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down the river 第二章  第一部〜溶解⑧〜

※本編を読まれる前に重要なお知らせです。
今回の第二章 第一部〜溶解⑧〜では
LGBT、セクシャルマイノリティの方を差別、揶揄する表現が使用されています。
事実に基づき制作されていることと、その時代背景を再現する為にあえて表現方法を変更せずに、そのまま使用しています。LGBT、セクシャルマイノリティの方々を差別、揶揄することは著者の意向とは著しく異なります。不快に思われた方へこの場を借りてお詫び申し上げます。それでは本編をお楽しみください。



ユウは咄嗟に顔を伏せて、声の主を後ろ目で確認した。

「く、栗栖さん…。」

声の主は彩子だった。暗くなってきた町並みでその姿は輝いて見える。

「新田くん、隠しても無駄だよ。無駄無駄。」

彩子の笑い混じりの優しい言葉がひび割れた地面の様なユウの心に隙間無く水が行き渡る様に染み込んでいく。

「うわぁあ、栗栖さん!煙草は黙っててよ!たば、煙草は皆に言ったらだめだよ!」

これで全て失う。彩子にこれをバラされたら全て終わる、そう思ったユウは慌てに慌てて煙草を足で踏み潰し、手を顔の前で振り回した。

「違う、煙草はどうでもいいの。泣いてるでしょ。どうしたの?」

「えぇ?」

「こっち…向きなよ…。私は誰にも言わない。泣いてるなら泣いたままでいいよ。」

「泣いてない…。」

「新田くん、私見たよ。こっち向いて。」

ユウはゆっくりと彩子の方を向いた。

「殴られた…んだ…ね。」

ユウの目に涙を浮かべた彩子が写った。

「栗栖さん、俺、もうダメだよ。自分だけ幸せになろうとしたら、全部壊れた。いや、俺が壊した。」

「そんなことは聞いてない。殴られたの?答えて!」

彩子に凄まれたユウは力無くコクリと頷いた。
そして彩子に話し始めた。

「栗栖さん、俺はね、昔からなんでも上手くいかないんだ。上手くこなせないんだよ。勉強、スポーツ、生活、人間関係…」

「いじめ…られてるの?」

「違うよ。自分で自分をいじめてる様なもんだ。しねえんだよ!自分で努力を!上手くいく様に!」

「新田くん…」

「これが当たり前になったらもう止められないんだよ!どこまでも流れてくんだよ!」

「新田くん、いいよ?どんどん話して?私は大丈夫…」

「昔さ、父さんが小さな葉っぱの舟を作ってくれた。それを川に流してくれたんだ。流れてくその舟を追いかけてずっと見てたらさ、ひたすら川を下ってくんだよ!その中で転覆して、流れに飲まれて、消えてくんだよ!それが今の俺だ!海に辿り着くことなく!腐って消えてくんだ!」

「うん…」

彩子は涙を流してユウの叫びを聞いている。

「栗栖さん。聞いて…。」

「聞いてるよ?」

「俺はさ、普通じゃない…。普通じゃないんだよ…」

「普通じゃないって?言って楽になるなら言って?」

「俺はさ…」

「うん…」

「ホモだよ…」

「うん…」

「笑えるだろ?敬人に尻をえぐられてヒンヒン泣いて喜んでた!栗栖さん、夏祭り…あの時も敬人とやってた。俺の様子おかしかったろ?あん時もうやりたくてやりたくて我慢できなかったんだ!…で、結局皆が帰った後やりまくりさ!」

「新田くん…笑わないよ。私は。」

「ハハハ!じゃあ笑わしてやるさ!テニス部の先輩、友原ともやったよ!」

「…!!」

「友原に言ったんだ!俺と恋人になろうって!もう気分は恋する女の子さ!ハッハッハッ!断られたよ!好きな女の子!女の子!女がいるってよ!」

「…そう」

「その好きな女の子!誰だと思う!?栗栖さん!」

「…う…ん…」

「うっはっはっはぁ!あんただよ!栗栖彩子!あんたのことが好きだから俺ぁ振られたんだ!ハハハ!アハハハ!!」

「…!」

「もうね、死にたくなったよ!俺はさ、女の子の代わりなんだって!いや、女の子の下半身の代わりだな!」

「…辛かったね…新田くん…フッ…ふぐぅッ…うあぁ…辛かったよね…うあぁ…ヒグ…新田くんがさ…辛そうにしてるのは1年生の時から知ってたよ…亮子の一件だけじゃない…いつも…何かを我慢してる様な…」

彩子はついに声を出して泣き始めた。

その泣き顔を見たユウは瓦礫でせき止められている川、その瓦礫が崩れ去り、一気に濁流と瓦礫が町を飲み込むかの様に、彩子へ全てをぶちまけた。
敬人と激しく求め合った日々、亮子にその現場を見られて弱みを握られ、亮子の前で敬人に犯される日々、亮子にカッターナイフで切り刻まれる日々、亮子の父親に罵られたこと、敬人、友原、弓下と順番に相手をしてきたこと、友原、弓下2人1度に相手をしたこと、そして自分の汚れた感情と思い上がりで全てを失ったこと、全て、自分の全てを彩子へ語った。

日が落ちようとする公園のブランコにユウと彩子が腰かけている。
ユウはもう帰らなければならない時間だが今日はもういいと腹を括った。そんな決意と不安と動揺を払拭する為に、ユウは彩子がいる前で煙草に火を付けた。

「栗栖さん、俺はさ、何が普通なのかもうわからなくなってきたんだよ。好きっていう感情も…」

ユウは顔を下に向けたまま煙を吐き出す。

「…わからない…でも新田くんは有田くんも友原先輩も弓下先輩も好きだったのは本当の感情なんじゃないの?」

ユウは思い出したかの様に彩子の方を向いた。

「そういえば友原のこと…ごめん…なんか抑えが効かなくてさ…友原も多分、栗栖さんにちゃんと言いたかったんだろうし栗栖さんもちゃんと話聞いてちゃんと答えたかっただろう…本当にごめん…。」

彩子はクスリと笑ってユウを見た。

「別に…あいつ嫌いだし。そんなのいいよ。私の質問の答えは?」

ユウは再び下を向く。

「好き…なんかな…敬人は好きだった。幼馴染みだし、昔から裸の付き合いはあったからね。好きだったよ。何でもしてあげた。本当に。俺の身体は敬人の精液と小便で満たされてるって言ってもいいくらい、敬人は俺を求めてくれて、俺はそれに答えた。友原と弓下はわからない…無理矢理やられてんのに、なんかそれがいつの間にか、好きってなって最後は大好きってなった。でも本当に好きかははっきりとはわからないよ。」

「新田くん、難しく考えなくていいと思う。あなたは3人が好きだった。告白した。振られた。それだけ。同性だった、レイプされた、身体が先だったっていうのはただの修飾語だと思う。だからいいのよ。純粋に好きになったけど振られただけ。普通の恋愛だよ。汚いもなにもない。ただ…」

「ただ…?」

「弓下先輩の暴力は許せない…。」

「栗栖さん、弓下は悪くないよ。俺が脅迫したんだ。俺が先に手を出したのと同じ…だから俺が悪い。」

ブランコの継ぎ手部分のキイキイという音だけ残して公園は静寂に包まれる。

「なぁ栗栖さん、俺、明日からどんな顔して学校行けばいいんだ?」

ユウは首を固定されたかの様に下を向いたままだ。

「どんな顔…」

「それにしばらく忘れてたけど、嫌な視線を感じる時があるんだ。なんかもう…凄い、殺気っていうかなんていうか…。」

「殺気?んフフフ…」

彩子は鼻で笑い飛ばし、ブランコから立ち上がった。

「栗栖さん?」

彩子はクルリとユウの方を向くと手を差し出してきた。

「新田くんは全てを失った。違う?」

ユウは1度歯をギリッと擦り合わせた。

「も、もういいだろ?全て失った自覚はあるよ…」

「新田優の顔で行けばいい。男好きでスケベで、その事しか考えてない、その新田優の顔で行けばいい。それ以外なんかある?」

「う…」

ユウはぐうの音も出ない様子だ。

「握手。」

彩子は差し出した手を縦に振った。

「え?」

「私は新田くんの味方と言った。だから握手。」

「…あぁ…あぁ…」

ユウの目に涙が浮かび、そしてその玉は弾け、頬を伝う。

「新田優、男好きのスケベ野郎!私は、栗栖彩子はあんたの味方だ!この手を握れ!」

「…」

ユウは無言で彩子の艶やかなその手を握った。

・・・

「ちょっと…いいかな?」

「…な…。」

翌日の昼休み、ユウは自分の名前を呼んだその声の主を見て固まった。
固まったと同時にユウの歯がガチガチと音を立て始めた。
敬人は学校に来ておらず、今日は哲哉もいない。なんでも春の陽気に油断して風邪をひいてしまったらしい。自分の手駒とした友原も今日は学校を休んでしまっている。彩子も移動教室である為、昼休みにユウのクラスに来る時間は無い。つまり誰もユウを助けてくれる者はいないということになる。

「ゆ、弓下…先輩…」

弓下に連れられて、亮子との思い出が詰まっている新校舎の奥の廊下へ連れて行かれた。

「弓下先輩…お、俺は何にもしてません…よ?」

ユウはニヤついた弓下の顔を下から見上げる。

「そうだねユウちゃん、俺にはなんもしてない。」

「だったら…なんの用ですか…」

「友原が学校休んでるんだ。ユウちゃん知らね?」

「…」

「ユウちゃん、友原に言ったろ。ホモだってバラすって。違う?」

「…友原先輩から聞いたんですか?」

「友原に言ったろ。違う?」

「証拠でもあるんですか…」

「友原に言ったろ。違う?」

「でも…」

「友原に言ったろ。違う?」

弓下は壊れたおもちゃの様に同じ口調、同じ台詞をユウに浴びせた。そしてその右拳がギリギリと音を立てて握り込まれていくのをユウは粘ついた唾液を飲みながら目の当たりにした。

「…はい。言いました…」

「そうかユウちゃん、わかって良かった。月曜日にさ、また家に来なよ。友原も来る。」

ユウはカッとなり声を荒げた。

「今度は友原先輩と俺を殴るんですか!?2人で俺をボコボコにするんですか!?冗談じゃない!ボコボコにされんのわかってんだったら、ホモだってバラして道連れにしてやる!!殴れよ!殴れ!」

「違うよ、ユウちゃん。また、ユウちゃんの身体で楽しむだけ。ね?月曜日は2人とも部活ないからさ。友原もユウちゃんのこと許すって言ってたし。」

「…!…許してくれるんです…か?」

「友原はそう言ってたよ。仲直りってことで遊ぼうぜ?」

「わ、わかりました。殴らないで下さい。」

「殴らないよ。3人で気持ち良くなろうや。」

「は、はい…」

放課後、ユウは迫島と2人で迫島の家を目指して歩いていた。
気乗りはしないが、仕方がないことだ。約束を無下にするわけにもいかない。

「ここ、寄っていこ。」

迫島が指差した先はユウが煙草を吸うのに時々使っている団地の駐輪場だ。

「え?ヒデくん、ここで何すんのさ?」

ユウは呆けた顔で聞くと、迫島は煙草を取り出した。

「ユウくんも吸うんだろ?1本だけ吸ってこうよ。」

「いえ?ヒデくん煙草吸うんだ、ハハハ!誘ってあげりゃよかったな。ごめんよ。」

2人は腰を低く降ろすと、煙草に火を付けた。

「ふぅ…」

「ふぅぃい…」

2人同じタイミングで煙を吐き出す。

「ユウくん、俺さギタリストになりたいんだ。」

「ギタリスト?そうかヒデくんギター弾けるんだよな。凄いよ…。ホント」

「家にはギター2本あるんだ。一緒に練習しようぜ。弾ける様になったらそりゃもう、最高だよ?」

「ん、ま、まぁ触っては見るよ…」

「ベースもある。」

「ベース?」

「あぁ。ベースも楽しいよ?」

迫島はどうにも音楽や楽器の話になると止まらなくなる様だ。ユウは少しうんざりしながらも愛想笑いでなんとか場を凌いだ。

・・・

「え?なんだいこりゃ…ヒ、ヒデくん?」

迫島の家の中に通されてとある一室に入ると、その部屋にはありえない光景が広がっていた。
部屋の壁には防音の為であろうトゲトゲのスポンジが張り巡らされ、アップライトピアノ、エレキギター2本がそれぞれディストーションエフェクターを経由してマーシャルのアンプに繋がれ、5弦のエレキベースが1本アンプに繋がれていた。

「さぁ入って入って。」

「あ?あ、あぁ…なんかよくわかんないけどヒデくん家金持ちだったんだな…す、すげえ…」

「ハハハ!何を言ってんだ。金持ちなわけないだろ?こんな小さい家に家族4人だ。窮屈でしょうがない。」

「いや、そうは言っても…」

「いいからいいから座れって。」

「う、うおぅ…」

いそいそと迫島はギターを2本準備をした。そしてアンプをオンにすると、いつもテレビで聞いているあのエレキギターの音がユウの耳に洪水の様に流れ込んできた。

「はぁ…」

ユウは初めての体験だった。背筋に寒気が走り、首元に鳥肌が立った。

「いいかい?ユウくん、ギターをこう持って…」

「う、お、おう。」

「ピックでこうやって弦を弾く。」

「う、ああ。」

「いいかい?俺がサンハイっていったらこことここと…」

「うんうん。」

「ここを順番に弾いていくよ?いい?」

「あ、あ、あぁうん。」

「いくよ?サンハイ…」

ユウの弾いた単音に、迫島が単音を合わせ、美しい和音が3つ紡ぎ出された。

『あ…気持ちいいよ…なんか…なんか…』

ユウは快感に身を震わせた。

『あ…あぁ…』

セックスの快感は性器で感じるが、和音の快感はまさに脳そのもので感じるものだと、ユウは思った。

「す!す!凄いよ!ヒデくん!やべえ!!これやべえ!」

「へへへ、ハマったな?ユウくん。いいだろう。もっと教えてやろうじゃん!」

「あぁ!ああ!頼む!もっとだ!頼む!」

『こんなものがあったのか…セックスよりも敬人よりも早くコレと迫島に出会っていれば…これに出会っていれば…何もかもが…上手くいかねえし…』

そう思いながら、ユウは迫島の指導を受けた。

『タイミング…悪いなぁ…俺ってヤツは…もう少し、もう少し早ければ…でも…でも…』

新たに教えてもらった音を奏で、再度和音の快感に溺れながらユウは幸せな一時を過ごした。

『俺は…この時を…この幸せな時間を…忘れない…忘れないぞ…』



※いつもありがとうございます。次回更新は本日から3日以内です。
※未成年者の飲酒、喫煙は法律で禁止されています。
本作品内での飲酒、喫煙シーンはストーリー進行上必要な表現であり、未成年者の飲酒、喫煙を助長するものではありません。
今シリーズの扉画像は
yuu_intuition 氏に作成していただきました。熱く御礼申し上げます。
yuu_intuition 氏はInstagramに素晴らしい画像を投稿されております。
Instagramで@yuu_intuitionを検索して是非一度ご覧になってみてください。

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