クルエルティフリーコスメから考える「決断」のブランディング──動物実験廃止を決めたブランド事例から
こんにちは、Story Design houseインターンの伊豆田です。街ですれ違った人が、大きく「NO! 動物実験」と書かれた紙袋を提げているのを目にしたことはないでしょうか。
この紙袋は、人気のナチュラルコスメブランドとしてLushのもの。カラフルな入浴剤やいい香りのハンドソープなどが、普段遣いやギフトとして若い女性の支持を獲得しています。
そんなLushは、創業当時から「動物実験を実施しない」というポリシーを掲げてきました。紙袋でのアピールもその活動のひとつ。
動物実験反対、と言われても、日本ではピンと来ない方のほうが多いかもしれません。過度に政治的な思想のようで、近寄りがたく感じる方もいるのではないでしょうか。
しかし、欧米では動物実験をしないポリシーは大きな潮流となっており、これからその要求はさらに強まると考えられます。その影響もあって、日本でもこうした考え方が普及していくかもしれません。
もう少し解きほぐしてみましょう。そもそも動物実験に反対するとはどういうことなのでしょうか。また、動物実験への反対を表明することは、ブランドにとってどのような意味をもつのでしょうか。
本記事では、そのような疑問の答えを、動物実験反対を表明しているブランドの事例から探っていきます。
動物実験反対にかんする欧米の動向
アメリカの動物保護団体PETAによると、一般的に、動物実験をしないことをクルエルティフリーと呼ぶとあります。
この言葉は、「cruelty=残虐さ」が「ない=free」という意味で、動物たちに苦痛が生じるような、残酷な実験を問題視する言葉です。
クルエルティフリーは、動物の権利意識の高まりに伴って強く求められるようになりました。既に法規制に発展している地域もあります。
最も包括的に動物実験を禁止しているのは、EUです。EUでは2013年3月以降、化粧品を製造する目的で新たに動物実験を行うことが禁じられました。
この規制は、EU圏内はもちろん、EUの外で行われた動物実験にも適用されます。つまり、現在EUに輸入される化粧品は、すべて新規に動物実験を行っていないことを証明する必要があるということです。
また、アメリカのいくつかの州でも、クルエルティフリーの化粧品以外の販売が禁止されています。
Cruelty Free Internationalによると、2021年6月時点でクルエルティフリーでない化粧品が禁止されているのはカリフォルニア州、ネバダ州、イリノイ州、ヴァージニア州、メリーランド州、ハワイ州、そしてメイン州の7つ。
7つの州の人口は合計で約7258万人にのぼり、アメリカの総人口の2割ほどに相当します(人口は2019年のもの)。これほど多くの人々が、クルエルティフリーの化粧品しか販売できない地域に住んでいるのです。
こうした規制はさらに拡大する見込みで、ロードアイランド州、ニュージャージー州、オレゴン州、ニューヨーク州でも法案が提出されています(2021年6月時点)。
消費者もクルエルティフリーに好意的
クルエルティフリーの動きに対して、消費者もおおむね好意的です。
アメリカのメイクアップツールアプリ提供会社Perfect365が2018年に実施した調査によると、調査対象となった女性のうち36%が、クルエルティフリーの化粧品しか購入しないと回答しています。
この傾向は近年ますます拡大しており、調査会社technavioが2021年に発行したレポートによると、クルエルティフリー化粧品市場の規模は2020年から2025年にかけて39.2億米ドル、日本円で約4996億円ほど成長すると予想されています(レートは2022年4月26日のもの)。
こう言われても、日本ではまだまだクルエルティフリーという考え方は浸透していないではないか、と思われるかもしれません。
クルエルティフリーという用語すら認知度が低い現状で、国内向けにクルエルティフリーのポリシーを打ち出していくことは、どのような形でブランディングに寄与するのでしょうか。
日本国内でそのようなメッセージを採用しているブランドが、どのようなビジョンを持ち、どのようなストーリーを語ろうとしているか。実際の事例を見てみましょう。
〈Lush〉ぶれない軸足で世界を変えるグローバルブランド
まずは最初にも触れたLushのストーリーを紹介します。
Lushは、その前身ブランド「Cosmetics to Go」の時代である1993年から、クルエルティフリーポリシーを採用してきました。
動物実験を行っている企業からは原材料を仕入れないという取り組みはもちろんのこと、近年では、動物を使用しない研究やプロジェクトを表彰するLush Prizeも開催しています。
Lushのそのようなポリシーについて、共同創業者のロウィーナ・バード氏はThe Beauty Gazetteのインタビューで語っています。
バード氏の言う「信念」のひとつに動物の権利保護があるというわけです。このインタビューからはっきり読み取れるのは、消費者に「価値のある消費をしている」と感じさせることが、Lushというブランドを差別化する核であると経営陣が認識していることです。
しかし、クルエルティフリーが浸透しているとは言えない日本においても、このブランディングは成功しているのでしょうか。
ここで原点に立ち返ってみましょう。Lushのアプローチに通底するのは、消費者に「自分たちがムーブメントに参加していて、世界を変えることができる」と感じさせることでした。その領域は、決して動物の権利に留まらないのです。
現在進行形の事例としては、Lushが取り組む「結婚の自由をすべての人に」と題された、日本国内での同性婚法制化キャンペーンがあります。
自分が世界を変える力になっていると消費者に感じさせること。ここに軸足を置く限り、様々なアプローチはあれど、クルエルティフリーに取り組むことはLushにとって当然の帰結なのです。
〈資生堂〉変化する時代に立つトップブランドの「覚悟」
日本の化粧品市場でトップシェアを誇る資生堂もまた、2013年に商品の研究開発に伴う動物実験を原則廃止しました。
そのきっかけとなったのは、ひとりの高校生からの手紙だといいます。資生堂の相談役である前田新造氏は、2021年のインタビューで次のように語っています。
いち顧客の声をブランド全体の商品開発方針に反映させる。大胆なようでいて、そこには資生堂の焦りともいえるような緊張感が表れています。再び前田氏のインタビューから引用します。
ここで「覚悟」という語が使われていることから、資生堂が直面している変化の厳しさが読み取れます。また、インタビューの中では「ブランド」という言葉が繰り返し用いられ、資生堂というトップブランド(※1)であっても、顧客にそっぽを向かれるかもしれない、という危機意識も伺えます。
だからこそ、消費者意識の変化に気がつき、それに応えるクルエルティフリーへの取り組みを選択したのではないでしょうか。そのような機動力が、資生堂の強みかもしれません。
「ここのコスメしか使いません」と言われるために
クルエルティフリーを選んだブランドは、その決断によって、それぞれのブランドストーリーを打ち出そうとしています。
エシカルなことに関心の高い消費者は、自分が安心できる製品を求めて情報収集に余念がありません。
この記事を執筆するにあたってリサーチを重ねましたが、SNSの投稿や個人ブログといった草の根レベルから、感度の高いファッション・ビューティー系Webメディアの記事、さらにはクルエルティフリー認証団体によるまとめまで、クルエルティフリーコスメブランドのリストが日本でも盛んに共有され、日々アップデートされています。
動物実験をしないと決めることで、顧客の価値観に寄り添い、愛されるブランドを目指す。そんな戦略は、そうしたリストに掲載されることで第一段階が達成されるのです。
そして、リサーチの中でたびたび目にしたのは、「ここのコスメしか使いません」というSNSや個人ブログの投稿です。
クルエルティフリーに関心をもつ消費者は、入念に調べた上でブランドを選択するからこそ、一度選んだブランドに高いロイヤリティをもつようになる。そんな傾向があるのではないでしょうか。
代表的なクルエルティフリーコスメブランド
では、クルエルティフリーコスメとして紹介されることの多いブランドを実際にいくつか見てみましょう。
Aesop
高級感のある香りが性別を問わず支持されているブランドです。
SHIRO
フレグランスミストは限定品となると即完売するほどの人気を誇り、頑張りすぎない大人っぽさが魅力のブランドです。
THREE
オーガニックや国産原料にこだわったスキンケア、絶妙なカラーリングのコスメでファンを獲得しているブランドです。
ナチュラグラッセ
100%天然由来処方でありながらも、気分が明るくなるようなカラーを実現したブランドです。
これらのブランドは、決してクルエルティフリーを全面に押し出しているわけではありません。
それぞれの製品の良さによって幅広い認知と支持を獲得しつつ、クルエルティフリーであることによって、熱心なファンを囲い込む。そんな戦略が取られているように思います
消費者の心に、ストーリーで寄り添う
Lushのバード氏が語るように、消費者は「『何かいいこと』に関わりたい」と感じています。
それは「エシカル消費」という言葉の硬いイメージより、もっと直感的な願望のように感じられます。消費者には「自分が気持ちよく生活するために、そのような製品を購入することが必要だ」という感覚があるのではないでしょうか。
消費者の心を、商品の機能性だけではなく、そのブランドがもつストーリーによって明るくすること。消費者が、自分自身の心を明るく照らしたいと思うとき、その気持ちに寄り添い、そばにいること。それが、これから求められるブランドのあり方ではないでしょうか。