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どこまでがフィクションでしょうか / 「フィクサー」

I'm not the guy you kill. I'm the guy you buy! Are you so fucking blind that you don't even see what I am?
(俺を殺してどうするんだ、俺は買収できる奴なんだよ! 俺がどんな奴だか分かんないくらい、あんた何にも見えてないのか?)

Michael Clayton

近頃は見映えのする政治家のようになってきたジョージ・クルーニーだが、1996年の「フロム・ダスク・ティル・ドーン」で初めて大手の映画に出演して以来、「オーシャンズ11」や「シリアナ」「グッドナイト&グッドラック」「バーン・アフター・リーディング」など、けっこう良い作品に登場している俳優である。そのなかでも2007年の映画「フィクサー」(原題は Michael Clayton)は、ジョージの雰囲気と役柄がマッチしていたし、フィクションでありつつも実際の大企業の不正を取り上げた意欲作だ。
ニューヨークの有名な弁護士事務所に所属するマイケル・クレイトン(ジョージ・クルーニー)は、顧客の揉め事などを片付ける"フィクサー"を務めている。ある日、賭けポーカーからの帰路、丘の上に三頭の馬がいるので停車して見に行ってみると、乗っていたクルマが爆発する。
映画は4日前に遡る。弁護士事務所は巨大な農業関連企業 U-North 社の集合代表訴訟を抱えていたのだが、主任弁護士のアーサー(トム・ウィルキンソン)が奇行に走ったと連絡が入る。マイケルが様子を見に行くも、アーサーは逃げ出す。マイケルは事務所の代表(シドニー・ポラック)から、この件を何とか片付けてくれたらボーナスを払うと提案される。
U-North 社の法務責任者であるカレン(ティルダ・スウィントン)は、アーサーが企業内の"メモ"を持っていることを知る。そのメモとは、企業が販売している除草剤に発癌性があることを把握していたことを示すものだった。カレンがCEOのドンに報告すると、ドンは2人の男を雇い、アーサーを暗殺してしまう。
マイケルは警察官である弟の助けを借りてアーサーの部屋に入ると、レルム&コンクエストというファンタジーの本のページが折られていて、そこには丘の上の馬の絵が描かれている。マイケルはアーサーが U-North 社のメモを3000部コピーしていたことを突き止める。そして冒頭のシーンが再現される。マイケルは携帯電話や財布などを車内に投げ入れ、その場を離れる。
U-North 社の取締役会の日、会場のドアのすぐ外でカレンを待っていたマイケルは、メモを返してほしかったら1000万ドル寄越せと強請る。カレンが同意すると、マイケルは胸元から携帯電話を取り出し、会話が警察に筒抜けであることをカレンに告げる。その場に崩れ落ちるカレンを警察たちが囲むと、マイケルはタクシーに乗り込み、Drive と言うーー。
本作はトニー・ギルロイという「ボーン・アイデンティティー」シリーズで名を揚げた脚本家が初めて監督した作品だ。巧みなプロットは流石なので、少し丁寧にあらすじを書いた。こうした"法律スリラー"というジャンルはどうしても盛り上がりに欠けるので、冒頭にまず爆発のシーンを持ってきて観客に謎かけをすることは必要な措置だろう。
このフィクションが意義深いのは、U-North 社とは明らかにアメリカの巨大化学企業モンサント社を指しているからだ。企業ロゴも少しだけ似せている。訴えられないようギリギリの配慮をしたことだろう。そして発癌性のある除草剤とはラウンドアップのことだ。数年前、モンサント社を買収したバイエル社はラウンドアップをめぐる訴訟で1兆円を越える和解金を支払った。この映画は、どこかまでは真実が描かれている。
法律スリラーというウケにくい題材でありながら、冒頭に爆発を持ってきたり、レルム&コンクエストという劇中に登場する本をアイテムとしてうまく使ったり、どちらかというとシャーロック・ホームズのような探偵モノに近づけたことで、観客も飽きずに見ていられるよう工夫されている。ジョージの演技も、いかにもくたびれた弁護士といった風情を醸し出していて、これはハマり役だったと言えるだろう。上昇志向の強い女弁護士を演じたティルダ・スウィントンは本作でアカデミー助演女優賞を受賞した。こちらも快演だった。おそらくフィクションではない部分も含む本作は、もっと評価されるべき映画である。
そんなジョージも最近は上昇志向の妖怪である嫁のアマルに毒されたのか、行儀の良い活動家のようになってきた。ネスプレッソのCMでおどけているくらいがちょうどいい俳優なのだが。

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