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【創作小説】佐和商店怪異集め「ハロウィンの不思議な夜」

オレンジ色の夜、だった。

真っ暗な街に、満月の光と、何が源か分からないオレンジ色の光が照っている。
私は空から、そんな街を見下ろしていた。
空から?自分を見下ろせば、私は箒に跨って空に浮いている。魔女の格好で。私が魔女であることに、不思議と混乱しない。街の中心にあるタワーの上に、誰かが立っているのが見えた。
飛んで行って、でも少し離れたところから見上げる。その誰かは、広げた手の上に星を持っていて。一瞬煌めいて、星は五つに砕けた。
砕けた星の欠片たちは、街のあちこちへ散って行った。全てがあっという間の出来事。
タワーから何か落ちて来る。手を伸ばしてそれを取れば。それは、美しい金色の三日月だった。
「月?」
“真夜中の力を借りるのよ”
知らない声。
「誰?」
「ーー悪戯は、これからだよ」
また違う声がした、と思ったら、突風に吹かれて飛ばされた。私は月を抱いたまま、箒から落ちて。ゆっくりと夜空が遠ざかる。そしてーー

「ーーっ!?」
私・芽吹菫は跳ね起きた。
まだ早朝。起きるには早い。変な夢だった。もしかしたら、今日が街を上げてのハロウィンイベントの日だから、引きずられたのかな。今日はハロウィンだ。
でも、妙な胸騒ぎというか、嫌な予感というか、落ち着かない。また横になって、深呼吸する。今日もバイトだ。イベントに合わせてハロウィンのコスプレをする。それだけ。何もある訳ない。と、思いたかった。

朝から、街全体はそわそわしている。
歩いているだけで、あちこちのオレンジや紫色の様々な装飾が目につく。顔があるカボチャや、お化けのオブジェにもよく出くわす。駅前の広場では、コンサートのようなイベントが始まっている。賑やかだ。ここ白水市は、イベント事にとんでもなく力を入れる街だなと、つくづく感じた。今日のイベントも、明日の朝まで夜通し行われるし。駅の近くには、街で一番高い白水タワーという建物がある。そこも、ハロウィン一色だ。
つい、今朝見た夢を思い出す。
街が盛り上がって行くほど、不安な気持ちが膨らむ気がして溜息が出る。
私は気を取り直して、大学へ向かった。

「菫ちゃん超似合う!!」
「ありがとうございます」
大学終わりの午後、私は吉瑞さんの家に来た。榊さんも来ている。
今日、佐和商店のバイト時に仮装をするので、衣装に着替えに来たのだ。
私は魔女。暗い紫地に、赤いリボンが着いた魔女の帽子。同じ色の、少し丈が長いドレスみたいなワンピースに、ローブ。杖。とても分かりやすく魔女だった。
いつもポニーテールにしている髪も下ろして、紫色のピンをつける。胸元には、榊さんから貰った水晶のペンダント。
「写真撮ろうね!!」
「え。ええ、是非。吉瑞さんも撮りましょう。凄く似合ってます」
張り切る吉瑞さんは、既にキョンシーの格好をしている。元々モデル体型だし、似合ってるし、凄く綺麗。
「嬉しー!!ありがとう!!」
ふわりと、吉瑞さんに抱きしめられる。ちょっと和んだ。
「終わったぜ〜」
別の部屋で着替えを終えた榊さんが来た。
榊さんは吸血鬼。
黒いスーツみたいなパンツに、腕を捲った白いシャツ。胸元には赤いブローチみたいなものが付いたループタイ。裏地が赤い黒いマント。髪もオールバックにしていて、いつもと雰囲気が違う。コテコテの衣装なのに、榊さんが着ると様になっている。容姿が良いって凄いなあ……。
「どうした?」
じっと見ていたのを気付かれた。
「何を着ても様になるんだなあ、と思って」
言ったら、榊さんが笑い出す。
「すみちゃんも似合ってるぜ、魔女」
「ありがとうございます」
吉瑞さんにめちゃくちゃ写真を撮って貰った後、私と榊さんはお店に向かった。

街はいよいよ、ハロウィンムードだ。
思い思いの仮装をした人々が、薄暗くなって来た通りを歩いて行く。
「盛り上がってんな〜」
「そうですね」
榊さんが私を見る。
「どうしました?」
「浮かない声じゃん。こういうの気分乗らないタイプ?」
「いえ。イベントは好きですよ」
自分でも分かるくらい声が沈む。いけない。この期に及んで。
「何かあったか?」
「いえ、そういう訳じゃ……いや、その。夢見が悪くて」
隠してももう仕方ないと観念し、私は今朝見た夢の話をする。
「それだけなんですけど、妙に引っかかるというか。落ち着かなくて」
「ハロウィンは外国の祭りだが、盆みたいなもんだしな」
私は頷く。榊さんはのんびり笑った。
「仮装もしてるし、お化けが出たっていきなり襲われはしないだろ。ーー何かあったら直ぐ言えよ?」
「分かりました」
少し、肩の力が抜けた。

佐和商店は、思ったより何事もなかった。
榊さんの吸血鬼コスが凄すぎて取り巻きが出来たり(私は逃げた。列整理はやった)、閉店間際、店にいるお化けのすずちゃんに、お菓子を要求されたり、ハロウィンぽい喧騒だった。
倉庫の音も煩くなったし、トイレも勝手に水が流れたりで大変だったし。
あと、途中何回も、不機嫌な顔の榊さんに無理やりレジ交代させられたけど、あれは何だったんだろう?
聞いても、苦笑いしながら、すみちゃんも、今夜は特別ってことだよ、としか言われなかった。何かしたかな。
まあなんやかんやあったけど、無事に店は閉店した。

「ああ……疲れた」
「お疲れ様でした」
若干げっそりしてる榊さんを、今日ばかりは労う。店は閉めたけど、まだまだ街は賑やかだ。
「少し、駅前眺めてから吉瑞のとこ戻るか」
「そうですね」
もう深夜だけど、辺りはオレンジと紫のぼんやりとした明かりに照らされている。
少し駅に近付くと、白水タワーが見えた。何気無くそれを見上げた私は、目を見開く。
タワーのてっぺんに、何か、人影が見えた。既視感に襲われ、足が止まる。あの影は、何?
「すみちゃん?」
我に返って榊さんを見る。
「すみません」
タワーに目を戻すと、もう何の姿も無い。
私たちは駅前へ向かった。

駅前の広場では、特設ステージで劇が行われていた。ジャック・オ・ランタンの話。観客もほとんど仮装しているし、妙に雰囲気がある。遠巻きに見てたけど、ちょっと見入ってしまう。
「雰囲気あるじゃん」
私の耳元に口を寄せて、榊さんが囁く。私も頷いた。
ステージ上のジャックが、恭しく礼をする。若い男性のような見た目だけど、カボチャ頭で表情が読めない。
「今宵はハロウィンです!特別な魔法を、この街に。皆様せっかく素晴らしい仮装でおいでなのです。そのモンスターの力を手に、良き夢を」
劇中の台詞、だと思っていたのに。何だか妙だ。視界がぐにゃりとする。目眩じゃなくて、何かが変わってしまったような。
「ーーっ!?」
横で、どさりと音がする。
「榊さん!?」
榊さんが膝をついて俯いていた。
「何だ……?目眩が……」
ガタガタと、周りから似た音が立て続く。
見れば、観客が皆座り込んだり、頭を抱えている。
「何……?」
ざわつく会場に、ジャックの高笑いが響く。
一体、何が起きてるの……?
操者の居なくなったオレンジ色のスポットライトが、ジャックを乱暴に照らす。
その身体が、青白く発光している。私は真っ直ぐ彼を見た。立っている人は、気付けば誰も居ない。カボチャ頭が、私を見据えている。
本物の魔物。そう思った。
「おや。本物の魔女が誕生したようだ」
本物の魔女?
ジャックはふわりと浮き上がると、空を飛んで私の真ん前へ降りて来た。私の手を取ると、口付けするような仕草をする。力が強く、振り解けない。
「!」
「ハロウィンの夜はこれからさ」
ジャックの方へ引き寄せられそうになった時、横から伸びた手が、ジャックの手を払う。
「ーー魔女の相手は決まってんだ。他当たってくれ」
離れたジャックの手の代わりに、榊さんに手を取られ、背に隠される。
「おお、怖い吸血鬼だ。ーーまたね、可愛い魔女」
ジャックはまた飛び上がり、今度はパッと消えた。またね、って何。いやそれより。
「榊さん、大丈夫ですか?」
「すげー怠い……何だこれ……すみちゃんは大丈夫なのか?」
「今のところは……」
言いながら、周りが騒がしくなってきたのに気付いた。殺気みたいなものも感じる。
「榊さん、立てますか?ここ、離れましょう」
悲鳴があちこちから聞こえる。ゾンビだ!とか化け物だ!とかいう怒鳴り声、唸り声や狂気を感じる笑い声も。何かが破壊されてるみたいな大きい物音で、肩が震える。仮装の人がほとんどだから、正直みんながオバケやモンスターなんだけど。
私目掛けて何かが飛んで来たのを、榊さんがマントで弾いてくれた。
「ありがとうございます」
「よく分からんが逃げるか」
榊さんに手首を掴まれ、混乱した人波を縫うように会場を脱出した。
もしかすると、この会場には。普通の人間は、もうほとんどいないのかもしれない。

私と榊さんは結局、閉めたばかりの店に戻って来た。店内の電気は消して、中から鍵を掛ける。事務所内の電気だけ、少し点けた。何故か妙に、店内のお化けたちは今は静かだ。
「つまり。今俺は吸血鬼、すみちゃんは魔女になってるってことなのか?」
パイプ椅子に座る榊さんの顔色は悪い。いつもの健康的な色から、青白くなっている。
「多分……」
そんなことある?とは思っている。私は、所謂、魔法が使える魔女になったのだろうか。
「あのジャックがやったことなんだろうが……現実感ねぇな……」
「映画の主人公ってこんな気持ちなんでしょうね……」
榊さんはぐったりと俯いている。理由は、まあ……。
「……榊さん。血が飲みたいんじゃないですか?」
怠いのはきっと、空腹状態なんじゃないか。
「……すみちゃん」
睨むように私を見てくる榊さんを、私は真っ直ぐ見返す。
「通行人を見境なく襲う前に、私で手を打っておいた方が良いですよ」
「何言ってる」
榊さんの手が震え始めているのを、私は見逃してない。
「榊さんの力も必要なんですからね。……朝まで私一人になりたくないです」
これは本音。こんな訳分かんない状況でたった一人になったら、無事に朝を迎えられるか分からない。
「……分かった」
榊さんは観念したみたいに息を吐き出した。
「ーーこういう時、どこから吸うものなんですかね」
「どこからが良い?」
榊さんに問われ、少し考える。よく見るのは首だけど、吸いやすいイメージが無い。
「腕?」
献血も腕だし。
「分かった」
榊さんがやっと笑った。ホッとしつつ、私はローブを脱いで、左の袖を捲る。
床に座る私の左腕側に回り、榊さんも隣に座った。
「……かなり痛いと思うぞ、先に言っておくが」
だからと言って、止めますとは言えない。
「どこか強く掴んだりしたら、すみません」
「すみちゃんが頼もし過ぎて不安になるわ」
成りたての吸血鬼は、さっきよりはまともな声で言って笑う。
そのまま、榊さんは私の手首を少し持ち上げる。注射をされるところは見ない主義の私は、目を逸した。
「いただくぜ?」
直後。
二本の牙が、深々と腕に食い込んだ。
「ーーっ、う、!」
一瞬の熱さの後は、痛み。息が詰まる。
榊さんの手が背を撫でたり、優しく叩いてくれた。その手の暖かさで、やっと息を深く吸う。片手でしっかり掴まれて、左手はぴくりとも動かせない。触れた唇が血を吸う感覚が、何とも変な感じだ。
榊さんの方を一切見てないから分からなかったけど、手首を掴む力が一瞬強まった。
直後に、牙が更に深く沈んだ。腕貫通するんじゃないか。
「ーーっ、あっ!」
痛みで身体が跳ねる。泣きたくないのに涙が勝手に滲む。私の背を、大丈夫、と言うようにまた撫でてくれる榊さんの手が熱い。
「さ、かきさ、ん」
見ないでいた榊さんへ目を向ける。慈しむような綺麗な瞳が、私を見上げていた。宝石みたい。それこそ、映画のワンシーンみたいで、見惚れて息が止まる。榊さんの手が背を優しく叩く。息をするとまた痛んで、顔を逸して目を閉じる。やがて、動きが緩やかに止まった。牙が腕から抜ける。
「いっ、!」
抜く時も痛い。注射と同じなんだなと、どうでも良いことを考えてしまった。
ぐいと引き寄せられて、口元を拭う榊さんにもたれる。ちょっと放心してしまう。
「大丈夫ですか?榊さん……」
「ああ。身体が軽い」
「良かった……」
榊さんにパイプ椅子に座らされ、穴が空いた腕に包帯を巻いて貰った。
「ありがとうございます」
「こっちの台詞だ。……ありがとな」
榊さんが、目に残ってた涙を掬ってくれる。息を吐き出した。腕はまだ熱い。
でも、榊さんの顔色は少し戻っている。安心した。
「これ以上、無茶するなよ」
榊さんが、屈んで私を見上げて来る。不安そうな顔に、首を傾げた。
「してませんけど」
言えば、大袈裟な溜息をつかれた。なぜ。
「すみちゃん。元に戻るまで俺の側にいてくれ……一人にしないから。約束する」
そうしてくれるなら。
「分かりました。どうなるか分かりませんけど、元に戻るまで榊さんの側を離れません」
榊さんが安心したような顔で頷いた。
長い夜になりそうだな……。

「結局。モンスター町人たちから、いつまで隠れてればいいわけ?」
「いつまでなんでしょうね……」
何かあるまで椅子に座ってろ、と榊さんに怖い顔で言われたから、大人しくカウンター内でパイプ椅子に座っている。
榊さんは入口近くで外を見ていた。誰も来ないけど、白い布やほうきに乗った女性が空を飛んでるらしい。ハロウィンじゃん……。
「……マジで映画だな……」
呆然と見ている榊さんが、こんな時なのに面白い。自分も吸血鬼なのに。
笑って見てたけど、何かが近付いて来る感じがする。思わず立ち上がった。
「すみちゃん、」
瞬間移動みたいな速さで、榊さんが側に来てくれて。身体能力の変わりように、私の方が榊さんが吸血鬼になった実感をしてしまう。直後に真っ白な何かが、ドアをすり抜けて突っ込んで来る。
「助けてください!!!!」
「え、」
真っ白なシーツを被ったオバケだった。
ぐずっぐずに泣いている。
「どうした」
榊さんが聞く声を、半分しか聞けなかった。
私は魔女になって初めて、杖を手に取る。先端がまるで三日月みたいな形で、月の先から、星型の赤い石がぶら下がって揺れていた。背の半分くらいの長さの、金色の杖。
魔法って使えるの?頭にそんな疑問が浮かんだまま、私は店の入口へ杖の先端を突きつける。杖が輝いた。その杖から銀色の光が走って、ドアを突き破って来たミイラ男をふっ飛ばす。 
「ええー……出来ちゃった……」
「すみちゃん!」
榊さんが来てくれたけど、情報量が多すぎる。
ミイラ男は気絶してるのか、店の外、遠い場所に倒れて動かない。
「ありがとうございます!!」
シーツオバケにめちゃくちゃ感謝されたけど、訳が分からなかった。

「ジャックを狭間に帰さないと、街はこのまま戻らない?」
シーツオバケの言葉に、初めて目眩を覚える。
カウンター内に身を潜め、私たちは、ルートと名乗るシーツオバケの話を聞くことになった。
「この街のハロウィンが楽しそうなんで、狭間を抜け出して来て、悪戯でこんなことをしてるんです……」
「えげつねぇな」
「悪戯なんだ、これ……」
最早災厄レベルだと思う。
「ジャックは、天国と地獄の間にある、狭間、という場所を彷徨う存在です。狭間は、闇しかない退屈な場所なのですが。狭間の闇に戻りたくないジャックは、この街に六箇所、灯りを灯して闇を遠ざけようとしてます。その灯りを全て消して、夜の力で狭間の闇を喚べば、ジャックは狭間に戻るはずです」
私と榊さんは顔を見合わせる。夢の話でも良い気がして来た。
「それ、誰かやってるんだよね……?」
ルートは力無く首を横に振る。
「この街には今、人も、良き魔法使いもほとんど居ません。それに、ジャックはハロウィンの夜は力が強くなるので、厄介なのです……」
「あー……」
駅前の広場の様子を思い出し、何となく納得してしまう。
でも、そんな儀式みたいなこと、私たちで出来るとも思えない。闇を喚ぶって何?
「また何か近付いて来るな」
今度は榊さんが気が付いた。
「どんどん、感覚が鋭くなってる気がするぜ……」
顔を歪ませる榊さんの気持ちが、少し分かる気がする。
私たちは、店の外に出た。街路灯に付いてるスピーカーからは、ハロウィン用のお洒落な音楽が流れている。けど、ゾンビやらオオカミ男やらオバケやら、殺気まみれのおどろおどろしい一団が駅から向かってくるのが見えた。
「……飛んで逃げた方が良さそうですね」
「飛ぶ!?」
榊さんが目を剥く。私も言っておいて半信半疑だけど、やるしかない。
「飛んでる魔女がいるなら、私も出来るんじゃないですか」
私は、杖を横にする。杖は、心を読んだみたいに更に長くなった。私が乗っても大丈夫そう。
「すみちゃん、」
何か言いたげな榊さんを急かす。
「吸血鬼って飛べますよね?」
杖に跨がると、何故か榊さんも当然のように乗って来た。余裕はあるけど。そういうことじゃない。
「榊さん!?」
「飛べるかは、落ちたら考える」
「ちょっと!落ちたら困りますよ!」
「大丈夫大丈夫。すみちゃんと一緒なら落ちないだろ。行こうぜ」
肩を叩かれて、溜息が出る。飛ばすの私なのに……。
「ちゃんと掴まっててくださいよ。ーーそれっ」
普通に掛け声だけで、空へ飛び上がってしまった。信じられないことばかり起こる。
風に吹かれて、帽子を片手で押さえた。
榊さんの感嘆する声が、耳元で聞こえる。
見下ろす白水の街は、オレンジの明かりに包まれ、あちこちにモンスターやオバケたちがうろうろしていた。叫び声や悲鳴、楽しげな歌声なんかも聞こえる。和洋折衷、って感じで、怖いけど変な感じ。幻想的にも見える。モンスター化した人々以外にも、変なモノがいろいろ視えた。飛んでて正解かも……。
「今夜は面倒な夜だから、あんまあちこち見るな」
榊さんに囁かれ、頷く。ルートも隣を飛んでいた。
「あの。ルートは、灯りの六箇所は分かっているの……?」
「分かっています。実際に確認しようとして、途中でミイラ男に襲われてしまいました……」
「なんでルートがいろいろ知ってんだ?」
「私、狭間の番人のひとりでして。ジャックが私の仲間を唆して狭間を出てしまったので、追ってきたのです」
なるほど……。いや、分かったところで、って話だけど。
瞬間。私の真横を、何か光が過ぎ去った。
反射的に振り向くと、後ろに真っ黒な服とオーラの魔女がいる。向こうは箒に乗ってた。
「魔女……!?」
魔女は、ニヤリと嫌な笑いを浮かべる。捕まったらやばそう……。
「榊さん、掴まっててください!ルートは灯りの場所へ案内して!」
「おい!すみちゃん、まさか」
「どうせ逃げるなら、確かめます。誰かがやっててくれてるなら、それに越したことないですし」
榊さんが溜息をつくのが聞こえる。私だって、進んで行きたくはないけど。
ルートが先を飛ぶ。私は後を追った。
加速すると、魔女が追って来るのが気配で分かる。攻撃魔法だろう、いくつもの光が飛んで来た。私は全ての光を避け、ルートを目指して飛ぶ。景色が矢のように過ぎる。冷たく感じる風が痛い。榊さんの手に力が入る度、感覚を研ぎ澄ます。絶対みんな無事に着いてみせる。
「もう少しです!灯りの場所には、悪い魔は入れません」
「え?」
叫ぶルートが、前方を指差す。駅前の広場から南にある公園の噴水。
なだれ込むように、私たちは噴水の前に降り立つ。直ぐ杖を構えると、魔女は降り立つ前に火に包まれて消えてしまった。
「何だ、あれ……」
「灯り、って」
噴水を見れば、その中央に火が入ったランタンが浮いている。
「あれを消せば良いの……?」
「そうです」
「水で消えるのか?」
ルートは首を横に振る。何となく、そんな気がした。
「ーー夜の力」
口をついて、言葉が出た。
「すみちゃん、」
「そうですが、何故それを……?」
私は杖を構える。夜の力を借りないといけない。呼びかける呪文(ことば)はーー
「一夜(いちや)に力を与えられし月と星の杖 互いの光を糧とし主の力となれ!」
杖が金色の光を放つ。月が輝き、星が揺れる。まだーー
「夜よ!我・菫の力をもって誘(いざな)う 愚者(フール)の灯りを その身の果てへ消せ!」
杖を高く掲げる。空から、真っ黒な何かーー夜ーーが杖へ吸い込まれたと思ったら、杖からまた夜が溢れ、ランタンの火を包む。闇なのかもしれないけど、それは夜に思えた。火は夜に吸い込まれて消えた。カラン、と空っぽのランタンが落ちる。残ったのは、私たち三人と、静かな公園。灯りを消した夜は、溶けるように消えていた。何か、キラキラしたものが、私の手に降りて来る。
銀色の、ひし形みたいな石。手のひらサイズ。
榊さんとルートが、私を見ている。私も顔を上げ、ただ二人を見た。
「せ、成功ですー!!!!貴女はやはり、良き魔法使いなんですね!!」
ルートが浮き上がって喜ぶ。
「あの、」
目眩がする。ふらついた身体を、榊さんに抱き止められた。
「……仕方ねぇな」
困ったような顔で笑う榊さんを見て、何故かホッとする。
「ありがとうございます。……これ、あと五箇所もあるんですよね……」
「おい……全部すみちゃんが消すとか言わないよな」
ルートは困ったようにくるくる回っている。
「私としては、お願いしたいのですが……」
「すみちゃんは、血奪われて、空飛んで、魔法使ってんだぞ、この短時間で」
内容が濃過ぎて笑いそうになる。
「ハロウィンですね……」
「あのなぁ、」
榊さんが呆れた顔で私を見た。私も、どうかしてるとは思ってる。
「ルート、これは何?」
私は、さっき手に入れた石をルートに見せる。
ルートは目を丸くした。
「さて。何でしょうか。私にも分からないです。ただーー」
言いながら、私の杖を見る。
「その杖、狭間にあった杖です」
「えっ?」
私と榊さんで、揃って声を出してしまった。
杖を改めて見る。だってこれは、
「今日、吉瑞さんに初めて借りた杖ですよ」
「何でだよ……」
顔を見合わせた榊さんは、げんなりしてた。
「この杖は何?」
「先程やってらしたように、夜の力を扱える杖です。狭間においての宝物です。呪文などは口伝だそうで、知る者は少ないはず。何故ご存知なのです?」
聞かれても……。
「何となくでやったので、分かりません……」
「宝物の管理どうなってんだよ……」
謎がどんどん増えて行く。頭が痛い。
「……残りの灯り、さっさと消しに行きましょうか」
この杖があれば、多分出来るんだろう。
「……納得いかねぇ」
榊さんは不満そうだったけど、結局回ることになった。

モンスターに何度も襲われながらも、何とか五箇所目まで灯りを消した。疲れてきた。流石に。
「最後の場所は?」
「あのタワーのてっぺんです」
ルートが示す先は、白水タワー。私は、杖に跨って空に浮きながら、それを見上げた。今朝見た夢を思い出す。
「すみちゃん。こっち向け」
「へ?」
「口も開けろ」
後ろにいる榊さんの言う通りにしたら、小さい何かを口に入れられた。甘く溶ける、イチゴ味。
「ラムネ?」
「ハロウィンだからな」
「ありがとうございます」
甘さが、疲れた身に沁みた。少しホッとする。
「これぐらいしないと、やってられないだろ?」
それはそうかもしれない。
「……美味しかったです」
ポンと、榊さんに帽子の上から頭を撫でられた。
「さっさと終わらせて帰ろうぜ」
「そうですね」
ルートを先頭に、タワーのてっぺんに、正確には屋上に、着いた。降り立つと、声が響く。
「待っていたよ」
私たちと対峙するように、ジャックがいた。
その前に、オレンジの灯りが灯るランタンが浮いている。今までのランタンより、かなり大きい。人一人入れそうな。街の夜景を背に浮いている彼を見ていても、やっぱり現実感が無い。
「狭間は退屈だけど、ハロウィンは特別。僕の力も強くなるし」
「ここまで大した妨害もしなかったのは、何でだ?」
榊さんが尋ねる。狭間に戻りたく無いなら、もっと邪魔してきても良かったはずなのに。
「あくせく働くの、好きじゃないんだよね」
何とも気の抜ける答えだった。
ふわりと、ジャックは両手を上げる。
影の中から、無数の黒いモノが立ち上って来た。シーツオバケのシルエットみたいな、でも怖い顔が付いている。
パチン、と、ジャックは指を鳴らす。
一斉に、シルエットオバケたちが向かって来る。
榊さんに横抱きに抱えられ、空に逃げる。榊さん、やっぱり飛べるんじゃん……!
だけど、オバケたちも飛べるから、追って来る。榊さんの腕の中で、杖を翳す。
杖から放たれた光で、一瞬オバケたちが消える。でも、ジャックはまたオバケたちを生み出して、飛ばしてきた。キリが無い。それに、
「ランタンに近付けねぇな……」
「まだ何かありそうですしね……」
ジャックは楽しそうに笑う。
「ハロウィンはやっぱり楽しいな!」
純粋に、ハロウィンが好きなんだろうな。楽しみ方は賛成出来ないけど。
榊さんにオバケがぶつかり、揃って落ちる。私が出した風の魔法が間に合って、何とか無傷だった。
「サンキュー、すみちゃん」
「大丈夫ですか?」
無茶するな、って言っておいて、私を庇いながら落ちるのやめてほしい。
「それ!!」
ジャックの掛け声で、オバケたちが、榊さんを埋め尽くしていく。
「榊さん!」
光でオバケたちを消すと、倒れた榊さんが現れる。急いで抱き起こすと、気を失っているみたいだった。側でおろおろしているルートに、声を掛ける。
「ルート、榊さんを」
「ランタンを消してみるかい?」
挑発的なジャックの声に、私は杖を構える。
けど、呪文を唱えても何も起きない。灯りが消せない。
「楽しいなあ。どうする?魔女。また灯りを灯せば、僕は困らないから、いいよ」
このままでも、とジャックは楽しげに笑う。
ルートを見ても、泣きそうな顔で首を横に振るだけ。
頭が真っ白になる。どうしたら良い?
今までは、夜の力を借りてた。ランタンを見る。今までのやり方じゃ、最後の灯りは消えない。視線を落とすと、水晶のペンダントが飛び込んでくる。
そういえば。
私は、今までに灯りを消した時に手に入れた石を取り出す。淡く銀色に光っている。杖も呼応するように光っていて。
「星?」
杖の揺れる星が、チカチカと光を点滅させている。私はただ、身体が動くままにやってみることにした。今朝見た夢を思い出す。あの時散った欠片は、もしかして。
ジャックの様子が、少し変わる。
石を、自分の前に散らすように広げた。
石は落ちずに、私の前で浮かぶ。杖を構える。
「愚者(フール)の灯りの源として眠る星の欠片よ 目覚めて我が杖に還れ」
石が全て、杖へ飛んで来る。星が石を吸い込み、銀色に変わる。その杖を、高く掲げる。
「月と星の杖よ 我・菫の力をもって誘う 元の姿と真実の力を現せ!」
杖が輝く。その姿が変わった。
杖の先端には、手のひらを広げたより少し大きい透明な球体。その中いっぱいの大きさで、金の三日月と銀の星が煌めいている。まるでスノードームみたい。杖自体の長さも、今までの倍くらいになっている。
「それは……!」
ジャックの声音に、焦りが見えた。構わず杖を掲げる。
「夜よ! 我・菫と狭間の杖の力をもって誘う 愚者の灯りをその身の果てへ消せ!」
夜が、杖に降りてきた。今までの五個と同じようにその灯りを消す。
ガラン、と最後のランタンが落ちる。
しん、と場が静まり返った。どこか遠くから、街に流れる音楽が聞こえる。
「……驚いたなあ」
静かに、でもやっぱり楽しそうにジャックが言う。
「僕は狭間の杖の星を、灯りの力にするだけで精一杯だったのに。僕に扱い切れなかった杖を使えるのは予想外だけど、それも楽しいね」
ジャックは指を鳴らす。また、オバケたちが湧いてくる。
あ、と思う間に、私の前へ立った人影がオバケを薙ぎ払う。
「……榊さん!?」
金色の日本刀を手に立っていたのは、榊さんだった。この刀、私があげたキーホルダーだ……。
「……使えると思ってなかったぜ……」
振り向いて、苦笑いを浮かべている。
「大丈夫か、すみちゃん」
「はい。榊さんも大丈夫ですか?」
「おう」
ルートも側へ来ている。この後どうするんだっけ?
「夜の力で、狭間の闇を喚んでください!」
そうだ。杖を構え直した時、ジャックも落ちたランタンをまた浮かび上がらせていた。
また、ランタンに灯りが灯る。
「夜も明けてないのに、まだ帰りたくないからね」
私も杖を掲げる。
「夜よ! 我・菫の力をもって誘う 愚者の在る狭間の闇を 今ここへ喚び出せ!」
杖が光る。ランタンがあった場所に、灰色の巨大な扉が現れた。
「成りたての魔女には負けないよ」
ランタンの灯りが、急激に広がってこっちへ向かって来る。押し切られたら負ける。そう思った。扉が開く。何もかもを呑み込みそうな闇が溢れて来る。杖を、両手を使って掲げる。ジャックの魔力が押して来るのが分かって、私も負けじと押し返す。拮抗して、強く出られない。オレンジの灯りと、真っ黒な闇がぶつかる。
左腕がまた熱くなる。冷や汗が出て、目を強く瞑った。身体が浮きそうになった時、杖に掛かる手が後ろから増えた。
「!?」
振り仰いだら、いつもの調子で笑っている榊さんがいる。
「ーー約束しただろ?すみちゃんを一人にしない、って」
こんな時に、榊さんは店にいる時みたいな緊張感のない笑い声を上げる。私もつられて、少し笑ってしまった。
「力を貸してください、榊さん」
「もちろん」
もう夜明けは近い。突然、夢の中の声が蘇る。 
「真夜中の力を借りる……」
「すみちゃん?」
初めから知ってたみたいに、呪文が浮かんで来た。私は、全てを込めて叫んだ。
「ハロウィンの愚者を 狭間の闇へ連れ戻せ! 真夜中(ミッドナイト)!!」
杖が一際強く輝いた。杖から溢れた光が、爆発する。闇か、夜か。それは、灯りを飲み込んで行く。衝撃が襲って来る。私の手の上から、榊さんが手を重ねて強く握った。私をこの場に、留めてくれる。ジャックも呑み込んだ闇は、扉の向こうへ戻って行く。
「ちぇ、残念。楽しかったよ、一夜限りの可愛い魔女」
声だけが聞こえる。後は、ゆっくりと扉が閉まって、消えた。

「本当に、ありがとうございました」
ルートに、ぺこりと頭を下げられる。
あの後、みんなで駅前広場まで戻って来た。誰も居ない。
「何か……あんまり実感は無いけど」
「最後に、街の回復をお願いします。直にジャックの魔法は解けますが、街まで戻せません。私には、杖を使えないので」
「最後まで納得いかねぇな……すみちゃんにばっかり押し付けて……」
榊さんが不機嫌な顔になるけど、ルートが泣きそうな顔になったから宥めた。
杖を持ち直し、ようやく慣れて来た、でももう最後の動きをする。
「夜よ! 我・菫の力をもって誘う 愚者の行いにより荒れし街を 元の姿へ戻せ!」
杖から空へ、光が広がった。キラキラとした細かい光が街に降り注ぐ。壊れた場所が直って行く。私は降って来る光を、ただ見上げた。夜が明けようとしてる。
手の中で、杖の長さが最初に手にした時のそれに戻っていた。もう魔法は使えない。直感で分かった。
「人間に戻った」
そう言う榊さんを見れば、牙も無く、顔色も良い。
「良かった……」
「俺が吸血鬼じゃ、飯にされちまうもんな」
「吸血鬼でも榊さんは榊さんですけど、やっぱり辛そうですし。それに、吸血してる時の榊さん綺麗なんで、心臓に悪いです」
榊さんは無言で顔を逸らす。
「榊さん?」
「急にそういうことを言うんじゃない……」
何が?何で?
耳が赤い榊さんを見ながら首を傾げていると、ルートがくすくすと笑い出す。
「杖は、私が責任持ってお預かりします」
「お願いします」
ルートに杖を返す。
「管理しっかりしとけよ」
榊さんに言われて、ルートは苦笑いと共に頷く。
「ありがとうございました。お元気で」
ルートの姿が掻き消えた。

余韻を感じる間もなく、広場にまた人の足が戻って来た。皆、一様に不思議そうな顔をしている。
変化していた間の記憶が無いのかもしれない。
いつの間にか光は消えてて、空が白んできている。朝。朝なんだ。今になって、急にふらついた。榊さんが、また抱き止めてくれる。
「終わったな」
言いながら、横抱きにされる。抵抗したけど、離してくれない。
「あの、歩けます」
「ダメだ。ーー俺、今回血貰っただけで、何もしてないしな」
「何言ってるんです!?たくさん助けてくれたじゃないですか!」
抗議したら、優しい目で見下された。ちょっとドキッとする。
「もしそうなら。俺も嬉しい」
「……何でこういう時は素直なんですか」
「何だよーつれないこと言うなってー」
いつもの調子で言うから、少し笑ってしまう。
そうだ。
「約束、守ってくれてありがとうございます」
「すみちゃんもな」
私たちは顔を見合わせて、ひとしきり笑った。

長いハロウィンの一夜が終わる。
お店の無事を確認して吉瑞さんの家に戻ったから、その間ずっと、もう少しだけな、って抱えられててめちゃくちゃ恥ずかしかった。

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