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「D.P.2 -脱走兵追跡官-」 - 闇を抜けたとき、「まだ始まってもいない」と言える

★★★★★+

ひさしぶりに完全に没入して一晩で観てしまいました。シーズン1もかなり面白かったのですが、シーズン2を経て本当に好きな作品になった感。兵役という日本にはない制度が舞台となっていますが、ストーリーの根幹となる過酷ないじめや差別、その被害を受けた人々のエピソードはどれも普遍的で強烈な胸の痛みを呼びます。そしてそれでも逃げることができないのが韓国の兵役なのだと考えたとき、韓国においてそれを取り上げたドラマが制作される意味についても思いを巡らせることになりました。またとにかく隅々に至るまで役者が良い。クセの強い助演陣の中にあってむしろ真っさらで特徴なくすら見える主人公のチョン・ヘインですが、彼の醸し出すその普通さこそがドラマのリアルを支え他の出演者たちの色合いを濃く鮮やかに見せています。

物語はシーズン1のエンディングから繋がる形で始まります。脱走兵を追跡する兵士である通称「D.P.(Deserter Pursuit)」に任命されたアン・ジュノ(チョン・ヘイン)と彼の先輩でバディとなるハン・ホヨル(ク・ギョファン)。次々と脱走兵を捕まえていった彼らですが、あるときジュノにとって優しい先輩だったソクポン(チョ・ヒョンチョル)が脱走します。あまりにもひどいいじめを受けていた彼が加害者である兵長のジャンス(シン・スンホ)を拉致し殺そうとする中、ジュノたちはソクポンに追いすがり必死の説得を試みます。 しかし最後には自らに銃口を向けて撃ち放つソクポン。

それだけの事件が起こっても変わりなく過ぎようとする軍隊の日々でしたが、ある日ソクポンと仲のよかったキム・ルリ(ムン・サンフン)が隊内で銃の乱射事件を起こし多数の死傷者を出しながら逃走します。ルリもまたソクポン同様に耐え難いいじめを受けてきたのでした。ルリを追うことになるD.P.。ソクポンの事件以来入院していたホヨルですが、ソクポンを追っていたときにルリがいじめられている現場も目撃し、彼と言葉も交わしていたため強い衝撃を受けます。あのとき自分が「助ける」と言っていればこんな事件にはならなかったかもしれない。後悔に駆り立てられD.P.に復帰するホヨルは現場でジュノと合流し、上官のパク・ボムグ(キム・ソンギュン)とともに「今度こそ守る」と乗り出していきますが…。

個人的には最初のエピソードから軒並み仕上がりが良すぎて息を止めて観ていましたが、中でも3話は単独のエピソードとしても出色の出来。3話の余韻が強すぎて4話になかなか進めず、3話だけ3回くらい繰り返して観てしまいました。このエピソードの主人公となる脱走兵を演じたのはペ・ナラ。彼の存在感、美しさ、何にも増して歌の表現力の凄さにびっくりして観ながらこの役者は誰だと調べてしまいましたが、ミュージカル出身の俳優さんということでとても納得しました。彼の持てる才気で魅せきるための脚本と言っても過言ではないほど鮮烈にペ・ナラの印象を残すストーリーです。私は初めて聞く名前でしたが、韓国の知り合いはミュージカルで見て知っていると言っていました。キンキーブーツなどにも出ていたとのことで、なるほどキャバレーを支配する華やかさは一朝一夕の産物ではないのだなと。これはとにかく観ないと伝わらないですが、私はただただ感動してしまいました。そして役者としても、その独特の背景と深い苦しみ、逃がしてやりたいと周りに思わせるほどの葛藤、このドラマの肝である脱走兵たちの刺さるような切実さと喜怒哀楽を本当に深く深く見せています。非現実的なキャラクターが闘うとてもリアルな現実。そして3話のエンディングの曲はペ・ナラが歌うもの。すぐ次エピソードに飛ばず、ぜひ最後まで聴いてみてほしいと思いました。事前の宣伝などで彼についてはあまり触れられていなかった気がするのですが、観さえすれば誰もが心を奪われる確信があってあえて伏せていた秘密兵器だったのではとすら感じます。

もちろん、主役ふたりは相変わらずとてもいいと言うか、安定感があります。全体通してとてつもなくヘヴぃでシリアスな中、このふたりの掛け合いだけはそんな世界をも楽観的に捉えようとしているようで救われる気持ちがしました。「俺たち終わっちゃったのかな」「まだ始まってないよ」という、「キッズ・リターン」の構文がよく似合うバディです(最近ほかのドラマでも聞いたな)。

シーズン2では、中でも過酷な北朝鮮との軍事境界線の見張り所(GP)に配置された兵士たちについても描かれています。いるだけで人が狂っていってしまうような極限の場所。実在するんだなと考えただけで胃が痛くなりそうでした。韓国内でこの作品がどれほどの問いかけを成すのかは分かりませんが、安全保障上簡単にはなくせない兵役という制度が生む出口のない苦しみや、そもそも男女で違いのあるその制度とLGBTQ+との更に難易度の高い関わり、そして人種問わず人間が抱えているであろういじめの問題。少なからず心に波風を立てる石を投げるドラマだと思います。国が違うとなぜ文化も違うのか。それが見えるようでもあり、いろいろなことを考えてしまうのですが、終わり方はドラマとしてエンタメとしてきちんと結末を迎えており、シーズン1からの長い旅をようやく終えたような晴れやかな気分です。

▼ペ・ナラのInstagram
https://www.instagram.com/narajangvvv/


▼その他、ドラマの観賞録まとめはこちら。

喜怒哀楽ドラマ沼暮らし

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