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短編小説 「ホレおばさんと金のジョウロ」


メアリーは、両親を失ったその日から、まるで闇に包まれた生活を送っていた。彼女の美しさと優しさが、継母のアリスタとその娘ブルタスにとっては嫉妬の対象であり、憎悪の源だった。アリスタの冷酷な目は、いつもメアリーを見下し、ブルタスの醜い顔にはいつも嫌悪の表情が浮かんでいた。

家事や雑用を押し付けられるのは日常茶飯事、メアリーの手はいつも荒れていて、体は疲れ切っていた。しかし、それだけでは終わらず、二人の暴力的な振る舞いが彼女の心と体に深い傷を刻んでいた。夜、メアリーがベッドに横たわると、暗闇の中で涙を流し、心の中で「いつか、この日々が終わることを」と祈ることしかできなかった。

ある晴れた日の朝、青空が広がり、太陽の光が庭を照らしていた。メアリーは、アリスタの命令で庭の井戸でジョウロに水を汲んでいた。彼女の手は冷たい水に浸かり、ジョウロを握りしめていた。しかし、ふとした瞬間、手が滑り、ジョウロは静かに井戸の中へと落ちていった。水の中に沈んでいくジョウロを見つめるメアリーの心は、まるで砕けるガラスのように打ち砕かれた。

音を聞いたアリスタは、冷たい目でメアリーを見下ろし、薄い唇に笑みを浮かべながら、「あんたの責任よ、さっさと拾ってきなさい」と冷酷に命じた。彼女の声は氷のように冷たく、メアリーの心に鋭く突き刺さった。ブルタスはその様子を見て、にやりと笑い、「早くしないとまたぶたれるわよ」と嘲笑った。

メアリーは震える手で井戸の縁を握りしめ、深い溜息をついた。彼女の心には恐怖と絶望が渦巻いていたが、それでも彼女は立ち向かう決意を固めた。井戸の中に身を乗り出し、暗闇の底を見つめながら、心の中で「これ以上、あの二人に屈するわけにはいかない」と強く誓った。

心を痛めながらも、メアリーは深い息をつき、決意を固めた。「あのジョウロを取り戻さなければ」と自分に言い聞かせ、井戸の縁に足をかけた。冷たい風が彼女の頬を撫で、井戸の闇が彼女を包み込んだ。恐怖と不安が胸を締め付けるが、後戻りはできない。ついに、彼女は勇気を振り絞り、身を投げた。

井戸の底に向かって降りる途中、周囲は完全な暗闇に包まれ、視界は一切ない。しかし、その闇を抜けた瞬間、目の前には驚くほど美しい草原が広がっていた。信じられない光景に、メアリーの心は一瞬で和らいだ。色とりどりの花々が風に揺れ、まるで彼女を歓迎するかのように香りを漂わせていた。青い空と緑の草原が広がり、その美しさは現実とは思えないほどだった。

「なんて素晴らしい場所…」メアリーは息を呑み、しばしその景色に見とれていたが、すぐに目的を思い出し、ジョウロを探し始めた。

歩き出すとすぐに、彼女の目にパン窯が飛び込んできた。煙が上がり、パンが焦げる匂いが漂ってくる。メアリーは驚きとともに駆け寄り、熱い窯の扉を開けた。中には焦げ始めたパンがあった。急いでパンを取り出し、火傷しないように慎重に扱った。その後、彼女はパンを日陰に置き、ひと息ついた。

さらに歩みを進めると、次に目に入ったのは折れたトマトの苗だった。茎が折れ、しおれかけた葉が無力に垂れている。その姿に胸が痛み、メアリーは急いで支柱を探し、苗を支えた。優しく茎を直しながら、彼女は自分の手が温かい光で包まれていることに気づいた。その光が苗に伝わり、奇跡のようにトマトの苗は瞬く間に元気を取り戻し、たくさんの鮮やかな実をつけ始めた。

「不思議な場所だわ…」メアリーは心の中でつぶやいた。この草原には、何か特別な力が宿っているのだと感じた。疲れを忘れ、彼女は再びジョウロを探すために歩みを進めた。

遠くに小さな家が見えてきた。まるで絵本から抜け出したような、その家は赤い屋根と白い壁、そして青い窓枠が印象的だった。

家に近づくと、扉の前に老婆が立っているのが見えた。彼女は小さな体にエプロンをまとい、手には木の杖を握っていた。メアリーは勇気を出して声をかけた。「こんにちは、ここでジョウロを見かけませんでしたか?」

老婆は優しい目でメアリーを見つめ、その瞳には温かい光が宿っていた。「こんにちは、娘さん。私はフィオナ。この家で暮らしています。ジョウロのことは知っているわ。もし私の家で少し手伝ってくれるなら、探してあげるわ」と、静かに微笑んで言った。

メアリーはフィオナの申し出を受け入れ、すぐに家の掃除や料理を手伝い始めた。彼女は自分ができる限りのことを精一杯行い、その姿を見たフィオナは満足げに微笑んだ。メアリーの優しさと勤勉さが、フィオナの心に響いたのだ。

数日が過ぎたある日、フィオナはメアリーに金色に輝くジョウロを手渡しながら言った。「これが約束のジョウロよ。このジョウロで水を撒けば、植物はみるみる育つの」

メアリーは感謝の気持ちで胸がいっぱいになり、フィオナに深くお礼を述べた。そして、家に帰る決意を固めた。しかし、家に戻ると、アリスタとブルタスが待ち構えていた。彼らの目は金のジョウロを見つめ、欲望に輝いていた。

「それを渡しなさい!」とアリスタが迫り、ブルタスも同じように手を伸ばしてきた。メアリーは一瞬ためらったが、自分の中にある冷たい怒りを感じながら、ジョウロを手渡した。

アリスタは喜々としてジョウロを使い、庭に水を撒いた。すると、植物は急速に成長し、巨大なヘビのようなツルが家を取り囲んだ。そのツルはアリスタとブルタスを絡め取り、彼らを苦しめた。メアリーは冷たい目で二人を見下ろし、「これがあなたたちの報いよ」と呟いた。

その後、メアリーは町に出て、アリスタとブルタスを商売女として売りつけた。彼女たちは町の人々から軽蔑され、つらい日々を送ることとなった。

一方で、メアリーは自由を手に入れ、新しい生活を始めることができた。彼女はフィオナとの出会いと、金のジョウロがもたらした運命の変化を心に刻みながら、希望に満ちた未来へと歩み出したのだった。​





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