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【7】家でのリハビリは楽しいのか辛いのか

日課は朝の散歩から

入院中ほとんど動かなかったので、クマちゃんのリハビリは、足を鍛えることから始めました。

目標は、自宅から江戸川の土手まで行って帰ってくること。
普通の速さなら30~40分で往復できるところ、最初は2時間ほどかかりました。

たった1か月で足がやせ細り、筋力も落ちて歩けないのです。
だから土手のゆるやかな坂も上れない。

「明日また来ようか」
土手まで行っては戻る日々が続きました。

江戸川までのウォーキングコースは、クマちゃんが入院してから毎日欠かさず歩いていた道。
途中、赤城神社でお参りしてから、一人で泣きながら歩いていた道です。

だからこうやって、クマちゃんがそばにいて、一緒に歩けること自体が嬉しくて、ただ嬉しくて……。

土手いっぱいに広がる菜の花も、私たちの周りを飛ぶモンシロチョウも、クマちゃんの新しい人生を応援してくれているかのようでした。

ご飯はまだ?

土手に着くと、クマちゃんは毎日同じことを聞きます。

「オレ朝ごはん食べたっけ?」
「さっき食べたばかりだよ」
「いや、まだ食べてない」
「ごはんに目玉焼きと納豆、漬物。みそ汁も飲んだでしょう?」
「食べてない」
「もう~クマったら、すっかりボケちゃって~!」

最初は笑って聞き流していましたが、これが毎日続くとさすがにイライラしてきます。

水頭症の後遺症と、頭では理解していても、まだ42歳。この先どうなるのかと思うと絶望的になるのです。

大好きだったアウトドアや料理にも興味を示さないクマちゃん。
散歩から帰ると、一日中座ってボーっとしているクマちゃん。

無気力の老人と暮らしているような毎日は、私の心を少しずつ壊していきました。

もう我慢できない!

クマちゃんが入院している間、私の母が新潟から応援に来てくれていました。幼稚園と小学生だった子どもたちの面倒をみてくれていたのです。

夕方遅くに病院から戻ると、ご飯ができていて、子どもたちも食べ終わっている。
「今日はシンちゃんがオムレツを作ったんだよ」
「今日はサキちゃんが鉄棒でこんなことができるようになったんだって」
と、嬉しい報告をしてくれる。

それまで子どもたちを誰かに預けて出かけた経験がなかったので、遠慮なく母に頼れることは、私にとって心休まる日々でした。

母に甘える。

大人になるとできそうでできないことが、クマちゃんの入院のおかげでできていた。
家におばあちゃんがいる生活を満喫できて、私も子どもたちも現実逃避できていたのかもしれません。

でも、そんな夢のような暮らしがいつまでも続くわけがありません。

クマちゃんの退院とともに、病人を抱える暮らしが現実となって私たち家族に突き付けられました。

一緒にキャンプに行って遊んでくれるパパ。
みんなに料理をふるまいながら楽しく飲んで笑うパパ。
子どもたちの記憶にある父親とはまったくの別人が家にいるのです。

母が実家に帰ってしまった後、家事と仕事、子どもたちの習い事の送り迎えなど、一人でやることが一気に増え、ちょっとしたことでもクマちゃんに当たるようになってしまいました。

「だからさっき言ったでしょ!!」

覚えていられないと分かりつつ、つい言葉を荒げてしまう。

前のクマちゃんなら怒鳴って言い返すのに、
「ごめん、悪かったな」
と、悲しそうな眼をして謝られると感情のやり場がなくなる。

言ってはいけないことを言ってしまう自分が情けなくて
ひとり車で家を飛び出すことが何度もありました。

そんなある日、いつものようにイライラしたまま車を運転していて
ついにやってしまいました。

本屋の駐車場で、他の車にぶつけてしまったのです。

事故処理をしていてやっと我に返りました。

思うように体が動かなくて、いろんなことも覚えていられない。
一番つらいのはクマちゃんなんだ。

生きてくれているだけでいいじゃない。
回復して仕事に復帰できるまで、気長に病気と付き合おう!

社会復帰は思ったより早かった

事故で吹っ切れたせいか、その後の私は、クマちゃんとのリハビリに全精力を注ぐようになりました。

外を歩く。
外で食べる。
週末は家族で外にでかける。

とにかく家に引きこもらないように、クマちゃんを外に連れだして刺激を与えるようにしました。

このやり方が正解かどうかは分かりませんが、私自身が外に出かけることでリフレッシュできたのは間違いありません。

距離を歩けるようになったら、コースを変えて違う道を歩いてみる。
新しいお店ができたら行ってみるなど、飽きないように散歩を続けていると、そのうちクマちゃんが自分から
「今日はこっちの道に行ってみないか?」と提案するようになってきました。

「意欲を示す」ことがそれまでなかったので、
「これは回復の兆しかも!」と嬉しくなったものです。

ある時は、「今日はこっちの川を下ってみよう」と言い出し、
家に戻ったら10km以上歩いていたという日もありました。

そもそも私たち夫婦は、行き当たりばったりの旅が好き。
アウトドアの趣味も同じで結婚したんです。

行き当たりばったりのクマちゃんが戻ってきた!

それから2カ月後、軽い記憶障害は残ったままでしたが
クマちゃんは、無事に社会復帰できたのでした。








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