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読書感想文 織守きょうや「花束は毒」

法学部に在籍する木瀬芳樹は、中学時代に家庭教師として世話になった真壁研一が、結婚を前にして「結婚をやめろ」という内容の脅迫状を送られていることを知る。 木瀬は探偵を雇って調査してもらうことを真壁に勧め、真壁も一度は前向きだったが、なぜか途中で尻込みしてしまう。 そこで、木瀬は真壁に実害が及ぶ前にと、自分で探偵事務所に脅迫状の差出人を突き止めてほしいと依頼する。調査を担当することになったのは、木瀬の中学時代、同じ学校に通う従兄に対するひどい虐めをやめさせてくれた先輩・北見理

    • 読書感想文 川瀬七緒「法医昆虫学捜査官」

      放火されたアパートの一室から発見された焼死体の体内に大量のウジが湧いていた。警視庁はこの謎を解明すべく、日本で初めてとなる法医昆虫学の導入を決める。 起用されたのは大学の准教授をしている昆虫学者・赤堀涼子。 殆どの捜査員が素人が捜査に加わることに反発していた。しかし、現場に赤堀と同行することになった刑事・岩楯は、研究室にこもって理屈をこねくり回すのではなく、自ら現場に出て証拠を集め、そこから読み取れることから仮説を立て、一つずつつぶしていく赤堀の姿勢に次第にシンパシーや信

      • 読書感想文 丸山正樹「デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士」

        訳あって警察事務の仕事を辞めて職探しの最中の荒井尚人は、唯一の特技である手話を活かして手話通訳士の資格を取得する。 実は荒井はCODA(コーダ:Children of Deaf Adults ろう者の親の子ども)で、かなりのレベルで手話を使えるのだ。 実直な仕事ぶりが評価され、通訳士としての仕事が増えてきたある日、荒井は知る。ろう児施設「海馬(うみうま)の家」の理事長である能見和彦が殺害され、門奈哲郎という人物がその参考人になっていることを。 実は17年前、荒井がまだ警

        • 読書感想文 澤田瞳子「火定」

          奈良に都があった天平時代、遣新羅使が日本に持ち込んだ裳瘡(もがさ:天然痘)が大流行していた。 高熱が続いた後、全身が疱疹に覆われ、やがて死に至るこの病の前には貧富も貴賤も関係なかった。凄まじい勢いで広がる疫病を避けるため、貴族や役人、医者までもが都の外に逃げ出した。 それが出来ずに罹患した者は、貧民の治療に当たるために建てられた施設「施薬院」に運び込まれた。 とはいえ、裳瘡の根本的な治療法はなく、解熱剤を飲ませるなどの対症療法をするだけで精一杯。その上、常駐する医師は町

        読書感想文 織守きょうや「花束は毒」

          読書感想文 若菜晃子「東京甘味食堂」

          都内のあちこちにある甘味食堂を著者が巡るエッセイ集。誰もが知る有名店から地域の人々に親しまれている店まで、様々な店が登場する。 東京というと、慌ただしい大都会というイメージがあるけれど、著者が訪れる店は基本的にゆったりとした穏やかな時間が流れているように感じる。 同じメニューでも、店によって作り方が異なっていて、それを生み出す店の人間のこだわりや人柄、店主とお客のやりとり、その店がある地域の文化や歴史などといった要素が渾然一体となって、その店独特の雰囲気や趣を作り上げてい

          読書感想文 若菜晃子「東京甘味食堂」

          読書感想文 今邑彩「そして誰もいなくなる」

          名門女子校である天川学園の開校百周年記念式典で上演された演劇部によるアガサ・クリスティ作「そして誰もいなくなった」の舞台で最初の犠牲者役の生徒が本当に毒を飲んで死んだ。 その後、演劇部の生徒が次々と「そして誰もいなくなった」をなぞるようにして殺されていく。勿論生徒側も警戒はしているのだけど、それを掻い潜って凶行は重ねられていく。 その上、被害者となった生徒たちの自宅に、彼女たちの過去の罪を告発する手紙が届く。 犯人の狙いは何なのか? 演劇部の部長を務める江島小雪は事件

          読書感想文 今邑彩「そして誰もいなくなる」

          読書感想文 大崎梢「スノーフレーク」

          函館の高校に通い、東京の大学への進学が決まっている桜井真乃には、忘れられない幼馴染がいた。遠藤速人という真乃と同い年のその少年は、小学六年生の時に亡くなってしまった。 速人の両親、祖母、速人の妹、そして速人自身と、一家全員で車で海に飛び込んだのだ。しかし、引き上げられた車からは速人だけ遺体が見つからなかった。警察は、会社の経営不振による多額の負債を苦にした速人の父による無理心中として事件を処理した。 六年の歳月が経った今も、真乃は速人のことを思い続けていた。そんな真乃の前

          読書感想文 大崎梢「スノーフレーク」

          読書感想文 大門剛明「雪冤」

          15年前の京都で、長尾靖之という男子学生と沢井恵美という19歳の女性が殺され、犯人として八木沼慎一という学生が逮捕された。慎一は最高裁で死刑判決を下されるが、本人は無罪を訴えている。 慎一の父で元弁護士の悦史は息子の無実を信じ、それを証明するために一人で活動を続けていた。しかし、慎一はそんな父との面会を頑なに拒んでいた。そして、自らの無実を訴える手記を弁護士に渡す。 その直後、恵美の妹・菜摘と悦史の元に真犯人を名乗る「メロス」という人物から電話がかかってくる。メロスは菜摘

          読書感想文 大門剛明「雪冤」

          読書感想文 原田ひ香「古本食堂」

          帯広で介護ヘルパーとして働いていた鷹島珊瑚は、神田神保町で小さな古書店を経営していた兄・慈郎が急死し、兄の店と店が入っているビルを相続することになり、上京する。 珊瑚の親戚で、国文科の大学院生で、慈郎の店に時々顔を出していた美希喜を始めとする周囲の人間の手助けを得て、珊瑚は素人ながら何とか店を開いていた。 珊瑚は店を訪れる悩める客の話に耳を傾け、彼らにぴったりな本を勧め、神保町にある店の美味しい料理で心をほぐしていく。 私にとって神保町といえば「本の街」というイメージが

          読書感想文 原田ひ香「古本食堂」

          読書感想文 今野敏「二重標的(ダブルターゲット) 東京ベイエリア分署 新装版」

          安積警部補が係長を務める東京湾臨海署は通称「湾岸分署」、もしくは「ベイエリア分署」だ。歴とした警察署なのだけど、あまりにも規模が小さいために「分署」と呼ばれているのである。 そんなベイエリア分署に事件の知らせが入る。ライブハウス「エチュード」で30代の女性が毒殺されたというのだ。捜査本部が設置され、無差別殺人と被害者を狙った計画殺人の両面で捜査を進めることになる。 現場となった店の主な客層は10代から20代前半であり、被害者は明らかに浮いていた。なぜ被害者は場違いな店にい

          読書感想文 今野敏「二重標的(ダブルターゲット) 東京ベイエリア分署 新装版」

          読書感想文 林真理子「本を読む女」

          大正4年に現在の山梨県の田舎に生まれた小川万亀は読書が好きな普通の少女。実家は駅近くに店を構える菓子屋「小川屋」で、万亀はそこの四女だ。 万亀が幼い頃に父が亡くなってからというもの、店を取り仕切ってきた母は、「女が学校に通うなどとんでもない」という祖母の反対を押し切って、万亀を含む娘たちを学校に通わせてくれた。 とはいえ、別に娘たちの将来を案じてのことではなく、一種の見栄のためなのだけれど。だから娘たちが何を学んでいるのか、何を学びたいのか、関心がない。 そして万亀は「

          読書感想文 林真理子「本を読む女」

          読書感想文 原田ひ香「ランチ酒」

          犬森祥子の職業は「見守り屋」 深夜から早朝にかけて、依頼を受けた対象を見守る仕事だ。見守る対象は、熱を出した子供、老犬、妻に先立たれた男性、認知症を患った女性など、様々だ。 仕事柄、昼夜逆転した生活を送っている祥子にとって、ランチが一日の最後の食事となる。見守りの仕事をした後にガッツリしたランチと、それに合う酒で一日を〆るのが祥子のスタイルだ。 その祥子のランチの描写がとても良い。肉や魚をメインにした、ガッツリ系のメニューなのだけど、風邪をひいた時に食べる卵粥のごとく心に

          読書感想文 原田ひ香「ランチ酒」

          読書感想文 今邑彩「金雀枝荘の殺人」

          大地主・田宮弥三郎が武蔵野に建てた西洋風の館「金雀枝(えにしだ)荘」ではかつて二度に渡って惨劇が起きていた。 一度目は70年近く前に当時の金雀枝荘の管理人が妻子を殺害した後、自らも命を絶った無理心中事件。 二度目は昨年のクリスマスの頃、新たな管理人と弥三郎の5人の曾孫が死んだ事件。 どちらの事件も館の全ての出入り口の鍵が内側からかけられていた上に、一階の窓枠には釘が打たれており、完全な密室だった。 その上、昨年の事件は状況から見て、当時館にいた6人がお互いを順番に殺し

          読書感想文 今邑彩「金雀枝荘の殺人」

          読書感想文 織守きょうや「少女は鳥籠で眠らない」

          とある法律事務所の新人弁護士・木村龍一が語り手を務める連作集。「依頼人のために動く」という使命感を持つ木村の前に様々な依頼人が現れる。 年齢も職業も置かれている立場も異なる依頼人たちに共通するのは、自分が手にしたいものを手にするためなら、守りたいものを守るためなら、他の何を犠牲にしても、全てを失っても構わないという強い覚悟だ。 それが例え社会通念上正しくなくとも、世間的に受け入れられなくとも、倫理的に認められなくとも、自らの目的を達成するためなら全てを抛つことも厭わない。

          読書感想文 織守きょうや「少女は鳥籠で眠らない」

          読書感想文 半村良「かかし長屋」

          江戸、浅草の三好町にある通称「かかし長屋」の住人たちを描いた群像劇。 かかし長屋は証源寺の先代和尚・経専が檀家から資金を調達して建てた長屋だ。住人は縁あって経専と知り合った極貧の者たちで、経専は彼らに「日常身辺の汚れに気を使い、貧者であることに甘えるなかれ」と説いた。 最初は住まいをくれた相手だからと従っていた住人たちは、いつしか自然とボロの衣服を着ていても清潔に保って過ごすようになり、それは規則正しい生活をすることに繋がっていた。 経専亡き後、かかし長屋の住人たちを見

          読書感想文 半村良「かかし長屋」

          読書感想文 新井見枝香「本屋の新井」

          書店員である著者が、出版業界唯一の専門紙「新文化」をまとめたもの。書店員として過ごす日々の中で遭遇する出来事などを著者独特の軽い感じの文体で綴っている。 「はじめに」で著者は次のように述べている。 確かに本作を読んだ限りでは、著者は「業界を変えてやる」という使命感も、「出版不況の中でも頑張る」という悲壮感も持っていないように見える。 とあるように、ただ書店員としての仕事をこなし、その上で、自分が好きな本や売りたい本をどうやって売るかを考えているように思える。ときに芥川賞

          読書感想文 新井見枝香「本屋の新井」