医学部博士課程の話(前編)

他学部だと博士になると就職がほぼ大学に限定され民間企業にはかえって就職しにくくなるが、医学部の場合は少なくとも就職に邪魔にはならない。

なぜなら前にも書いたが医師の生涯教育は大学ごとに縦割りになっていて、結局ずっと大学が関わってくるからだ。病院に勤めていても地域の主要病院は地元の大学の出先機関のようになっている。つまり病院も有名どころは大学の延長なのである。こういうところでは博士号があって一人前なのだ。
とは言っても博士号があってもなくても給料はさほど変わらないので、逆にそういう病院で働かなければ別に関係ないとも言える。

私が卒業した頃の母校では臨床系でも博士課程進学が研修コースの一環の様になっていた。旧帝大なのはもともと地域の主要病院に人材を送るのが役割だからだ。だから大学院に行かないとか、院試に落ちて行けないとなると研修コースから脱落した感じになる。

しかも他大学出身者が大学院入学を目指して大挙してやってくるのである。いわゆる学歴ロンダリングである。

旧帝大卒の自分が博士号を取らず場末の病院に行かされ、他大出身の医局員が博士号を取って自分より高学歴になって有名病院の部長になったりしたら面白くないということもあるので無理してでも大学院に行こうとしてしまう。

学内外から大学院入学希望者が殺到するため、「研究してないで真面目に病院で働けよ!」などと言われるほどである。
真面目に働くとは結局、救急医療のような肉体的にハードな医療をやれということだ。この分野は人手が常に足りない。
逆に言うと研究中心の大学病院では肉体的にはあまりきつくはない。経済的、精神的には非常に大変だが。


臨床系の大学院は、科によって異なるが臨床経験を数年は必要とするので、一度病院に勤めて研修後、必要年数まで病院に勤めたあと院を受験する。
だから院試に落ちてもどこかの病院で働いてもう一度受けて受かってから行けばいいので卒業は遅くなるが大したダメージではない。

まあ、大学院に行かずに論文博士になり特任教授になった人もいるし、それどころか医師国家試験も初回は不合格で、その後研修医にはなったものの院にも行かず、どこでどうしたのか気づいたら留学していつの間にか某大学医学部教授になった人もいるので挽回する方法はいくつかある。どこに行ってもうまく立ち回る奴がいるものだ。


そんな感じで当然のように博士課程に進学してしまったが、
今になって思うと入った時期が悪かった。
教授が定年退職した直後で次期教授が決まる前という教授不在の時期だったのである。


臨床の医局は大学病院の診療科と理工系で言う研究室を兼ねているが、旧帝大の研究室でもあり規模が大きく、その中で更にいくつかの研究グループに分かれていた。
教授は不在なものの助教授、講師ほか教員は沢山いてそれぞれ研究グループになっているので研究の指導自体は受けられた。

が、ここが医学部の変なところなのだが臨床系研究室はなぜか大学院生が研修医の指導をするなど、大学病院の業務をいろいろ手伝わされるのである。給料は出ない。
建前上は研修医を指導することも大学院生自身が将来指導医となるための勉強ということになっている。
ちなみに医学部博士課程は4年制である。
初めの1年目は授業を受ける必要があるし、実験を覚えて、かつ何もできない研修医に注射の仕方や実際の診断、処方の考え方や病状のの説明の仕方とか、本当になんでも教えなければならなかった。

その上にバイトである。
大学を卒業してすぐに大学院に進学するわけではなく、すでにいい年になって親からの仕送りもなく家族もいたりするので、これがなければ生きていけない。
一応週1日は外勤という名目で研究室に行かず病院勤務しても許され、それ以外にもこっそり半日とか、スポットで夜間にバイトに行ったりしていた。

中には何を考えているのか、大学院に入学したのに教授が知らないうちに密かに病院の常勤医になってしまい、平日週1回と土日に実験して怪しげな?論文を作成し、それで強引に学位を取ってしまったという猛者もいた。
まあ、週1日でも医師として勤務すればそれなりの金額になるので、それで生きては行ける。そのため医師免許を持った大学院生は、授業料免除は絶対されないことになっていた。


こんな調子なので色々試行錯誤していたが1年がすぐに過ぎてしまった。実験結果らしきものがいくつか出たのだがすべて間違いであることが後に判明し、この研究グループは実験技術が限られていたのですぐ行き詰まってしまった。
次のネタをまた探さなければならない。後3年でどうにかなるのだろうか。

こういうときでも確実に研究を進めている人もいて、というか大学院に入ってくるときにしっかり先のことを考えている人もいるわけだ。気持ちは焦るばかり。

もう一つの問題があった。新しい教授が誰になるかである。教授によっては助教授以下、教員の総入れ替えである。

後編に続く





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