【グッドプラン・フロム・イメージスペース】 「視野の味」 まとめ記事

 雑なウイルス騒動のせいで学校はやっていませんでしたが、飼育しているウサギやニワトリ、花壇の草花が気になっていたヒナタは、同級生のナツオと一緒に毎日世話をしに来ていました。


花壇の水やりなどが終わり、2人は飼育小屋に向かいました。


元々飼育係でない2人でしたが、毎日やって来ては掃除から餌から遊び相手から何でもやってくれるので、小屋の動物たちもすっかり彼らの顔を覚えなついてしまいました。


「おはようございます。元気ですか?」


小屋の前で動物たちに声を掛けるなりウサギやニワトリたちが嬉しそうに寄ってきたり鳴いたりと各々が返事を返しました。


小屋の裏に周り柵を取り出すと2人は校庭の端にある、ところどころ雑草の繁る手入れのしていない場所に簡単な囲いを作りました。
ナツオとヒナタがニワトリとウサギを1羽ずつ抱きかかえてはその囲いに移しました。
動物たちもこの流れにすっかり慣れており特に抵抗する事なく受け入れました。


「初めの頃とは違って静かなものですね。」


ヒナタは抱えたウサギを撫ぜながら語りかけました。


「前は嫌がったり逃げ出そうとしたりで大変でしたが、もう私達の事も覚えたみたいですし、囲いすら不要かもしれませんね。」


ナツオはそう言いながら最近産まれたヒヨコを両手で掬い取りました。母鶏もナツオを信頼しており、両手のヒヨコを見つめながら囲いに向かうナツオの後ろを、安心しきった振る舞いでしっかりと付いて来てました。


動物たちを囲いに移し、水入れを囲いに入れてやりました。
ウサギたちは入るなり雑草を食み出し、ニワトリたちは何やら地面を夢中でつつき出しました。ヒヨコたちも雑草をつついたり地面をつついたりとはしゃいでいます。


「少しここで待っててください。掃除しますから。」


ヒナタは丁寧に話しかけましたが、聞いている動物たちはいないようでした。


二人は小屋を掃いたりこすったりして綺麗に掃除をしました。
今朝も卵が2つ産まれていました。
ナツオはいつも通りひとつずつ丁寧にタオルでくるんでタッパに詰めました。
掃除が終わった後、しばらくウサギを撫ぜたりニワトリやヒヨコと遊んだりして過ごしました。


まだ春なのに夏のように強い日差しが照り、小屋に撒いた水も乾きだした頃、2人は動物を小屋に戻しました。
小屋に用意した新しいエサを見つけるなり、みんな寄せ集まって食べ出しました。


「あなたたちは今さっきまで、草を食べたり土をつっついたりしてたでしょう?」


ヒナタは彼らの食べっぷりに可笑しくなって思わず問いかけてしまいましたが、ヒナタの言葉にもナツオの笑い声にも振り返る動物はいませんでした。


柵や掃除道具なども片付け、ゴム長を履き替え手を洗い身を綺麗にすると、2人もようやく朝ごはんを取る事が出来ました。


鍵を閉じている校舎の入口前に置いたリュックから水筒を取り出し、今朝入れた熱いお茶を地べたに座り込みながら2人はすすっていました。


目の前にはいつもの校庭が広がっています。
普段ならばもうこの時間には多くの学生が、2人が座り込む入り口から靴を履き替え次々に教室へ飲み込まれていくのに、今は彼ら2人以外先生すら居ませんでした。


静まり返った校庭は、だいぶ離れているのにウサギたちのエサを頬張る音さえ聞こえそうなほど動くものはおらず、あれだけ毎日踏み散らかされていた校庭の土も虚しささえ感じさせました。


2人は花壇や動物の世話に満足していました。

心地よい疲労や動物との戯れも草花の水やりも好きでしたが、こうして静けさの中でお茶をすするとちょっとだけ侘びしい気持ちが湧いてきました。


「ナツオはどうですか?この生活が続くことを望みますか?」


ナツオはヒナタの唐突な語りかけに少し戸惑いましたが、彼の言いたいことは理解しました。


「私はとても満足してます。朝から晩まで。頭から尻尾まで楽しいです。しかし、ヒナタはどうも違うようですね?」


ナツオはヒナタを見ました。
ヒナタはしばらく黙っていましたが、うんと頷きました。


「ナツオ、私は少し物足りなさを感じているのです。毎日似たような事が繰り返されています。」
「物足りないというのは、何が欲しいとか、何がしたいとか、具体的に求めていることがわかってはいないということですね?」


今度はもう少し早く頷きました。


「でも、決して不満というわけではないんですナツオ。こうして動物と戯れるのも好きだし、お茶も美味しいです。君と遊ぶのも楽しいし勉強だってサボること無くやっています。でも、何でしょう・・・・」


モヤモヤとした言葉尻と同じく、ヒナタの顔はハッキリしない表情で校庭を見つめていました。
ナツオはクイッとお茶を飲み干しました。


「ヒナタ、少し景色を変えましょうか?」


 2人は世話や掃除の終わったあと、遅めの朝ごはんを毎日のように一緒に食べていました。いつもは校庭や下駄箱前の浅い階段に座ってお弁当を食べるのですが、今朝は場所を変えて食べることにしました。


校舎へは鍵が掛かっているので入れない筈でしたが、下駄箱前の飛び出した軒によじ登り、窓を開けると簡単に校舎内に入る事が出来ました。


「少し不用心な気がしますねナツオ。」
「そうですね。でもこの窓の鍵を開けておいたのは私ですから、私以外は殆ど知らないので平気でしょう。」
「どうして開けておいたのですか?」
 
ヒナタの質問に答えず、ナツオは自分の教室へ小走りで向かいつつヒナタを手招きしました。


ナツオは教室に入りました。
ヒナタは自分の教室でない為に、何となく入りづらくて入り口に立ってました。
ナツオはヒナタにまた手招きをして呼び込むと、教室隅の金魚鉢を見せました。


「この金魚が気になったので、学校が閉鎖される前にあの窓を開ける細工をしておいたのです。」


2匹の金魚は久々の子供達の姿に慌ただしさを見せました。


2人は水換えは後日にするとして、換えの水だけ汲み置きして、今朝は餌やりだけにしておきました。
流石に金魚たちも普段よりパクパクと餌に食いつきました。


「ナツオ。金魚がいるなら早く教えてほしかったです。お腹を空かせているようで気の毒です。」
「そんなにはやらなくて平気です。しかし明日からは彼らも気にしてあげましょうか。」


金魚たちの食べっぷりに、2人は朝ごはんを思い出しました。


「ナツオ。ごはんはここで食べますか?」
「いえ、景色を変えようと話したでしょう?今朝は屋上で食べましょう。」
「屋上ですか?しかし鍵が掛かってます。まさかここも細工したのですか?」
「いえ。あそこは鍵が無いと開きませんよ。」


そう言いつつもナツオは屋上への階段を上りました。


屋上階は図書室や荷物置き場と化した空き教室がありました。


屋上テラスへ出るドアはやはり鍵が掛かっていましたが、図書室の鍵は開いたままでした。


2人は図書館へ入り、カーテンと窓を開けました。


金魚の餌やりの間にもおひさまが登っていたので、キラついた朝日が図書室全てを照らし、中の2人まとめて温めました。
しばらく入れ替わることなく室内に留まっていた空気も、窓から吹き込んだ風に押し出され、読書に似つかわしくない程に活気を与えました。


「本に日を当てるのはあまり良くありませんが、たまに空気の入れ替えくらいはするべきでしょうね。」
「うん。湿気も溜まりますからね。金魚みたいに、この風は図書室のごはんですね。」


あははと笑い、2人はリュックからお弁当を出してやっと朝ごはんを食べ始めました。


 2人はいつも通りの簡単なサンドイッチをぱくぱくしています。


「んん。おいしいおいしい。んん。どおですかヒナタ。景色を変えて食事をすると変わりますか?」


ヒナタは頬をふくらませたままウンウンと頷いています。


「ヒナタのやつは、いつものジャムサンドイッチですか?」
「んん。ブルーベリーです。」
「今朝は図書室で食べていますし、窓も開けて景色を変えて食べています。ヒナタのブルーベリーは甘みを強めたり弱めたりしてますか?」
「んん。ナツオ、せっかくこうして気遣ってくれたのに申し訳ないですが、いつものブルーベリージャムは景色やテーブルが変わったことでは甘みを上げ下げしません。私の知る限り、これは昨日と同じ甘さですね。」


ヒナタはいつも欲張ってジャムを多く塗るので、サンドを噛むたびに持ち手からジャムがはみ出て手を汚すのでした。


「ヒナタ。謝ることはありません。あなたのジャムは指摘通りいつだって同じ甘さを楽しませてくれます。それは決して食べる階数で変化なんてしないのです。」
「そうですね。しかし、ならばナツオはどうして景色を変えて見せたのでしょうか?もし私の気分を和ませるためなのならば、それはとっても大成功ですよ。私は見晴らしの良さに喜んでますから。」


ヒナタは漏れ出して利き手を赤紫色に汚したジャムをぺろぺろと舐めながら、同級生に気遣いの言葉を掛けました。


「ヒナタ。もしサンドイッチの味を変えるなら、パンに塗るジャムをブルーベリーからキウイやパインに変えると早いかもしれませんね。」
「うん。でもキウイのジャムは見たことありません。でも確かに味は変わりますね。」
「ピーナッツやチョコならば、もっと変わります。」
「うん。とくにピーナッツバターは塩っ気があるなぁ。」
「ピーナッツバターを片面に、もう片面にブルーベリージャムならば・・・」
「それはもう本当に素晴らしいと思いますよ!」


二つ目のサンドを両手に持ったヒナタは瞳を輝かせて答えました。


「ヒナタ。私たちがさっきから話している味は『味覚』と言います。知ってますね?」
「んん。もちろんです。」


ヒナタはお茶を少し飲みました。


「味覚は舌ですね。いろんな味を受け取ります。」
「ほかにもあと4つあります。嗅覚、触覚、聴覚、視覚です。」
「はい。わかります。それぞれに身体の部位が担当してます。私はナツオより視覚が良いですよ。」
「そうでしたね。」


ナツオも少し冷めたお茶を一口飲むと、リュックからバナナを取り出し、一本をヒナタにあげました。


「ヒナタ、それはご存じのとおりバナナです。聞くまでもありませんが、甘いです。」
「もちろんです。それもお気に入りの甘さなんです。」
「このバナナはまだ2人とも食べてはいませんが、しかしもうすでに甘さを受け取ってます。」
「はい」
「何かの味を受け取るときには身体の部位でいうと舌が必要だとヒナタは言いました。」
「はい」
「でも食べずとも、もうわかっているわけです。」


ヒナタはもらったバナナをぷらぷらさせつつ、


「ナツオ、私がこれまで食べてきたバナナの数を伝えれば、きっとこのバナナを食べずとも甘さが理解出来てしまう理由が分かるはずですよ。」


ヒナタはとても誇らしげに言いました。


「ヒナタがバナナに詳しい事は、わざわざ本数を聞かなくても分かっていますよ。」


何だかナツオは顔がほころびました。


「私が言いたいのは、今バナナを味わった時には、まだ味覚を使っていないと言うことです。」
「そうですね、まだ使っていません。使うのはこのサンドが片づいた後になるでしょう。」


ヒナタは利き手のサンドイッチをふらふらさせました。


「うん。でもヒナタも私もバナナの甘みを受けた訳ですよ。ではどこで受けたのですか?」
「ナツオ、それも当然なことです。私はバナナと聞くだけで充分に甘みを楽しめるのですよ。」


やっぱしどこか誇らしげに言いました。


「そうですね。つまりヒナタは今バナナの甘みを耳で受け取ったと言えますね。」
「うんまあそうなりますかね。でも、耳ですかね?」
「では目ですか?」
「うん、たしかに耳で聞くよりこの黄色を見た方が感じるかも。」
「私が思うのはですねヒナタ、目でも耳でもいいんです。どこからバナナを知ろうともバナナの甘みは受け取ることが出来るということです。もちろん事前にバナナを知っていることが前提ですけど。」
「そう、ですね。」
「ええ。ではここから本題なのですが、あなたにさっきあげたバナナをもう一度手にとって良く見てください。」


ヒナタはサンドを置いて言われたとおりにバナナを手に取りました。


「ヒナタにあげたバナナにはシールが貼ってあると思います。」
「はい、確かにあります。」
「ヒナタならそのシールにかかれたブランド名は知ってますね?」
「それはもちろん。プレシャスはとりわけ大切なブランド名です。」
「ですからヒナタはそのバナナを食べずとも甘さがわかる訳ですね。」
「はい。皮の色合いから食感も感じ取れますね。ふふん。」
「よいです。ではもっとよく見てください。そのバナナのお尻の部分、つまりカーブした部分は黒ずみが出来ていますね。あとサイドには細かな傷もありますね。」


ヒナタは言われた箇所を確認すると、たしかにそのとおりでした。


「ああ、ありますね。しかしこのカーブしたところの黒ずみは致し方ないのです。この国ではバナナを販売するときにテーブルや台に直接座らせてしまいますからね。これはバナナにとっては鬼門なのです。やはりきちんと衣紋掛けみたいに吊るして売ることを義務としないといけないのです。」
「うん、良い指摘だと思いますよヒナタ。私が言いたいこともそういうことですから。」
「やはりナツオもバナナの吊るし販売を義務化するべきと考えるのですね。この国も南米を見習うべきでしょう。うんうん。」
「いえそういうことではなくて。まあその意見を否定はしませんが。」
「ではどういうことですか。」
「ええ。つまりです。私もヒナタもまだ食べずともこのバナナの甘さを知りました。そしてヒナタは私の伝えた黒ずみについても見ただけですぐに理解しました。」
「はい」
「でも黒ずみが出来る瞬間は確認していません。まだバナナを味わってないのと同じように、2人とも現場にはいませんでしたよ。」
「はい、でも間違いなくこの黒ずみは座らせた事が原因でしょう。」
「ほぼ間違いなくそうでしょうね。ではサイドに付いた細かな黒い傷はいかがですか?」
「うーん。これは・・・」
「おそらくは色々な理由があると思います。どの瞬間にどうして傷が付いたのか、これはお尻の黒ずみよりはずっと難解なはずです。」
「ナツオの言うとおりですね。分かりかねます。」
「この傷に関しては私もヒナタも味わえませんね。しかし惜しい感じはあります。」
「はい」
「もしこの細かな傷までも味わおうとした時に、必要なことがあるわけですよ。それは現場を実際に見ることであったり、生産から出荷、販売まで経験することなど、つまり知識を得ることですね。」
「そうですね。」
「思えば味にしたって、お尻の黒ずみにしたって同じことで、私達は今までに食す経験を積み、座らせることでバナナの寿命を縮める事を幾度と無く経験してきたから指摘が出来るのでしょう?」
「うん」
「もしヒナタが生産から販売までの経験を積んだなら、この傷もまたすぐに味わえたことでしょうね。」
「つまりナツオは私にバナナ屋になりなさいと言うのですね?」
「違いますよ。いやなっても構いませんが、そうではなく正しい知識があればヒナタも私もバナナの甘さや食感以外も味わえると言いたいのですよ。」


ナツオの言葉を聞き、ヒナタは両手に持ったバナナをじっと見つめました。


「ナツオ。私はバナナをよく冷やしたミルクと一緒に頂くのが何よりだと考えています。」
「悪くありません。」
「いつだってそう思っていました。だって素晴らしいのだから。この組み合わせは素晴らしいのだから。ミルクもバナナもお互いをとっても丁寧に理解しあっているのですよ。相思相愛なんですよ。」
「ええ」
「だから私はこれが全てで、これ以上の事をバナナに求めてはいませんでした。今さっきだってこのバナナをナツオから貰った時に、如何にして冷やしたミルクを手に入れるかを考えたほどなんです。」
「はい」
「でもナツオの話で分かりました。バナナの甘さや食べ合わせは結局『味』だけの事で、バナナにはもっと色んな『味』が有るのだと。」
「そうです」
「ナツオにはまだ話していませんでしたが、私はバナナを愛しています。」
「知っていましたよ」
「私はバナナの全ての味を知りたくなりました。それを知って、求めてこそバナナを愛していると言えるのでしょう。」
「うん、ヒナタ。いいです。とてもグッドですよ。」


ナツオは思わずぱちぱちと拍手を送りました。


「私がさっき玄関前でヒナタの顔を見た時に、このことを話すべきだ、知ってもらうべきだと気づいたのです。だからわざわざこの場に来たのですよ。だって見てください。」


ナツオは両手を広げました。


「ヒナタ、ここは図書室です。本が無数に有るのです。」


ヒナタはくるくると周りの本棚を見回しました。


「そうか。ここにはバナナの本もあるからそれを読んでもっと理解を深めろと言うのですね?」
「いえ、違います。ヒナタ、バナナのことを知るにはバナナのことだけを学んでも足りないのですよ。それでは結局は甘さにこだわっていた時と変わらないのです。」
「それではどうするのですか?」
「ヒナタ。バナナにこだわってはいけません。ミルクでもうさぎでもニワトリでもヒヨコでもパンジーでもじょうろでも、味や形や色味や香りや機能以外にも、あまりに沢山の『味』が含まれているのです。」


ヒナタは少しぼうっとしました。


「バナナの傷を知るために生産から販売までの知識が必要な様に、ウサギでもミルクでも、その代表的な一面以外を沢山抱え込んでいます。それを味わうにはそれは沢山の経験や知識が必要なのです。その知恵が無くてはパンジーもヒヨコもまるで皮を剥かずにバナナを食べるようなもので、正しく理解は出来ないのですよ。」
「ナツオ。何だかぼうっとします。」
「そうでしょう」
「だって・・・それって、凄いですよね。だって、私は、わたしは誰よりもバナナを知っているつもりだったんですよ。」
「ええ」
「でもあんなに食べたバナナだって、全然知らないことに気づいたのですよ。それなのに・・・それなのに、じょうろ、パンジー、ヒヨコ、カナブン・・・ナツオ・・・」


ヒナタははっとしてまた周りをぐるぐると見回しました。


「ああっ。だから図書室なのですね!」
「はい」
「そうか。ナツオ、やっとわかりました。」
「はい」
「私は何も知らないのですね。とっても狭い世界のごくごく一部だけしか知らないのですね。」
「ええ。でも私も同じですし、小学生ですからね。」
「でも、その事・・・何も知らないということは知りましたよ。」
「ええ」
「ナツオ。私は今の呆れたウィルス騒動で学校が閉鎖されて以来、ずっと似た生活が続いていました。でも、もちろん楽しいのです。ウサギもパンジーもじょうろも、あと金魚だって好きですから。」
「ええ」
「でも、何だかちょっと違ったんです。退屈さみたいなのを感じていました。なんと言うか・・・止まっちゃった気分だったのです。」
「わかります」
「ああ!ああ!」


ヒナタはバナナをテーブルに置き、窓際へ駆け寄り開けた窓から外を見ました。


「私は何も知らない!この景色から見える全てを私は知らないんです!」


ヒナタは振り返ります。
するとそこには、さっきまで一面の町並みと青い空が写っていた彼の瞳には、今度は一面の本が視界に入りました。
ヒナタは大きい瞳をもっと大きく見開き、立ち尽くしていました。


「ヒナタ。もうわかったでしょう。あなたが窓から見た景色よりも、もっともっとたくさんの『味』が、この狭い部屋に詰まっているのです。」


ナツオは冷めたお茶を飲み干しました。


「本は人が『考えた事をまとめたもの』では無いのです。本は『考えたこと』そのものなのです。人の思考という、曖昧で手に取れないものを本という物質に変えた不思議な存在なのです。そして世界の色んな『味』が紹介されているのです。」


ナツオは立ち尽くすヒナタをゆっくりと椅子に座らせてあげました。


「私達の身体の部位が感じ取る力は、実は他の動物たちに比べると弱いです。犬は人の何千倍も鼻が良いと言います。」


ナツオはヒナタに注ぎ直したお茶を一口飲ませてあげました。


「でも知恵を受け取る力は、どんな動物も私達の足元に及ばないのです。これは私達の舌なのです。」
「ナツオ、ぼうっとするんです。」


ナツオはヒナタからコップを受け取ると、靴を脱がせ長机の上にヒナタを寝かせてあげました。


うーんうーんと少しうなっていましたが、すぐにヒナタは寝てしまいました。


ナツオは窓を少し閉め、レースのカーテンを引いてヒナタに当たる日差しを和らげてあげました。


やがて、ナツオも机に突っ伏して寝てしまいました。


2人はお昼頃、見回りに来た先生に起こされ叱られるまで、暖かな日差しと爽やかな風を心ゆくまで味わい続けたのです。



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「視野の味」


おわり



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