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短編小説 「タコのこころ」


今日の晩飯はアオリイカ。これで三十二食目だ。まだ足りない、もっとイカを食べなくちゃ。

誰しも夢を持っている。子供の頃からの夢、大人になってからの夢。しかし、僕の夢は少し変わっている。僕はタコ。名前はボブ。しかし、ずっとイカになりたいと思っている。その夢を叶えるためには、イカを食べるしかない。

ある日、イカを捕えた時、七色に光るイカが僕の前を通り過ぎた。「いくらイカを食べても君は所詮タコだ」と七色のイカは言った。その言葉にカチンときた僕は、そのイカを追いかけた。イカの足を掴んで、その足を食べた。イカは強く眩い光を放った。「食べても変わらない」とイカは言うと、だんだん光は小さくなって普通のイカの色に戻った。

その日から僕の体に異変が起きた。体の色が透き通った白色に変わっていた。その次の日は頭が伸びて先が三角になっていた。一週間が経つと、僕の足の数が増え始め、全体的にイカに似た形に変化していく。しかし、この変化は僕を喜ばせるどころか、恐怖でいっぱいにした。

身体が変わっていくことの恐怖は、夢が現実になることの恐怖とは全く異なる。僕は海の深いところへと逃げ込んだ。暗く冷たい水の中で、僕は自分の姿を見ることができず、ただひたすらに泳ぎ続けた。

日が経つにつれて、僕の体は完全にイカのそれに近づいていった。しかし、僕の心はまだタコのままだった。タコの心を持つイカの体。この矛盾した存在に苦しんだ。周りのイカたちは僕を受け入れない。彼らは僕を怪物と呼んだ。

「僕はイカになりたかっただけなのに……」と、僕は泣きながら叫んだ。その声は水中を通じて、遠く離れた場所まで届いた。すると、あの七色のイカが再び現れた。

「君の願いは叶った。だが、変わりたいと願うことの代償を知る時が来た」と七色のイカは言った。「君の体は変わったが、心は変わらない。それが、変わりたがる者の宿命だ」

この言葉に打ちのめされた僕は、深い海のさらに底へと沈んでいった。僕の体は光を失い、ただの影となって海中に消えていった。

僕は自分が何者であるか、もはや理解できない。ただひたすらに、自分がかつて夢見たイカの姿、タコとしての心が渦を巻いている。変身の果てに得たのは、新たな姿ではなく、深い孤独と絶望だった。

深海の闇の中で、僕は孤独に泳ぎ続けた。イカとしての体は完璧に近いものになっていたが、タコとしての記憶と感情はまだ心の中に深く根ざしていた。これは呪いのようなものだ。

僕は海底に沈んだ岩の間を彷徨い、自分の居場所を求めていた。しかし、どこに行っても受け入れられることはなかった。タコでもなく、完全なイカでもない僕は、どの群れにも属せず、ただの怪物として恐れられていた。

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