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「豚の王」 - 日常から生まれる毒の末路を昏く鮮やかに描く狂気の物語

★★★★+

キム・ドンウクのドラマ、くらいの気持ちで観始めたのですが(気軽すぎた)、序盤から想像よりだいぶ重たいぞとなり、そういえば「豚の王」って前になんかあったなと思ったら話題になった韓国アニメでしたね。アニメを手掛けたのは他でもない「新感染」「地獄が呼んでいる」のヨン・サンホ監督。カンヌにも出品されたこの長編アニメをドラマ化したのが本作とのこと。アニメ版とはだいぶ違うストーリーラインなのだと思いますが、世界観は活かされているのか基本的に辛い、暗い、想像以上に救いがない(笑)。ですがそんな物語を支えて余りある見ごたえたっぷりな俳優陣の演技ふくめ、充分に面白かったです。

とある事件現場で女性の遺体の側に残されていた謎のメッセージ。発見した刑事ジナ(チョ・ジョンアン)は、それが自分の後輩刑事であるジョンソク(キム・ソンギュ)に向けたことだと悟ります。そしてメッセージを書いたのは亡くなっていた女性・ミンジュの夫であるギョンミン(キム・ドンウク)。知らされたジョンソクはギョンミンとは中学の同級生だが長らく連絡は取っていないと話します。

ミンジュは解剖の結果、自殺と断定されます。ジナとジョンソクはギョンミンが通っていた精神科医のもとへ。タクシー会社のCEOとして成功した人生を歩み、妻と幸せに暮らしていたように見えたギョンミンは実は過去のトラウマを抱え苦しみながら生きていたのです。そしてそのギョンミンのトラウマはジョンソクにも深く関わるものでした。行方をくらまし恐ろしい計画へ足を踏み出していくギョンミンと、それを止めなければと動き始めるジョンソク。まだ夜の霧の中を進んでいくようにあらゆることが不明瞭な中、事件はじわじわと進んでいきます。

油断しているとなかなかに残酷なシーンが出てきて「フワッ」となったりもするのですが、その残酷さには理由があります。なぜギョンミンがそんなことをするのか、観ていくうちに心臓を握られるような痛みが伝わってきて、ギョンミンの側に気持ちが傾いていってしまいました。向かい合うジョンソクの苦しみもまた息苦しいものがあります。

最近の韓国は有名人のかつての校内暴力の暴露話がよくニュースになりますが、それらの真偽はともかく校内暴力の問題は本当に深刻なのだと思わされる、真に迫る状況がドラマの中で繰り広げられます。日本だと「いじめ」という言葉を使うためかその悍ましさが曲がって伝わる気がするのですが、間違いなく暴力であり、人の心に絶対に消えることのない傷も残す行為。そしてその傷がずっと後を引いて、長い時を経て人知れず膿んでしまった末の出来事がこのドラマでは描かれています。傷をつけた側の人間は、大抵たいしたことをしたとは思っていないのです。報復自体はしてはいけないことであっても、報復を望む気持ちに強烈に共感してしまう登場人物たちの深くて暗い迷路のような心情表現が見事です。

恋愛ドラマで落ち着いた大人の男を演じれば一級品のかっこよさを見せるキム・ドンウクですが、彼の雰囲気が感じさせる静かな海は、ここでは内に底なしの闇を飲み込んでいる真夜中の海。心を無くしたのではなく、生きてすらいないような瞳の奥に、誰よりも烈しい憎悪を滲ませる姿がさすが。一方でキム・ソンギュがまた、物語が進むにつれてその存在の意味がどんどん色合いを変えていくジョンソクを巧みに見せていて、その不確かさが迷路のように観ている側を惑わせていくのです。ふたりの現在に説得力を生む高校時代を演じる少年たちの演技もまた印象的でした。

同時期に始まった「明日」の最初のエピソードもまた過去の校内暴力で受けたトラウマを扱っていましたが、見ていてどうしても気が沈むものではあります。とは言えそうやって受ける嫌悪感から感じ取るものがあるのも事実。そしてその人間の暗部からここまで展開させるこのドラマに底力を感じました。もちろん単純な復讐劇ではありません。思春期の集団が持つ独特の毒、澱のように溜まった悪意が人をどのように変質さえていくのか。普通の少年だったはずが、ねじれを重ねていつしか辿り着く地獄の話です。

この手の陰鬱な作品が最終盤に迎えがちな、オープンな殴り合いみたいな展開が個人的には好きで、希望のない末路であったとしても解放の光が差すような、業火の中を歩く時間がようやく終わりを迎えるような、最終話のその瞬間を感じるために観てきたような11話。物語自体に救いはないかもしれません。ですが幕の引き方は何かを取り戻すようでもあり、キム・ソンギュが最後に見せる表情があまりにも意味深く忘れられません。この物語が存在することでずしりと残る余韻は噛み締め甲斐のあるものでした。


▼参考までにアニメ版(いや声優オ・ジョンセなん)


▼その他、ドラマの観賞録まとめはこちら。

喜怒哀楽ドラマ沼暮らし

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