インタビュー調査の分析入門~定性調査の価値のそもそも論
C/C領域だけで達成できる調査目的、解決できるマーケティング課題であるのならば、そもそも定性調査よりも定量調査を行う方が、コスト面や量的データが取れるという観点で合理的であるわけです。設問でき回答できることだけで解決できるとはそういうことです。
これだけでも、現在の状況の定性調査においてアスキング(質疑応答、一問一答)することはナンセンスだと明らかです。安いオンラインアンケートで可能なことをわざわざアンケートより手間暇コストをかけて実施した上に、その信頼性がアンケートより低いわけです。
しかし、実際はそんな定性調査が多いわけです・・・
一方、そもそも定性調査はなぜ行われるのかというと、S領域はそもそも推測するしかないのだと割り切ると、C/S領域の情報を得るためである、というのは意識マトリクス理論における単純な論理的帰結です。その為に、「非構成的」である必要があるのであり、「リスニング」である必要があるのです。「アンケート、質問紙調査では出てくるはずもなかったような意外な情報」を得るために、定性調査というのは行われるのだという基礎の基礎を認識しておく必要があります。
次に持たなければならない認識は、それではC/S領域において、我々はどのような情報を得なければならないのか?ということになります。それは、一言では、「調査課題を解決する生活体験」であるのですが、そのような情報を必要とする調査課題とはどういったものなのか?ということになります。
1つには、様々な社会現象や生活行動・意識の実体を「具体的」に把握するということが挙げられます。これを「具体化」と呼ぶことにします。「具体化」は定性調査だけが解決可能な調査課題であり、定性調査の一つの独自価値です。
これは例えば、「コロナ生活」と呼ばれる生活の中で、「生活者は生活の中で実際にどのようなことをしたり、感じたりしているのだろうか」の実体を具体的に体験として明らかにすることや、ある商品や広告の反応が良かったり、良くなかったりしたときに、「生活者は生活の中でその商品や広告についてどんな風に接していたり、感じていたりするのだろうか」ということを体験として明らかにするということになります。また、例えば「エモい」という言葉が若い人の間で流布しているような現象を見た時に、「生活者としての若者は、生活の中のどんな状況で、どんな事物をエモいと表現しているのか」ということを彼らの体験として明らかにするといったこともあります。この場合「エモいってどんな時に使ってるのかあれこれ思い出して例を挙げながら聴かせてくれますか?」というインタビューフローでのアプローチとなります。
この「体験」からのアプローチは、「コロナ生活についての感想を聞かせてください」とか「この広告についてどう思いますか?」とか「エモいという言葉の意味を教えてください」といったアスキングで「意見」や「概念」を聞き出そうとするのとは対極にあるアプローチだと言えます。調査対象者はこのような質問の対象について、必ずしも意識しているとは限らず、意識していても表現できるとは限らず、表現できても表現したいとは限らないのであって、どうしても「粗雑な合理化」が行われてタテマエやウソ、抽象的なことや観念的なことを答えてしまうわけです。つまり「具体的」ではないのです。それでは生活の中の「真実」が見えないわけです。タテマエやウソなどのノイズが入り、S領域の推測材料とはならないのです。
もう1つは、ある社会現象や生活行動・意識が発生する理由や原因、発生して次に結果として起きること、その現象や生活行動・意識が発生する目的やそのために用いられている手段、そのような社会現象や生活の中で発生する葛藤、などの「構造」を捉えるということが挙げられます。これは、社会現象や生活の中での各要素の「因果」や「葛藤」や「目的ー手段」などの「関係」を捉えるということです。これを「構造化」と呼ぶことにします。これも、生活者の中には思わぬ論理があることがあり、定性調査でないと解決できない調査課題であり、独自の価値です。
例えば「コロナ太り」という現象は、社会や生活の中で、どのようなメカニズムで発生しているのか、食べすぎだとすると、なぜコロナだと食べ過ぎているのか、運動不足だとすると、それはなぜ発生しているのか、といったことを明らかにすることになります。広告の効果については、その効果は広告のどんな要素から生じたのかとか、広告にどんな状況で接すると効果が変わるのか、あるいは、広告に接した時に買うのか買わないのかという葛藤は生じていないのか、といったことを明らかにすることになります。「エモい」という言葉については、その言葉を使うようになった経緯や使ったことによって連鎖して発生している現象を捉えるといったことになります。
これらも、その生活体験の経緯、ストーリーを聴取することによって明らかにできることである一方、アスキングでは粗雑な合理化を生じさせてしまうわけです。「そうする理由」や「なぜ迷うのか」などを意識しながら生活者は生きているわけではないのです。
我々のいるマーケティングリサーチの現場にある様々な定性調査の課題をさらえてみても、結局、定性調査に期待されている価値は「具体化」と「構造化」のどちらか、もしくは両方に収束します。
「具体化」とは、社会現象、生活、生活者言語の「実体」を把握することであり、「構造化」とは、「なぜそうなるのか」という「メカニズム」を把握することです。前者は例えば生活者に共感や理解を生む広告表現の開発においては非常に重要ですし、後者は、どうすれば生活者から望ましい反応を得られるようになるのかといったことに直結し、商品開発やプロモーション開発を考えるにあたっての基本的な情報になるわけです。
定性調査の分析というのは、この「具体化」と「構造化」に答えを出せるものでなければならないわけです。下図はまだ検討が必要だとは思っていますが、この2つの価値とアプローチの考え方についてまとめてみたものです。しかし、こうしてみると結局、時系列を含んだ「体験談」(ナラティブ)を話してもらえれば、両方の課題に応えることができるというのが単純明快な結論ではあります。