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短編小説 「梅雨の海」



僕たちは勝浦の海に来ていた。東京から二時間近くかけて、腕時計の針は午後三時を指していた。降りそうで降らない、梅雨の空の下、海は静かに時を刻んでいた。

海辺に着いたとき、彼女は茶色の髪を風になびかせながら、サンダルを脱ぎ、砂浜に足を踏み入れた。その瞬間、彼女の顔に広がる笑顔を見て、僕もつい笑みがこぼれた。どんなに気分が沈んでいても、彼女がいれば、何となく明るくなれる。


彼女が突然「海に行こう」と言い出したのは、今から二時間前のことだった。バイト終わりに彼女がそう言った。僕と彼女は、スーパーの惣菜調理のアルバイト仲間でお互い大学生。そんな彼女はいつもこうだ、計画なんて立てない。食べたいものや行く場所を、直前に決める。その自由奔放さが、時には僕を苛立たせることもあるが、大抵は新鮮で刺激的だ。

「ねえ、海って不思議だよね。いつ見ても水が広がってるだけで同じなのに、見ていてーー気持ちがいい」と、彼女は波打ち際に立ち、足元を打ち寄せる波に足を洗われながら言った。

「見慣れてないから。この町に住んでいる人たちはなにも思ってないよ」と、僕は彼女の隣に立ち、海を眺めた。「でも、確かに見ていて気持ちいい」東京に住む人が高層ビルをよくあるものだと思うのと一緒だ。

彼女はそれを聞いて、少し考えるように黙った。そして、「私決めたの」と切り出した。

「何を?」僕は彼女の顔を見つめた。

「明日、大学辞めるって決めたの。ここで海を見ていたい」と、彼女はにっこり笑った。

それを聞いて、僕は……。

「なにがあっても知らないよ」と、僕は言った。

「うんわかってる。だから私と別れて」と、彼女は言った。その顔に表情はなかった。

「毎日会えるから付き合ってほしい」と、大学の食堂で言われ、僕はうなずいて答えた。彼女とは授業が同じなのとバイト先が一緒ってだけで、それ以外に関わり合いはなかった。だけど、そんな彼女といてもなんとなく居心地がよかった。

「いいよ」と、僕は彼女の目を見て言った。

その日、僕たちは夕日が海に沈むのを見ながら、これからのことを話し続けた。梅雨のじめじめとした空気を吹き飛ばすような、風の中で。




時間を割いてくれてありがとうございました。

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