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「医師チャ・ジョンスク」 - どんな人間も一筋縄では行かない

★★★★★

最初は完全にドタバタ系の病院コメディなのかと思っていました。軽妙なノリは確かにあるのですが、主人公のジョンスクに降りかかるのは予想外の病と息ができなくなりそうな夫の裏切り。ともすればドロドロに展開してもおかしくない設定の中で何が面白いって、ジョンスクはどんどん自分を取り戻していくのです。むしろ新たに自分を得ていくとも言える。悲しくて辛い状況かもしれないけれど本当の意味で不幸な人物はいないし、夫は紛れもなくクズの代表格ですが一方で情も医師としての尊厳もある。イケメンには子供っぽい面があるし、意外と心底悪い人間はたぶんいない。なので観るほどに心象が変わり、不思議な気持ちになる作品でした。

主人公はとある専業主婦のチャ・ジョンスク(オム・ジョンファ)。彼女は医師免許を持っているものの、学生時代に妊娠・結婚したことをきっかけに医師の道を諦めて20年ほど主婦として2人の子供を育てながら生きてきました。

そんなジョンスクがある日倒れ、病院へ運ばれます。彼女の主治医となったのはアメリカ育ちのイケメン外科医ロイ・キム(ミン・ウヒョク)。ジョンスクは急性肝炎だと診断されますが、肝臓の数値が異常で入院の末に緊急手術が必要となります。

ドナーとして家族で唯一適合したのが夫・イノ(キム・ビョンチョル)でしたが、彼は自身も医師であるにも関わらず妻のドナーになることを渋ります。イノの母であるエシム(パク・ジュングム)がどうしても嫌がったのもありますが、イノの長年の愛人であるチェ・スンヒ(ミョン・セビン)の反対もありました。

ジョンスクは幸運にもドナーが見つかり一命を取り留めるのですが、これまで散々尽くしてきた夫や義母の冷たさに激怒し、「これからは好き勝手に生きる」と宣言。そして一度は諦めた医師の道に戻ることを決意し、20年ぶりにレジデントとして復帰を果たすのです。しかも志願したのはイノと息子のジョンミン(ソン・ジホ)が務めるクサン大学病院で、そこでは実はスンヒも医師として働いている地獄絵図。なんならロイもちょうどクサン大学病院に移ってきて、ジョンスクに関心を示す四角関係に。夫の不倫はまだ知らないジョンスクでしたが医師として必死に邁進していき、各自の思惑が入り乱れる中で次第に露見していくあれこれと相まって彩り豊かに繰り広げられるヒューマンドラマです。

優しく賢いジョンスクですが妻や母としての自分にプライドがあり、どう考えてもクズ男のイノと夫婦であることに疑問を抱かない様子が最初は歯がゆくもありました。ですがイノはイノでジョンスクだけを妻として考えているし、そこには情も見て取れます。スンヒとも当たり前のように関係を続けているわけですが、なんというかどちらに対してもイノ的には純粋な想いがある風で、これはまさしく演じるキム・ビョンチョルならではの妙味、憎みきれないクズ男と言う感じです。

ジョンスクとイノには長年連れ添った夫婦としての世界が確実にあって、そこにスンヒとロイがそれぞれの個性で食い込んでいく面白さ。一歩引いて見ればドン引きするほどの不倫の構図なのですが、不愉快さを憶えない絶妙なラインを突いてきます。ジョンスクとスンヒが決してイノに騙されてるわけではなく、イノのダメさを分かっていながらそれぞれに妻であり愛人であるからかもしれません(そう考えるとイノの謎の魔性が凄い)。

そしてジョンスクとイノのふたりの子供、ジョンミンと娘のイラン(イ・ソヨン)、ジョンスクとイノそれぞれの母親、入院患者たち…彼らを取り巻く登場人物たちは皆優しさも弱さも持っていて、時に誰かを守り、時に誰かを傷つけ、でも基本的には大事な人を大事にしたいキャラクターばかりだと思います。ただいわゆる「悪い人のいない作品(賢い医師生活ウ・ヨンウのような)」の持つ癒しとはまた違い、各自の利己的な振る舞いには観ていて心が痛むことも多く、だからこそ強い共感をおぼえ、人が人を想う場面の深みもいっそう増すように感じました。そう、人間というのは誰しもそんなにシンプルではないのです。相手により、場面により、いい人でも悪い人でもあるものでしょう。けれどそんな裏表を全員が地続きで表現している。脚本と俳優陣の力が伝わる、巧妙で行き届いた一本です。



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