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「サイコだけど大丈夫」 - 人は人なしで成長できないという事実

★★★★★+

これは、どこを取っても質の高い、作品として本当に完成されたドラマだと思いました。はじめてタイトルと主役ふたりの写真、そしてあらすじを見たとき、その滲み出る世界観に直感的に惹かれるものがあり、1話の配信開始を期待と不安が半々な気持ちで待っていたのを憶えています。

幼いころに両親を亡くし、自閉スペクトラム症の兄 ムン・サンテ(オ・ジョンセ)を守りながら精神科病棟で保護士として働くガンテ(キム・スヒョン)。夢や希望がなく、愛も拒否しているガンテが、人の気持ちや愛を理解できない人気童話作家のムニョン(ソ・イェジ)と出逢い、互いに変わってゆく物語。

キム・スヒョンで言えば、「星から来たあなた」も好きなドラマでしたが、取り立てて彼が好きというわけではなかったので、この「サイコだけど大丈夫」は最初はなんとなくストーリーを追うように観始めました。

ですが、1話のラストシーンが妙に心に刻まれてしまって。

始まりはいっそサスペンスないしホラーなのか?とすら思いました。ただ、話が進むにつれ、これは想像以上に深みがありそうだなと。そしてそんな初回のラストシーン。コ・ムニョンの壮絶なキャラクターと、ムン・ガンテの驚くほど淡々とした、ごく普通の青年なのに、あまりに重たい苦しみを抱える人生が同じ物語に共存していることに鳥肌すら立ったのです。「これは奇抜で童話のような世界観がメインのドラマではなく、"人間"を物凄く描いてくる作品な気がする」という、強い予感がしました。

そして3話が強かった。

物語の中でそこまで大転機というわけではなかったかもしれないですが、3話の後半は本当に秀逸で。クァク・ドンヨンというこれまた強烈な要素が、突拍子のない、けれどあまりに人間味があってあまりに愛しいキャラクターを作り上げていました。演説台でのセリフには、こんな序盤でこんなに泣いてしまうとは、と思うほど涙が出ました。

そしてコ・ムニョンの車でとうがらしに突っ込むシーンが大好きで。ドライブに似合いそうな気分のいい音楽に乗せて、やるせない心が「ここから抜け出そう」とするシーン。何度も観てしまいました。このとき、「ああ、ハマった…」と感じたわけです。

もちろん、主役ふたりの不器用にもほどがある恋のぶつかり合いは魅力的なのですが、中盤に差し掛かって心を奪われるのが、ガンテの兄・サンテの成長。発達障害で絵のうまいサンテは、序盤はまるで周りが見えず自分の欲求にだけ忠実に生きているように見えました。それが、接する相手が増えることで次第にガンテに対する深い愛情やそれ以外の人たちに対するサンテなりの気遣い、何よりサンテ本人の思慮深さがよく顕れるようになり、本当は誰よりも広い視野で世界を見ているのだと気づかされます。

ガンテが今幸せなのだと悟った瞬間のサンテの演技が圧倒的に素晴らしく、演じるオ・ジョンセという役者に対して心が震えるほど感動しました(ちょうど並行して同じくオ・ジョンセが出演している「椿の花咲く頃」を観ていたこともあり)。ガンテとムニョンを守らなければと立ち上がるサンテ、守っているようで本当は自分が守られていたと気づき、ようやく周囲に寄り掛かれるガンテ、そして愛されることの喜怒哀楽を知ることができたムニョン。それ以外も、全ての登場人物が他者との関わりの中で確実に、リアルに成長していく様子を描ききる16話はまさに圧巻だと思います。

振り返ると、舞台の派手さに対して、実はそこまでとんでもない起伏のあるストーリーではない気がしました(予想外の黒幕や事件はあれど)。ただただ真摯に丁寧に、人間が世界を広げて変わっていく様を紡いでいく。それが染み渡るのです。

キャスティング、役者の演技力、脚本、演出、音楽。あらゆる要素が極めてクオリティ高く絡み合い、全てが愛しい作品でした。時代も国も関係ない、普遍的な「人間」を感じたくなったとき、また観るドラマだと思います。


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