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インタビュー調査の科学的分析法~応用編③=流通での購買行動モデル構築の例

応用編に一つ追加をしておきたくて、本稿を執筆しました。要は、インタビュー調査がこのようなモデル構築に役立つということを主張したいわけです。

少し前に立て続けに流通・ショッパー関連の案件を受注したことがありました。いずれもコンタクトポイントでの購買行動とそのニーズについて明らかにするものであるという点で共通していました。

私は以前に、もっぱら店頭での行動観察調査を行っていた時期があります。その調査は量的、質的な店頭での購買行動追跡観察とインタビュー及びアンケートから成り立ちます。

当時、「人間工学的なセオリーどおりではない購買行動」に興味関心を持っていました。例えば、店頭での棚作りには「ゴールデンゾーン理論」というセオリーがあります。これは人体構造と商品陳列の関係の理論で、要は「人間工学的に商品が見られやすい棚の高さがある」というものです。

しかし、例えば家電量販店でのテレビ売り場においては、セオリーどおりの高さよりも低い位置においたテレビや販促物の方が視認率が高くなるのです。

この現象は全く無意識に起こっていることなので、来店客にその理由をアスキングしても答えは得られないわけです。しかし、どんなことを考えながらテレビを検討しているのか、売り場での検討体験をリスニングすると、自分の家に置いた時のことをイメージしながら見ているということがわかります。つまり、多くの場合テレビはローボードに置かれているので、人間工学的に見やすい高さに設置されたものよりも、家でローボードに置かれている高さに設置されているものの方が見られやすいということが推測されたわけです。

洗濯機売り場で最も視認されやすい販促物の置き場所はなんと、洗濯槽の中や蓋の裏側だったと記憶しています。洗濯機を購入する人は何リットルと洗濯槽の容量を聞いても、自分の日頃の洗濯の見た目の量でしか容量を認識していないので、その分量を思い出しながら、蓋を必ず開け閉めし、洗濯槽の大きさを目で見て確認しているものと推測されます。

このように、少なくとも家電量販店ではセオリー通りではない購買行動があるのです。

一方でゴールデンゾーン理論というものは、現場での売り上げの状況から実証されており全体では間違っていないわけです。

実は冒頭に述べた調査の一つの課題は、ある業態、チェーンにおけるセオリーでは説明できない購買行動の理由を説明しようとするものでした。

その結果は当然公開はできないのですが、ご報告後に、過去の体験とそれらの調査の結果を統合し、一般化、体系化ができるのではないかと考えてまとめてみたのが下図です。

このチャートは各種の購買行動を「ショッパーニーズ」という観点でみて概略的にニーズ構造分析を行ったものです。こうして分析・体系化してみると、購買行動には生活維持のためのものと、生活変化のためのものがあるとわかります。生活維持の為の購買には時間は消費されず、また、リピート購買が中心となります。つまりはブランド指定です。当然なのですが、リピート購買には時間をかけずに商品の選択ができるというメリットがあるということになります。

一方で生活変化のための行動には時間が消費されます。変化を求めるわけですから、トライアル購買が中心です。しかしその発生頻度は多くはないわけです。店頭でのセオリー通りではない購買行動は、上記した例のように、生活工学的な購買行動であり、生活変化ニーズに紐づくものが多いと考えられます。一方「セオリー」は人間工学的観点のものですから「パッと目についた商品を即決購買する」というような生活維持ニーズに紐づく購買行動には適合するのではないかということになります。

それぞれの購買行動を細かく検討すると、まず、カテゴリーの傾向があると思われます。生活維持ニーズ購買においては比較的低価格の消費財、消耗品が多くなり、生活変化ニーズ購買においては比較的高価格の耐久財が多くなる傾向があります。しかしどんなことにも例外はあり、例えば日常の足であった車が故障や事故で突然利用できなくなった場合に、即納品可能なディーラー在庫を即決購買するのは生活維持ニーズです。要はカテゴリー観点で見るのではなく、オケージョナルニーズの観点、つまりは生活者観点で見なければならないということです。

カテゴリーと共に業態も棲み分けられています。日頃の買い物をする業態とレジャーとして買い物が楽しまれる業態は違うわけです。その「レジャーとしての買い物の楽しみ」とは「何か良いものはないか?」の探索であることは皆さん体験として知っているわけですが、その奥底にあるのは実は「何か新しい生活はないか?」ということです。それを色々と思いを巡らせながら探索することが楽しみであるわけです。但し、その探索行動には大小があります。例えば、仕事に疲れて気晴らしや気分転換にコンビニに行くといった行動はミクロな「生活変化」ニーズだとも考えられます。基本的には限らた時間の中なのですが、レジ前で並んでいる時に、「面白い」商品が無いか、目で追っていたりするわけです。しかし、基本的には、コンビニは限られた時間の中で、すなわち生活維持ニーズによって、利用される業態ですから、時間をかけずに買える定番品の、あるいは既存カテゴリーの購買が中心だと言えます。

広告も行わなかった中で、手に取って相当に検討しないと理解できないと思われる、しかし相当に魅力的でユニークな新カテゴリー商品を、駅構内店舗が中心のコンビニチェーンでテスト販売して上手く行かなかった事例を聞いたことがあります。それはこのモデルから考えると、カテゴリーや商品特徴と店舗特性がマッチしていなかったのではないかというのが私の仮説です。コンビニでの「何か面白い商品はないか」というのは時間が消費される性格の購買行動ではないからです。特に通りすがりに目的買い、すなわち生活維持ニーズで立ち寄るお客が多いと思われる駅構内立地ではその傾向が強まるはずです。

このショッパーニーズの種類と消費時間の2軸で購買行動を分類すると下図のようになるのではないかと思われます。つまり、カテゴリーによる特性を考慮しなければ、プロダクトライフサイクルによって、購買される店舗は変化していくということになります。しかし、同じ家電量販店でも、これは私自身の営業経験ですが、品揃えを拡大しながら成長してきたカメラ店系チェーンと、ディスカウンターとして成長してきたチェーンではバイヤーニーズが異なり、前者は、新カテゴリー商品に対して非常に興味関心を持たれるのに対して、後者ではけんもほろろに対応されるということがありました。その時に分析したのは、要は、前者では「他店にはない」がウリである一方で、後者は「他店より安い」ことがウリなわけですから、一定以上に普及した商品でないと扱うモチベーションが低いのではないかということでした。でも、これも考えてみると、消費者は無意識のうちにそれを使い分けています。前者では目新しい商品に対して店員さんがいろいろと情報をもって接客してくれるのに対し、後者ではいきなり電卓を取り出して値段の話をされるといった対応の違いがあるからです。その違いを我々はブランドで識別しています。

私は元々メーカーの人間だったわけですが、当時、流通店舗も消費者から商品同様にオケージョナルに選択されているという発想は持っていませんでした。「量販店」と「専門店」のように、立地と規模で業態を分類する程度の認識しかなかったのです。

上記の例はニーズ構造分析によって、ショッピングというものの構造をモデル化した例です。これは結構な分析だと我田引水・自画自賛し悦に入っていたのですが、その後に、恩師である油谷遵先生の未読だった本をたまたま目にしたところ、下図の原図を見つけ愕然としました。これは表現や観点こそ違え、概念としては私が考えたことを全くカバーしています。さすがに師匠、先回りをされていました。「井上君、マダマダだね」とほくそ笑みながら、彼岸の先生がおっしゃった気がしましたが、まあ、私も自力でよくここまできたものだと、自分を慰めた次第です(笑)。

この油谷理論の特徴は、「あるカテゴリーの購買にかける時間と頻度の積は一定だ」とされているところにあります。それは、概念としてなのですが、購買頻度が低いカテゴリーほどかけられる時間は長くなる、ということです。

先生も私もインタビュー調査を入り口にここに辿り着いているわけで、インタビュー調査というものにはそれだけの底力があるということなのです。



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