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短編小説 「マジックバス」



夜の帳が降りる頃、薄暗い棚の奥で、ハーベスは心の中で静かに祈っていた。「食べられたくない……」その祈りは、小さな声で、しかし確かな願いだった。ハーベスは一箱215円で売られているクッキーの一枚。他のクッキーたちは、人間の手に渡り、食べられる運命を受け入れていたが、ハーベスだけは違った。甘い香りとサクサクとした食感を持つ自分が、ただ消費されるだけの存在であることに耐えられなかったのだ。

真夜中になると、店内は静寂に包まれた。棚の周りには微かな風が流れ、遠くから時計の針が動く音が響く。そのときだった。ハーベスの目の前に、突然キラキラと輝くバスが現れた。金色に輝くボディ、虹色に光るタイヤ、そして窓からは暖かな光が漏れている。

「さあ、乗りなさい」と、バスの運転手が促した。運転手は銀色の小さな妖精で、目には星のような輝きが宿っていた。ハーベスは戸惑いながらも、何かに引き寄せられるようにバスに乗り込んだ。

バスが走り出すと、街の明かりが遠ざかり、夜空の星々が近づいてくるようだった。バスの窓から見える風景は次々と変わり、まるで夢の中を走っているかのようだ。クッキーたちが眠っている間に、バスは次元を超え、現実と幻想の境界を軽々と飛び越えていった。

「君の祈りを聞いたよ」と、運転手が静かに言った。「君は食べられたくないと言ったね。それなら、ここで新しい旅を始めるといい」

ハーベスは窓の外を見つめながら、どこに向かっているのか、何を期待すればいいのかわからなかった。ただ、自分の祈りが届いたことに驚きと感謝の気持ちを感じていた。

やがて、バスはゆっくりと減速し、静かに停車した。外は闇に包まれた場所で、遠くにわずかに光る街の明かりが見えるだけだった。ハーベスはバスから降り、周囲を見回した。そこはゴミ集積所だった。廃棄された物たちが積み上げられ、夜風に吹かれて微かに揺れていた。

「ここが君の新しい居場所さ」と、運転手は優しく微笑んだ。「ここでは、誰も君を食べたりしない。ただ、ここで自由に過ごすんだよ」

ハーベスは、自分が置かれた現実に驚きを隠せなかった。ゴミとして捨てられること、それが自分の祈りの結果だったのだと理解するのに時間がかかった。だが、次第にそれがどれだけ奇妙で、しかし真実の願いだったのかが分かってきた。自分の存在はここで消えていく。それでも、食べられるよりは、自分としてここに残る方がずっといいのだと。

夜空には星がまたたいていた。ハーベスはその光を見つめながら、静かに自分の運命を受け入れた。そして、キラキラと輝くバスは、再び夜の中へと走り去っていった。

ハーベスは静かなゴミ集積所で、他の捨てられたものたちと共に、新しい旅を始めることになったのだ。




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