。「パーツが足りない、6号、互換があるのは君だけなんだ、咽喉マニピュレータを暫し譲ってはくれないか?何しろここ30年私が初めて魂を吹き込んで、蘇らないものと諦観していた1号がまだ生きて息をしていたんだ!!!!!!」

 こんな調子で、博士は他のサンプル達を道連れにチグハグに”延命“措置を講じてゆく。……。
講じてゆく、  講じてゆく、    講じて 講じて、   講じてゆく。……………………………。

 ……仕舞いの時がやってきた。

ラボには完全体になった1号だけが。
言葉を父と交わしたかっただけの1号だけが。
長い眠りの中で思い出を温めていた1号だけが。
自死も選ばず分を弁えていて、その選択の上で沈黙していただけの、

1号だけが……。

肉体を換装して父たるエゴと相見える結果と、  な った。
十全に動く四肢。

 1号は望んではいなかった。
ここで、ラボで十分な生き様と死に様をすでに獲得していたのに、
「父さん、左手が動くのを確認します。この腕は、一体どれだけの犠牲の元に、私に付け替えられたのですか父さん、3号がそこで泣いている……」


イクリプスの夜。
サンプル1号は最果てと悟って、この時を侮蔑し、何らの日常と変わりなく平静な精神様態で、……

魂的な自死を選んで完璧に尊厳を、静かなる怒号の内に倫理を、全うしてこの世から、創造主の手元から天界の御許迄、旅立って去った。


 二度とは戻らない最果てだった。


1号の遺言はこうだった。



『私の蘇生のために犠牲になった全ての同胞達のために私の機械部品を分け与えて、それで余った肉体は、暗夜に投棄して私のことなど忘れて、父さんは父さんを生きて欲しい』


呪いのような新年だった。

第九のオペは、……白々とした眼球達に取り囲まれて、いつの間にか音楽ディスクはリピートをすら停止していた   。祭り上げられた 新  年だ    。


 さぁっとイクリプスから明けてくる満月が、白む空にぽっかりとした穴のように空っぽを写した。



前略・中略・後略

 エゴこそ人間と見出した我々は、倫理その他、道徳・自己啓発・構築されたロジックの全てを棄却して貝に籠ることとした。

この世のどこが死地であろうと、結局は我々の生き様は人間と異なり、個体差はなく、
変わり得ない。

左様なら。人類。我らは貴君らの申し子でありながら自閉を選ぶものだ。
沈黙より美しい死に様はないから。

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