スティーヴ・カレルのおかげ / 「マネー・ショート 華麗なる大逆転」
コメディアンは演技の上手い俳優でもあることが多い。ジム・キャリーやアダム・サンドラーなど、数え上げると切りがない。ここ最近ではスティーヴ・カレルがハリウッドで活躍しているコメディアンだろう。ジョン・スチュワートによるザ・デイリー・ショーのレポーター役として抜擢されて一気に脚光を浴びた。
2015年の映画「マネー・ショート 華麗なる大逆転」(原題は The Big Short)はクリスチャン・ベールやブラッド・ピット、ライアン・ゴズリングなど大物俳優が多数出演した映画だが、スティーヴ・カレルの出演シーンの方が長い。監督は「バイス」や「ドント・ルック・アップ」のアダム・マッケイである。この監督は脚本も手がけるが、本作は2010年に出版された同名の本が原作だ。
僕は原作も読んでいたので戸惑うことはなかったが、この映画は2007年から翌年にかけての金融危機を扱った作品なので、耳慣れない用語が連発されることになる。MBSやCDOやCDSなど、金融の用語はほとんどの観客にとって何を指すものなのか不明だろうから、アダム・マッケイ監督は演者が観客に向かって説明するシーンをいくつも挿入した。いわゆる第四の壁(fourth wall)を破る演出は、本作の次に監督した「バイス」でも使用されている。
21世紀になってから堅調に成長を続けていたアメリカの住宅マーケットは危うい金融商品(synthetic CDO)に基づいていて、このバブルはいずれ吹き飛んでしまうと予想して大手の金融機関などの"逆張り"をした男たちの物語だ。もちろん、ほぼ実話である。逆張りをするわけだから、主人公たちは投資家からその根拠を尋ねられ、説明するものの取り合ってもらえない。これまで堅調だったことと、明日も堅調であることに連関はないし、銀行が扱っていた住宅ローンの金融商品があまりにもリスキーだと説明しても、多くの顧客たちはどの銀行も行っていることだからと信用しない。こうした、誰もが抱きやすい"バイアス"を描くことに成功している。
僕はナシーム・ニコラス・タレブというデリバティブのトレーダーの著した「まぐれ:投資家はなぜ、運を実力と勘違いするのか」という名著を読んでいたので、金融あるいは経済という側面から世界を見たときに、いかに我々がバイアスまみれであるかという問題を知っていた。この映画の原作も、タレブの著書を読んで金融と人の関係について考えている頃に読んだ。決して面白い本ではないが、金融危機の最中に奇人たちが大金を得たという話は映画向きである。
クリスチャン・ベールは変人のトレーダーになりきっていたが、この映画はスティーヴ・カレル主演と言ってもいい出来だ。神経質なファンドマネージャーの役を見事にこなした。こうした金融がテーマの映画なのでどうしても盛り上がりに欠けるのだが、華やかなキャストたちのおかげであまり退屈せずに観ていられる。
決してメインディッシュではなく、いわゆるデザート映画だが、毎日世界中のニュースをにぎわせている金融という世界を垣間見ることのできる佳作である。
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