「農村土豪ムーブ」がもたらすもの(『戦狼中国の対日工作』感想)
安田峰俊さんの新刊、『戦狼中国の対日工作』を読みました。
中国による、日本に対する情報工作への取材結果をまとめた一冊です。そこからは、中国の対外工作の驚くべき実態が見えてきます。
「驚くべき実態」というと、「中国の魔の手は、気づかないうちにもうここまで浸透している!」というような、権謀術数うずまく緻密な情報戦のようなものを想像してしまいそうになりますが、ここで紹介されているのはそういった類のものではありません。
むしろ、ここに書かれているのは雑で粗暴な、後先を考えない行動の数々です。
日本に住む反体制中国人のところには、黒いシャツを着た野暮ったいオッサン(専門の工作員ではなく、現地の一般人)が大声で恫喝しにやって来ます。手の込んだハニートラップを仕掛ける妖艶な中華美女も、日本語を完璧に使いこなす鋭い目つきの工作員も、そこにはいません。
中国が世界に張り巡らせた「秘密警察」のおおもとは、移住した中国人の県人会のような組織です。そこが互助会として現地の中国人に影響力を持ちはじめたのをいいことに、勝手に警察のようなことをやらせて、果ては人を雇ってテロまがいのことをやらせています。
外交官たちは立身出世のために、一生懸命いまの政権におもねろうとした結果、他国に高圧的な態度を取り続けています。どこまでも「ウチ」向きなその姿勢は、中国国内にアピールするにはいいのかもしれませんが、諸外国の失笑や反感を買っています。
また、その危機管理のずさんさも数多く指摘されています。たとえば海外派出所による行動の数々は、平気で現地の法律を踏み越えまくっています。それに中国の警察組織や政府が関わっていることが知れれば、国際問題にもなりかねませんが、そうした結果に対する想像力は、彼らの行動からは見えません。
こうした後先を顧みない行動を、著者の安田さんは「農村土豪ムーブ」と評しています。
「土豪」とは簡単にいえば、田舎の成金のことです。彼らは洗練された振る舞いや他者想像力、長期的な視野を持ちませんが、かわりに行動力に長け、「力こそパワー」的なわかりやすい価値観でもって駒を進め、自分の影響力を広げていく力強さがあります。
いまの中国では、本人もどこか農村土豪的な気質を持つ習近平氏のもとで、これらのムーブがより評価されやすくなっている現状なのかなと思います。
また、僕自身が洗練されきっていない片田舎(鎮または街道)に住み、さらにド田舎出身の妻を持っているからわかることかもしれませんが、経済発展を経て急激に先進国化する中国においても、まだまだ主流の価値観はこの農村土豪ムーブに寄ったものです。いまの中国の人々にとって親和性の高いのは、実はこちらのほうだとさえ思います。
ある意味では農村土豪ムーブは、中国の本質により近いものなのかもしれません。
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農村土豪ムーブに支えられた中国の対外工作は、どこか垢抜けず、ある種の愛嬌や滑稽ささえ漂わせるものですが、それゆえの怖さも持ち合わせているようにも思います。
後先を考えない行動で自分たちが自滅していくだけなら、周囲はそれを黙ってみていればいいだけですが、こうした思いつきで突飛なことをする無駄行動力のせいで、何か不可逆的な事態が起きないとも限らない。そんなふうに考えてしまいます。
たとえば台湾有事のような事態は、「上」の意図を過剰に忖度した末端の暴走や、あるいはそれこそ目立ちたがりの土豪みたいな人間の剛腕ムーブでもって、ある時突然引き起こされてしまうのではないかと思っています。
台湾有事の可能性それ自体は高くなく、合理的な判断でいえばそう簡単におこる事ではないはずでも、あるときその合理性を超えたことが起こってしまうような予感がいつまでも拭えない。そんな危うさが、いまの中国からは感じられます。
可能性として高くないことには変わりなくとも、この国は100%の確率で起こるはずのないことが、なぜか1000%の確率で起きてしまう国であるというのも、それなりに長く中国に住んできて思うことです。
安田さんは、戦狼中国的なやり方は持続可能性が薄く、習近平というピースが欠けるだけでとたんに萎縮する可能性があるとしています。
中国人の伴侶を持ち、この国に関わってしまった人間としては、そうしていまの政権が権勢を失うまでの間に、なにか突飛なことが起きてしまわないよう、どうかただ穏便に日々が過ぎていってくれるよう、願うばかりです。
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