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【時事通信社 Janet 掲載】コラム「語学屋の暦」(39)神宮外苑再開発 「都会のオアシス壊すビジネス優先計画とその不思議」元朝日新聞記者 飯竹恒一 (2023/04/19)

【写真】東都大学野球の駒澤大学と東洋大学の1、2部入れ替え戦=2015年11月、明治神宮球場(撮影・飯竹恒一)

この記事は下記の時事通信社Janet(一般には非公開のニュースサイト)に2023年4月19日に掲載された記事を転載するものです。

 開発はすべて悪いと言うつもりはない。そもそも、農業も含め、人類の営みは環境破壊という側面を持っている。しかし、だからこそ、丹念に木を植え、空間を確保し、環境重視の憩いの場を創出するというのが先人の知恵だった。

 それは今や世界の潮流になっていて、ほぼ1世紀の歴史を持つ明治神宮外苑は、日本におけるそのシンボルだ。大都会・東京の一等地に、だれもが気軽に散策できるオアシスが残っているのは、むしろ奇跡とさえ言える。

神宮外苑のイチョウ並木(撮影:飯竹恒一)

 それをなぜ、わざわざ壊すのか。積極的に保存し、生かす手だてはないのか。そんな疑問を持つ人たちが少なからずいる。

 何しろ、東京ヤクルトスワローズの本拠地で大学野球の聖地でもある「神宮球場」と近くの「秩父宮ラグビー場」の場所を交換してそれぞれ建て替え、しかも、純粋なスポーツ施設というより、ビジネス優先の高層ビルが3棟並ぶ一帯に塗り替えるという壮大な計画だ。その際、戦災をくぐり抜けて今に至る大量の樹木が伐採され、美しい木漏れ日で知られる「イチョウ並木」も、ホテル併設の新球場が隣接することなどから、その保全が危機に直面すると指摘されている。

 世界的な音楽家の坂本龍一さんが亡くなる直前、「目の前の経済的利益のために先人が100年をかけて守り育ててきた貴重な神宮の樹々を犠牲にすべきではありません」という内容の手紙を東京都の小池百合子知事らに送ったことで、市民による反対の署名運動が勢いを増した。都による事業認可の取り消しを求める訴訟も、周辺住民らが起こしている。

 それだけではない。自民党、立憲民主党などの国会議員が計画の見直しを求めて超党派の「神宮外苑の自然と歴史・文化を守る国会議員連盟」を結成した。世界遺産登録の事前審査を担う「日本イコモス国内委員会」は樹木伐採などをめぐり、事業者側が提出した環境影響評価(環境アセスメント)は不十分だと指摘し、アセスメントの再審議を求めた。

 そもそも、都は2021年12月に再開発の計画を発表した際、縦覧期間をわずか2週間しか設けなかったとして、疑問を持つ専門家らは憤った。ニューヨークのセントラル・パークの研究などを手がけた日本イコモス国内委員会理事の石川幹子・中央大研究開発機構教授は「納得がいかない。自分で調査をしよう」と立ち上がり、2週間をかけて単独で毎木調査を行い、伐採される樹木が約1000本に上ることを明らかにし、大きな反響を呼んだ。


解体工事が始まった神宮第二球場=東京都新宿区(撮影:飯竹恒一)

 しかし、小池知事としては、都都市計画審議会の可決も含めて必要な手続きは済んだという言い分のようだ。2月17日に認可し、翌3月から神宮球場わきの神宮第二球場で解体工事が始まった。ゴルフ練習場を併設する風変わりな球場として知られたが、東都大学野球や高校野球の試合が行われ、野球ファンにとってはここも忘れがたい聖地だ。私も野球少年だった頃や、古巣の新聞社時代に取材で訪れた際の思い出が幾つもある。

 不思議なのは、かつて築地市場の移転をめぐって土壌汚染の問題を提起し、緑をイメージカラーに環境重視の政治家を演出してきたはずの小池知事が、神宮外苑再開発についてはアクションを起こさないままであることだ。自身の知事就任前から政財界が周到に推し進めた計画に抵抗しきれない事情は想像できるにせよ、知事の権限はこういうときにこそ使うべきではないか。

 事業者は、明治神宮、三井不動産、伊藤忠商事、独立行政法人日本スポーツ振興センター。坂本氏の手紙について記者会見で尋ねられた小池知事は「事業者の明治神宮にも手紙を送られた方がいいんじゃないでしょうか」と発言して、住民らの怒りを買った。自身の政治キャリアに汚点を残すことにならないか。

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 さらに不思議なのは、私の古巣のマスコミ業界でこの問題を一貫してきちんと取り上げているのが、東京新聞などごく一部に限られていることだ。有力企業が関わる再開発計画で、スポンサーの問題が絡むのかもしれない。ならば、そうした制約のないNHKはどうかというと、バランス感覚を欠く報道があった。4月14日のニュースだ。

実はこの日の夜6時半から、東京都内で「『野球の聖地』 伝統ある、緑の神宮球場を守ろう!」と題したシンポジウムが、市民団体「神宮球場に想いを寄せる市民の会」の主催で計画されていた。反対運動を進める中心メンバーたちが、知恵を絞って企画したイベントだった。

「神宮球場を守ろう!」と訴えるシンポジウム=4月14日、東京都港区(撮影:飯竹恒一)

 こともあろうに、その直前の「18時01分」、NHKのサイトに「明治神宮外苑再開発 “都民の理解を” 都要請に事業者 秋に植樹」と題するニュースがアップされた。このシンポのタイミングを測ったかのように、事業者側が「秋に植樹のイベント」を開催すると表明することで、都が「都民の理解を得ながら進めるよう」改めて要請したことに応えたという推進側の取り組みを伝える内容だった。

 特に驚いたのは、ニュースを伝える記事のトップに、「安らぎも、熱狂も、歴史の鼓動も」というフレーズ付きの計画PR用のイメージ図が大々的に示されていたことだ。ニュースは「樹木の伐採計画などをめぐって、住民などから反対の声もあがっています」としただけで、反対運動の具体的な動きには触れなかった。

 それ以降も、私が知る限りでは、この日の神宮球場をめぐるシンポをNHKが報じた形跡はない。このニュースを読んだだけでは、いかにも事業者側が誠意をもって対応しているかのような印象を与える。ミスリードではないか。

 このニュースを見た市民の間では「事業者に住民が求めているのは、植樹イベントやホームページの拡充ではなく、『説明会』の開催だ」といった声が出ている。胸を張れるプロジェクトならば、責任者が堂々と表に出てくるべきだ。

 神宮外苑の土地の所有者が明治神宮だとしても、一帯はかつて破格の安価で国から払い下げられたものだ。加えて、神宮外苑は建設に当たって「公衆の優遊」が理念として掲げられ、新1万円札に登場することになった渋沢栄一(1840~1931)らの音頭で、献金と献木が全国から寄せられるなどしたという。極めて公的な性格の強いプロジェクトだったのだ。

 記者を志した者なら、そうした歴史的背景を持つ一帯について、高さ15メートル超の建物が建てられない風致地区指定から一転、高層ビル建設につながる都の「公園まちづくり制度」を適用したからくりは分かるはずだ。何も反対派を支持したり、まして反対運動を意図してあおったりする報道をすべきだと言っているのではない。常識的なバランス感覚で問題提起がなぜもっとなされないのか、不思議でならない。

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 そのシンポでも、この計画をめぐる不思議を改めて思った。新球場はビルの谷間に新設される計画で、プレーや応援の醍醐味(だいごみ)が損なわれるはずなのに、野球界から疑問の声があまり聞かれないからだ。

 シンポは、米経営コンサルタントで再開発反対のオンライン署名発起人のロッシェル・カップさんが進行役を務め、最大高さ190メートルのビル3棟の完成時を想定したリアルな3D映像を披露した。著書「菊とバット」で知られる米ジャーナリストのロバート・ホワイティングさんは、米国の本塁打王べーブ・ルース(1895~1948)も来日してプレーした神宮球場の歴史を感慨深く振り返った。

ロバート・ホワイティングさん(撮影:飯竹恒一)

 主催の「市民の会」共同代表の竹田保久さんは、米国の球場を視察した体験にも基づき、新球場の計画には「野球愛が感じられない」と言い切った。現時点で浮かび上がった問題として、「バックスクリーンがない」「照明灯がない」「ファウルゾーンがない」「外野スタンドがない」といった点を指摘した。

 私が注目したのは、建築士の大橋智子氏が神宮球場の建築物としての歴史的価値を強調する一方で、その建設や増築にあたり、東京六大学野球連盟が少なからぬ資金提供をしていたという経緯を指摘したことだ。

 実はシンポに先立ち、私は東京六大学野球連盟に所属する某大学野球部のOB会幹部と接触する機会があった。神宮球場をめぐる問題でアクションを起こす可能性を尋ねたところ、懸念の声は一部にあるものの、親睦団体のOB会の性格上、組織だった動きはできないと返答があった。連盟の資金提供などの経緯を踏まえれば、もっと積極的な動きが出ても良さそうなものだと思うのは、私だけだろうか。

 加えて思い出したのは、先のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の日本代表「侍ジャパン」に選出された横浜DeNA横浜ベイスターズの投手、今永昇太選手のことだ。日本が米国を破った決勝戦で先発した今永選手だが、かつて東都大学野球の駒澤大の主戦投手だった。4年生の秋のリーグ戦で1部6位に終わり、2部優勝の東洋大との1、2部入れ替え戦で敗れた結果、「2部落ち」した。しかも、勝負を決める3回戦はドラフトでDeNA1位指名の今永選手と、ヤクルト1位の原樹理選手が投げ合った末、今永選手は途中降板し、原選手の完投勝利を許すという屈辱を味わった。

東都大学野球の駒澤大学と東洋大学の1、2部入れ替え戦=2015年11月、明治神宮球場
(撮影・飯竹恒一)

 実は私自身、この入れ替え戦をひょんなことから、神宮球場のスタンドで見ていた。今永選手のその後の活躍ぶりは、大学最後に味わったこの屈辱がバネになっていると思っている。ただ、現役の今永選手に神宮球場をめぐる問題について発言を求めるのは酷だろう。そうした熱戦の思い出を持つ有力OBはいくらでもいるはずだ。なぜ、声が出ないのか、不思議でならない。

 ちなみに、米AP通信が神宮球場について記事を配信した。べーブ・ルースがプレーした球場で残っているのは、神宮球場以外では、甲子園球場、取り壊し計画に反対運動が起きた米国のフェンウェイ・パーク(ボストン・レッドソックスの本拠地)、それに同じ米国のリグレー・フィールド(シカゴ・カブスの本拠地)の3カ所だけだという。甲子園球場も含め、改修で引き続き使用されており、神宮球場だけが取り壊しになる計画だ。

“Only three other major ballparks remain where Ruth played: Fenway Park, Wrigley Field and the Koshien Stadium in Kobe, Japan. Wrigley and Fenway have been renovated, but plans to save Meiji Jingu have been dismissed by developers and politicians.”

 「神宮球場を救う計画は、デベロッパーと政治家によって退けられた」とある。WBCで優勝した野球王国のはずが、情けない話だ。

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 さまざまな議論が飛び交う中で、私が勇気づけられた報道があった。スポーツ紙・日刊スポーツの中山知子記者が伝えた国会の委員会審議の記事だ。前述の超党派議員連盟のメンバーで、立憲民主党の篠原孝衆院議員が4月4日に質問に立ち、坂本さんの訃報に触れて、「最後の力を振り絞って、神宮外苑の森を守ってほしいという手紙を書いた。感性が豊かな人は気がつくんですよ」と指摘したという。

 古巣の新聞社の長野時代、地元から初当選した篠原氏とは接点があった。「地産地消」の提唱者として知られる篠原氏だが、農水官僚時代にパリの経済協力開発機構(OECD)日本政府代表部に出向していたことから、現地の事情にも詳しい。自身のブログの中で、パリの街づくりに触れた部分がある。

 「世界中の大都市に摩天楼ができる中、パリにも1972年、高さ210m・59階建てのモンパルナス・タワーが建てられたが、パリ市民の不評を買い、また規制が強化された」

パリのモンパルナス・タワー(撮影:飯竹恒一)


 実は私自身、新聞社のパリ時代、まさにモンパルナス・タワーのすぐ近くのアパルトマンに住んでいただけに、実感を持って理解できる。超高層ビルで街の活性化を図る愚策に気づいたパリに対して、東京はどうだろう。現在、渋谷や虎ノ門などで、高層ビルの建設ラッシュが相次いでいる。国土が狭い日本にあって、床面積を増やすことの意義は分かるが、あまりに過剰感はないか。まして、都会のオアシスである神宮外苑を高層ビル街にするという発想は、それに関わる事業者の社会的使命感を疑いたくなる。

 開発は大切だ。しかし、そこには理念ある節度があるべきだ。いま一度立ち止まって、計画を見直せないか。歩み寄れる知恵はないか。

飯竹恒一(いいたけ・こういち)
フリーランス通訳者・翻訳者
朝日新聞社でパリ勤務など国際報道に携わり、英字版の取材記者やデスクも務めた。東京に加え、岡山、秋田、長野、滋賀でも勤務。その経験を早期退職後、通訳や翻訳に生かしている。全国通訳案内士(英語・フランス語)。

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