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インタビュー調査の「適宜確認」②~より深いインサイトを得るための理論・技法編1:「ナラティブ曼荼羅」

分析編においては「具体化」「構造化」の重要性について述べました。その時に説明しました分析の観点はインタビュアーの適宜確認の観点でもあります。「具体化」と「構造化」がされていないインタビューは、発言の「分類」はできても「分析」には堪えません。その「具体化」と「構造化」が不十分であるときに適宜確認が必要になるわけです。

しかし、マーケティング課題解決に必要な情報を対象者のナラティブ(経験談)に投影させて把握しようとするアクティブリスニングにおいては、具体化も構造化も自然に成されるということも説明しました。それは具体化や構造化をしようとアスキングを繰り返すことよりもはるかに効率的であり、また、精度の高い情報が得られるわけです。

されど、話す側も人間であるが故に、具体的、構造的に話すことにおいては完璧ではなく、その際に適宜確認が必要になるわけです。以下では、具体化と構造化の水準をより高め、そこから潜在ニーズ(インサイト)により迫るために私が長年の経験の中で見出したいくつかの観点を「曼荼羅」という形式でまとめてみた理論をご紹介してみたいと思います。

1、時系列の推移の中にある潜在ニーズを見出す「ナラティブ曼荼羅」

「ナラティブ」とはそもそも「時系列を含む物語」です。生活とは常に時間的経過の中に存在します。そしてその経過と共に常に変化する「無常」なものです。相当に哲学的です(笑)。

インタビューの失敗はマーケティングの失敗に連鎖していくわけですが、その一つの失敗パターンは対象者の一時点や一つの特性を切り取って「こういう人」だというレッテルを貼り、決めつけることです。これは「〇〇世代」などという世代論や、デモグラ属性によってターゲット、セグメントを定義しようとするような行為に代表されます。例えば「Z世代」と呼ばれる人たちの中にもいろいろな生活場面があるわけですし、「60代男性」であっても様々な経験や価値観があるわけですが、それをひとまとめにしてレッテルを貼っているわけです。

このように人間を「こういう人」とスタティックに決めつけてマーケティングを行おうとすることが「人間工学的観点」に相違ありません。要はその「人と商品」の関係を考えているわけです。しかし人間は生活の中で時間と共にダイナミックに、無常に変化します。さっきの自分が今の自分ではないことが普通にあります。その「変化」つまりは「生活と商品」の関係を捉えようとするのが「生活工学的観点」です。

「ナラティブ曼荼羅」はその時系列変化を捉えるための一つのモデルです。

時系列で変化する人間の行動、意識、態度にはビフォーとアフターの間に必ず因果関係が存在するはずです。その因果関係はいわば「起・承・転・結」の変化の間に形成されていきます。また、「起」・「承」・「転」・「結」のそれぞれのオケージョンには、それぞれのオケージョンの中での「起・承・転・結」が存在するでしょう。つまり「入れ子」構造なのです。時間とは、あるいは生活とは、「無常」であって「不断」なものであるからです。そして潜在している機会をより多く見出すためには、それぞれのオケージョンにおいて「機会」が存在しないかとインサイトすればよい、というのがこのモデルの示すところです。その為には「経緯」を適宜確認すればよい、というのもこのモデルの示唆です。

例を挙げます。

ある調査で「テレビを見ながら寝落ちしたくない」という発言がありました。このような意識が生じたオケージョンだけを切り取ると、この発言者は「寝落ちしたくない人」だということになります。その人に対して提供されるべき商品は「寝落ち防止」の機能を持つものだということになります。

ところが、この「寝落ちしたくない」という意識が生じた体験を「適宜確認」で時系列を含む物語(ナラティブ)にしてもらうと、この曼荼羅のようなオケージョンがあったことがわかりました。つまりこの人は、その言葉とは裏腹に、生理的に「寝落ちしたい」から寝落ちしたオケージョンがあったわけであり、「その後目覚めた」オケージョンでの「テレビも電気もつけっぱなしで大変なことになっていた」ことに対しての意識を切り取って「寝落ちしたくない」と語ったわけです。

このナラティブを起承転結で切ると

「起」:残業などで一人暮らしの部屋に遅く帰ってすることがない。
「承」:ソファに寝そべってテレビ・動画を一人で見ている。
「転」:疲れているのでついつい寝落ちしている。
「結」:目覚めてみるとテレビも電気もつけっぱなし。深夜なので音も気になるし、動画をどこまで見ていたのかも思い出せない。

ということになります。「寝落ちしたくない」というのはこの最後の「結」の時点での意識なのですが、「起」には「一人暮らしの深夜の時間つぶしができるようにする」、「承」には「快適に見やすく動画、テレビを見られるようにする」、「転」には「後顧の憂いなく快適に寝落ちできるようにする」あるいは「疲れていても寝落ちしないようにする」、「結」には 「寝落ちしても困らないようにする」などといったビジネスの機会が存在することがわかりました。これらは顕在化、表層化した「寝落ちしたくない」という意識の裏に潜在していた機会です。すると、それぞれに対して商品・サービスのアイデアを考えることができます。すなわちこの人を「寝落ちしたくない人」としか見ていない場合と比べて、格段に「ビジネス機会」を増やすことができたわけです。

「ナラティブ曼荼羅」とこの例が示すように、実は人間というものは生活の中で刻一刻と変化していくものなのです。そしてそのオケージョンごとにビジネスチャンスが存在するわけです。

この曼荼羅を見ますと、「諸行無常」という無常感がマーケターには不可欠であるということがわかるのではないかと思います。一方、「〇〇世代」などと消費者にレッテルを貼って考えていてはビジネス機会を見失うということになるということでもあります。

※追記
このナラティブ曼荼羅の一つの類型が以前にご紹介した
「CAS」であると言えます。CASは

起:潜在、顕在問わず、元々あった生活ニーズ
承:そのニーズによって、充足手段として引き起こされた行動
転:その行動に伴って発生している生活上の問題
結:発生した生活上の問題に伴い、新たに発生する未充足ニーズ

という構造になっているからです。

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