読書感想文 原田ひ香「ランチ酒」
犬森祥子の職業は「見守り屋」
深夜から早朝にかけて、依頼を受けた対象を見守る仕事だ。見守る対象は、熱を出した子供、老犬、妻に先立たれた男性、認知症を患った女性など、様々だ。
仕事柄、昼夜逆転した生活を送っている祥子にとって、ランチが一日の最後の食事となる。見守りの仕事をした後にガッツリしたランチと、それに合う酒で一日を〆るのが祥子のスタイルだ。
その祥子のランチの描写がとても良い。肉や魚をメインにした、ガッツリ系のメニューなのだけど、風邪をひいた時に食べる卵粥のごとく心に沁みた。
ここのところ、暗めでどんでん返しのある小説を続けて読んでいたためだろうか、無意識のうちに張り詰めた心を優しくほぐされるような感覚になった。
ミステリーは好きな方だし、寧ろミステリーを読む時は驚きの展開や、「やられた!」とか「騙された!」と思うような展開を期待して読んでいる。
でも、そうした小説を続けて読んだ後だけに緊張することも、身構えることもなく読める本作にじんわりと心が癒される思いがした。
きっと、今この作品を読むのにベストなタイミングで読めたから、こんなにも沁みたのだと思う。
祥子が見守り屋の仕事で出会う様々な人やランチを描く連作集形式で、一話一話が短くて読みやすいのもよかったのかもしれない。
また、本作はただおいしい料理と酒にほっこりするだけの作品ではない。
祥子に見守りを依頼する人々は皆それぞれに事情を抱えていて、でもそれを誰かに打ち明けられなかったり、気軽に頼れる人がいないという人が多い。
祥子はそんな彼らに、仕事という枠に収まる範囲でそっと寄り添う。あくまで深入りはしない。それでも滲み出る切なさが、ランチの美味しさを際立たせているように思う。
そして祥子自身も事情を抱えている。
バツ一で、元夫が娘を引き取ってから、祥子は独りで暮らしており、娘とは月に一回のペースで面会している。
夫と暮らせば娘は経済的に困らないし、同居している夫の両親も娘を可愛がっている。娘のことを思えば、これでよかったのだと理性では分かっていても、言葉で言い表せないモヤモヤを祥子は抱えていた。
元夫に対しても「最初から、感じがよい、以上の」感情があったのだけど、そのことをちゃんと伝えないまま来てしまった。お互いの気持ちを話して、向き合えるような関係性だったらまた違ったのかもしれない。
でも、そんな関係性を築く前に、妊娠、結婚、出産、同居、そして離婚と、目まぐるしく状況が変わっていった。それに伴って元夫に向ける感情も変わっていった。
割り切れない思いを持ったままだった祥子の心境に変化が訪れる出来事があった。
そのことを機に祥子は地に足をつけて生きていくべく、自分のこれからを考えるようになる。
自分が思い描く「これから」に向かって歩む活力を得るために、今日も祥子は美味しいランチを食べ、酒を飲む。
読んでいて、「明日も頑張ろう」と思える一冊。
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